『ヴィオレット(原題)』マルタン・プロヴォ監督、主演エマニュエル・ドゥボストークショー@フランス映画祭2015
『ヴィオレット(原題)』“Violette”
(2013年 フランス 2時間9分)
監督:マルタン・プロヴォ
出演:エマニュエル・ドゥヴォス、サンドリーヌ・キベルラン、オリヴィエ・グルメ
2015年12月15日(土)~岩波ホールほか全国順次ロードショー
配給:ムヴィオラ
© TS PRODUCTIONS – 2013
~初めて女性で“性”を語った作家ヴィオレットの孤独と葛藤に満ちた半生~
フランスを代表する女性作家でありフェミニズム運動家のシモーヌ・ド・ボーヴォワールが、その才能に惚れ込み、世間に認められるまでバックアップを惜しまなかった女性作家がいた。自らの体験を美しい文体で、赤裸々に綴り、初めて“性”を語った女性作家として64年の『私生児』で大成功を収めたヴィオレット・リュデュックだ。父親に認知されず、またその容姿から愛する人からも拒まれ、孤独の中で全てを書くことに捧げてきた激動のヴィオレットの半生を、『セラフィーヌの庭』のマルタン・プロヴォ監督が映画化した。
監督が「最初からヴィオレット役と決めていた」というエマニュエル・ドゥヴォスが、自分の容姿に悩み、母との関係に苦しみながら、ボーヴォワールを慕い、自分の力で生きる道を切り開く、ヴィオレットを熱演している。ヴィオレットの愛には応えられないと断言しながらも、女性の自由な表現を求めて、ヴィオレットの執筆活動を全面的に支援するボーヴォワール役には、『屋根裏部屋のマリアたち』のサンドリーヌ・キベルランが扮し、フランス文学界に革命を起こした二人の友情や愛情を超越した関係が描かれている。40年代から60年代に渡る二人の対照的なファッションや、その変化も見どころだ。
上映後には、マルタン・プロヴォ監督、主演エマニュエル・ドゥボスが登壇、「このようにエマニュエル・ドゥボスと一緒にこの作品を紹介できることを本当にうれしく思います。フランスでは2年前に公開された作品なので、また新たな気持ちで観ております」と監督が挨拶すると、エマニュエル・ドゥボスはヴィオレットを「文学界のゴッホ」と称し、日本の皆さんにもぜひ読んでほしいと勧めた。また質問では10年前のフランス映画祭でエマニュエル・ドゥボスが来日時にも足を運んだというファンが、感激の言葉を伝える場面もあった。『セラフィーヌの庭』撮影後から始まったという制作の経緯や、ヴィオレットに対する考察など、興味深い内容が語られたトークショーをご紹介したい。
―――ヴィオレット・ルデュックはフランス文学界でどのような地位にいるのか?
マルタン・プロヴォ監督(以下監督):ヴィオレット・ルデュックは、フランスで60年代によく知られた作家でしたが、その後忘れ去られてしまいました。博識の方や文学人なら知っていますし、彼女の文体が素晴らしいと、アメリカの大学では研究の対象になっていますが、フランスではそこまでヴィオレットに関心を持つ人はいなくなっています。書店ではヴィオレットの傑作の一つである『破壊』をはじめ、他の作品は並んでいない状況でした。しかし、本作が公開されたことにより、書店でも再びヴィオレットの作品が並ぶようになり、とてもうれしく思っています。60年代の日本で出版された和訳の『私生児』の本を見せていただきました、また新訳の『私生児』が書店に並んでくれればうれしいです。
―――ヴィオレット・ルデックを題材にした映画を撮影しようと思った経緯は?
監督:ヴィオレットは、私が『セラフィーヌの庭』を撮り終えたばかりのときに、私の自伝的小説を出版してくれた編集者でもあるルネ・ド・セカッティから教えてもらいました。ヴィオレットの名前は聞いたことがありましたが、作品を読んだことはありませんでした。セカッティは、ヴィオレットがセラフィーヌのことについて書いた文章を渡してくれたのです。それは本当に素晴らしく、また美しい文章で、感銘を受けました。その中には、様々なセラフィーヌのセクシュアリティーなことについても触れられており、その後『セラフィーヌの庭』が公開されて成功を収めたので、セカッティに会い、ヴィオレットを題材にした作品のためのシナリオを共同で書いてくれるかとお願いし、このプロジェクトが始まりました。
―――エマニュエル・ドゥヴォスのキャスティングは?
監督:シナリオを書く前に、ドゥヴォスさんにヴィオレットを演じてほしいと思っていました。前から彼女と仕事がしたいと思っていましたし、この役は彼女しか考えられません。最初にドゥヴォスさんと会ったときに聞いたことが、「顔を醜くしてもいいかな?」。その時の答えが素晴らしかったのですが、ドゥヴォスさんは「その役は女優にとって素晴らしいプレゼントです」と言ってくれました。
―――ドゥヴォスさんは、オファーを受けてどんな気持ちだったのか?
エマニュエル・ドゥヴォス(以下ドゥヴォス):ヴィオレット・ルデュックのことは全く知りませんでしたが、『セラフィーヌの庭』が大好きだったので、マルタン監督が私に役を下さったことが、とてもうれしかったです。その後、監督からヴィオレットのことを聞いたり、実際に本を読んだりし、女優としてその役を演じることが出来ることは素晴らしいと思いました。
―――ヴィオレットが母親に抱く印象は愛情や憎しみもあるが、子どもの頃は手も握らない母親が、最後は入院後の娘の世話をするようになったが、母親の心境の変化をどう考えているのか。
監督:まずはヴィオレットが父親に認知されなかったことが重要なポイントです。母親もヴィオレットが1歳半になるまで出生届を出していないので、母親もある意味その存在を最初は認めていなかった訳です。映画では描くことができませんでしたが、ヴィオレットは祖母に育てられています。母親の唯一の関心事は夫を見つけることで、当時は女性一人で生きることは非常に難しかったわけです。実際にも内装業の男と結婚し、ヴィオレットとは腹違いとなる息子を産んでいます。父親にも母親にも認められなかったことが、ヴィオレットが生涯抱える葛藤の原因となっていった訳です。
家族の問題を乗り越えるためには、どうしてもそういった葛藤を乗り越えなければならないと思っています。私の解釈ですが、ヴィオレットにとって父親変わりだったのがシモーヌ・ボーヴォワールだったのでしょう。ヴィオレットは生涯母親に反抗し続けますが、母親の半年前に亡くなるのも、もしかすればヴィオレットの母親に対する反抗の一つだったのかもしれません。
ドュヴォス:母親役のカトリーヌ・イジェルとの共演は、ものすごく強烈な経験でした。イジェルさんの出番になって撮影現場に来られることで撮影のリズムができました。色々なシーンで感情がエスカレートしていきますので、私が演じるヴィオレットに力をくれました。
監督:今でも思い出しますが、イジェルさん演じる母親とヴィオレットが「なぜ私を産んだのか、私を産んだことが全ての問題なのだ」と大ゲンカするシーンがありました。最初のテイクで、ドゥヴォスさんが「これがいいわよね」と言っていたのに、私が少し疑問があったので何度もテイクを重ねたのです。結局はドゥヴォスさんの言う通り、最初のテイクが採用されたのですが、彼女は最初からヴィオレットになっており、私から見ても素晴らしかったです。
―――ヴィオレット・リュデュックは本当に激しい気性だが、ドュヴォスさんは自分で演じてどのような女性と理解したのか?
ドュヴォス:映画の撮影に入ったときも、公開されたときも、私の気持ちは全く変わっていません。男性であっても、女性であっても、絵画であっても、映画であっても、文学作品であっても、自分が持っている問題をアートを通じて乗り越えることほど美しいことはありません。ヴィオレットは文学界のゴッホだと思っています。日本語訳になるとどうなるかわかりませんが、素晴らしいフランス語で描かれているので、皆さんもきっと気に入ると思います。
―――長回しが多かったが、苦労はなかったか?
ドュヴォス:偉大な監督と仕事をすれば、そういう問題にぶち当たることはありません。むしろ長回しは細切れにストップをかけられることなく勢いをもって演じることが出来るので、役者にとって楽なのです。
―――『セラフィーヌの庭』同様自然描写が素晴らしいが、自然を描写するときに心がけていることは?
監督:セラフィーヌは自然とシンプルな関係にある人物でした。町自体が森に囲まれており、セラフィーヌにとって田舎の風景は唯一の逃げ場でした。ヴィオレットも、自然とシンプルで強力な関係性を自然と持っていたと思います。お料理や家事などのシーンも、細かく描写していますし、散歩したときに目にした木や川などもシンプルで美しい描写になっていると思います。私自身も、パリ近くの自然に囲まれた場所で暮らしており、セラフィーヌやヴィオレットと同じような自然との関わりを持って暮らしています。そういった私自身の自然との関わりが映画に滲み出ているのではないでしょうか。生き物と私たちの関係性や、私たちが一部であるところの偉大な自然界は尊重するべき、非常に美しいものだと思います。
―――映画でも冒頭に描かれているが、ヴィオレットが小説を書き始めるきっかけとなった人物、モーリスとヴィオレットの関係は?
監督:ヴィオレットは生活のために色々なアルバイトをしていました。出版社の電話オペレーターをしていた時に小説家のモーリスと出会い、まずは友人関係になっています。彼は、良家の出身ですが、戦争中はユダヤ人を逃がすと偽ってお金をだまし取ったりする怪しい存在になっていきます。ヴィオレットとの偽装夫婦は、3週間の予定でしたが、実際にはもっと長くなり、その間ヴィオレットは恋に落ちるのです。実際、モーリスはとても優れた作家で、ヴィオレットの人生において、いくつかの道しるべを示す人物の中の最初の一人となりました。モーリスは「君は書くべきだ」と言ってヴィオレットを励まし、ヴィオレットは「自分が書く資格を得たのだ」と書いています。それまでヴィオレットは自分に書く資格はないと思っていたのです。(江口由美)
フランス映画祭2015
6月26日(金)~29日(月)有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ日劇(東京会場)にて開催!