《イタリア映画祭2016・大阪》『あなたたちのために』トークショー
ゲスト:ジュゼッペ・M・ガウディーノ監督、イザベッラ・サンドリ プロデューサー、岡本太郎氏
(2016年5月7日 大阪ABCホールにて)
今年もイタリアらしい個性的な作品が揃った《イタリア映画祭2016》は、東京では12作品の新作と2本の旧作が特別上映され、大阪では7本の新作が上映された。中でも、経済危機に瀕したイタリアの公務員天国を皮肉った傑作コメディの『オレはどこへ行く?』は当日券完売の超満員、性的問題より本当に寄り添いたいと思える愛のカタチを女性同士のカップルで大人のラブコメとして描いた『私と彼女』や、タヴィアーニ兄弟監督が牧歌的な美しさで描く「デカメロン」、『素晴らしきボッカッチョ』などほぼ満席となる人気ぶりだった。
◆【公式サイト】:http://www.asahi.com/italia/
そんな中で、ナポリを舞台に、子供の頃から家族のために生きて「自分には何の価値もない」と思い込んで鬱々と生きているアンナの内面を、実験的映像と監督自作の音楽で綴った意欲作『あなたたちのために』のジュゼッペ・M・ガウディーノ監督が来阪。プロデューサー兼脚本家で監督の奥様でもあるイザベッラ・サンドリ氏と、映画評論家の岡本太郎氏によるトークショーが開催された。
★主人公アンナのキャラクターについて?
監督:問題を抱えた一人の女性の心の旅を描いています。ダンテの『神曲』に登場する「いい」とか「悪い」とかはっきりさせないイニャーリャという人物と同じようなキャラクターで、いわば優柔不断で現実と向き合わない女性です。そんな女性はイタリアでは好まれませんが、それが人との対話によってステキに変化していく映画を作りたかったのです。
プロデューサー:アンナは、役者や聴覚障害のある息子にいろんな言葉を教えていますが、自分自身の言葉は見つけられずにいます。そんな矛盾を抱えた女性にスポットを当てたかったのです。アンナの内面世界を描くことはリスクがありましたが、いろんな表現を試みることで多様な心理を導き出せたと思います。ガイディーノ監督はそれができる人でしたし、私としても脚本で支援しました。
★アンナを演じたヴァレリア・ゴリーノについて?
監督:アンナをヴァレリアが演じてくれたことで二つの「美」を得ることができました。それは女性としての美であり、舞台となったナポリの街自体を表現する美ともなったのです。彼女は場合によっては何人ものキャラクターに変身できる女優ですし、しかもナポリ出身ですので、彼女なしではこの映画は成立しませんでした。
岡本:ワンシーン・ワンカットという難しい撮影に見事に応えたヴァレリア・ゴリーノは、ヴェネチア映画祭でベストアクトレス賞に選ばれています。
監督:ヴァレリアに先ず二つのことを頼みました。一つは、彼女のデリケートな内面性を剥き出しにしてほしいと。もう一つは、監督である私と対等に演技について議論してほしいと。脚本にすべて書かれていましたので、ある意味ドキュメンタリー的でもありました。それから、子供っぽい悪女のような要素も出してほしいとも言いました。さらに、これだけアップをメインにした上にワンカット・ワンシーンという撮影方法は、いろんなニュアンスの女性を演じたヴァレリアにとっては大きなチャレンジだったと思いますよ。もし途中で一カ所でも間違ったら最初から撮り直しですからね。大変な緊張を強いられたことでしょう。
岡本:主人公のアンナは最後に、「パパはリスクを負っていたが、ママは怠けていた」と娘から言われますが、ヴァレリアがあまりにも見事な演技をしたお陰で、アンナ自身はいい人だったのかどうかが分からなくなってしまいましたね。
監督:私としては「聖者」としてのアンナを描きたかったのです。
★現実をモノクロで描き、過去や夢のシーンをカラーで描いた手法について?
監督:パワフルだったアンナの子供の頃や夢のシーンには色がついていたのに、大人になってから文字通り灰色の日々を送っている状況を際立たせたかったのです。
プロデューサー:カラーの部分も普通の色でなく敢えて細工したカラーにしました。アンナの心の中にある火山のような濃い色です。
(観客から「モノクロとカラーの区別がつきにくくイラついた」という意見にガイディーノ監督は、「映画はひとつの体験ですので、イラつくこともステキな反応です。この映画は決してホッとするような癒しの映画でもなければ、理論的に観るような映画でもありません。いろんな感覚で観て頂きたいです」とユーモアのある返答をして、その温厚な人柄を滲ませた)。
★ナポリの特色について?
岡本:かなりきついナポリの方言が使われていましたね。監督が作詞した音楽を使って人物像や人間関係を表現していました。
監督:ナポリ出身のヴァレリアですから、ナポリのいいところも矛盾したところも描きたいと思いました。勿論、よく批判されるようなところもたっぷり入れたつもりです。
プロデューサー:曲もガイディーノ監督が作りました。歌詞は太陽の要素をとり入れて、愉快で皮肉っぽく明るく。日本語訳でも分かりやすかったと思います。
岡本:何回も観ていくうちにナポリの世界に入っていくようで、楽しく観る事ができました。
『あなたたちのために』
■2015年 イタリア・フランス 1時間50分
■監督・原案・脚本・製作:ジュゼッペ・M・ガウディーノ
■脚本・製作:イザベッラ・サンドリ
■出演:ヴァレリア・ゴリーノ、マッシミリアーノ・ガッロ、アドリアーノ・ジャンニーニ、サルヴァトーレ・カンタルー
【STORY】
テレビ局で働くアンナは、ようやく正規雇用され、暴力亭主から逃れて3人の子供たちと平穏に暮せる日々を夢みていた。だが、前任者のチコに執拗に絡まれたり、夫の闇金業のせいで周囲の人々に嫌悪の目を向けられたりして神経質になっていた。そんな時、人気俳優のミケーレに猛アタックを掛けられ、「自分は何の価値もない」と思い込み愛されることにも縁遠くなっていたアンナは戸惑い、よろめく。
子供の頃は勇気ある少女だったアンナは、兄が犯した罪を被って少年院に送られて以来、現実問題から目をそらして生きてきた。夫の違法行為に関しても、子供たちや両親の面倒をみるために気付かないふりをしてきたのだ。その報いがアンナの生活を鬱々とした文字通り灰色の日々にしていた。チコの忠告を聞かずミケーレと付き合い始めたばかりに思わぬ結果を招き、否が応でも現実問題に直面する。逃げずに自力で前進していく勇気がアンナに湧いてくる。
【編集後記】
『あしたのパスタはアルデンテ』や『ローマの教室~我らの佳き日々~』などでキラキラした情熱的な瞳で魅了するイケメン俳優のリッカルド・スカマルチョが大好きな私は、彼が13歳も年上のヴァレリア・ゴリーノと結婚したというニュースを聞いた時、とてもショックだった。だが、本作のヴァレリア・ゴリーノを見て、その理由がよく理解でした。愛らしい美しさだけでなく、ずば抜けた表現力のある素晴らしい女優だと、改めてその魅力に感じ入った。トム・クルーズの恋人役を演じた『レインマン』の時の奔放な女性が強い印象として残っているが、思えば他の出演作でも彼女の存在感は大きいようだ。
(河田 真喜子)