実在の事件を基に描く“追い詰められた女教師”の決断。ブルガリア映画『ザ・レッスン/授業の代償』記者会見@TIFF2014
登壇者:ペタル・ヴァルチャノフ監督(兼脚本/プロデューサー/編集)、マルギタ・ゴシュア(主演女優)
~「今の世界は、力のない人が隅に追いつめられ、正しい選択をするチャンスが与えられない」~
10月23日より開催中の第27回東京国際映画祭でコンペティション部門作品として出品されているブルガリア映画『ザ・レッスン/授業の代償』。ブルガリアで実際に起きた事件を元に、主人公の女教師が次から次へと苦難に見舞われ、モラルの壁を越える決断をするまでを、担任クラスの現金盗難事件と絡めながらリアルに描くヒューマンストーリーだ。
厳格な女性教師ナデの担任クラスでお金が盗まれ、ナデは盗んだ生徒にお金を戻すようにチャンスを与えるが、事態に何の進展も見られない。そんな中、突然ナデの家が取り押さえられることに。家賃を渡していたナデの夫がお金を使い込んでいたことが発覚し、ナデは支払期限までに大金を準備しなければならない羽目となる。なんとか手はずが整ったと思ったとき、更なる想定外の出来事が起き、ナデはどんどん窮地に追い込まれていく。
ブルガリアでは舞台で活躍している主演のマルギダ・ゴシュアが、真面目で曲がったことが嫌いで、それがゆえに問題を抱え込んでしまうナデの変化していく様を貫録十分に演じ、次から次へと起こる不測の事態に、我を忘れて奔走していくナデから目が離せなくなる。モラルを教える側が、その壁を越えて向こう側へ行ったとき、彼女はどんな表情に変わっていくのか。情け容赦ない闇金業者や警察との癒着、その一方でナデの窮地を救ってくれる友人や銀行窓口嬢など、様々な人たちのリアルな描写を交えながら、今のブルガリアが抱えている問題をも鮮やかに切り取っている注目作だ。
10月27日に行われた記者会見では、ペタル・ヴァルチャノフ監督と主演のマルギタ・ゴシュアさんが登壇し、このような事件が起こった背景の社会的考察や、製作本数が年間10本以下という現在のブルガリア映画業界事情、実在の人物を基にした主人公の描き方について語られた。その行動の内容をご紹介したい。
―――実在の事件を基にし、モデルとなる女性が存在する中、マルギダさんはどのように役作りをしたのですか?
マルギダ・ゴシュア(以下マルギダ):面白いことにテレビで事件を起こした女性教師のインタビューを観ていたのです。その1ヶ月後に今回のオファーをいただいたので、本当に真実のキャラクターを演じられるということで非常にうれしかったです。彼女はとても落ち着いているし、教育もあり、とてもプライドが高い女性です。このような”マスク”がここまで色々なものを隠すことができるのかと思いましたし、私にとってもこの役を演じることは大きなチャレンジでした。”マスク”にかけられた謎々を紐解いていくような作業だったと思います。
―――とても真面目で、間違ったことが大嫌いな主人公が、最後のシーンでは顔色がすっきりと、表情も柔らかくなったように見えたのですが、意図的に主人公の変化を解放へと変化させていったのですか?
マルギタ:この作品はブルガリアで実際に起こった学校の先生による銀行強盗事件にインスピレーションを得ています。ただ実話として描くのではなく、新聞の見出しを元に、その事件がどのようにして起きたのかを想像しながら作品を作りました。色々と相談しましたし、最後に答えとなるようなことを描きたくなかったのです。彼女は有罪なのかどうか、また彼女は良い人なのか悪い人なのか。そのような答えを出すことはしなかったので、ラストの主人公の表情も意図的に変化させています。
―――銀行強盗を引き起こす前に、日本では考えられないような大胆な行動を公の場で主人公は起こしますが、主人公の心境の変化をどう表しているのですか?
マルギダ:私の住んでいる世界では、主人公の行動(道端でストッキングを脱ぐ)はそこまで変な行動ではありません。脱いだ瞬間は、自分のやりたくないことを強要され、彼女は苛立っていました。すごくイヤだったので、逆に銀行に向かってしまったのです。撮影のとき、なぜ彼女が銀行を襲ったのかを色々と議論しました。でも人生の中である瞬間に、自分の考え方が突然変わることもあるのではないでしょうか。彼女は自分の中で重たい石を上の方に押して上ろうとしていたのですが、急に「石は転がらせておけばいいのだ」と下におろしていく方向に気が変わってしまったのです。
ペタル・ヴァルチャノフ監督(以下ヴァルチャノフ監督):あのシーンでは壁の前に立っているのですが、すごくゆっくりとステップごとに決断していく様を、彼女に集中して描こうと試みました。
―――今ブルガリアでは、年間映画製作本数が10本以下と聞いていますが、ブルガリアの映画業界事情について教えてください。
ヴァルチャノフ監督:現在は年間3、4本ぐらいしか製作されません。しかも、この作品はブルガリアの通常の映画システムで作られたわけではありません。最初は映画ベストプロジェクトに選ばれたこともありましたが、ブルガリアのフィルムコミッションからは長編映画や脚本の経験不足などを理由に2回も(資金援助に)採用されず、私たち独断で撮影しようと決心しました。ラフカットの途中で、ギリシャのプロデューサーに気に入っていただき、出資や参加を申し出てくださって今にいたっています。ブルガリア映画界も少しずつは変わってきており、若手のプロデューサーや新しい監督が、新しい形で映画制作に取り組もうと模索しはじめています。より低予算ではありますが、8プロジェクトが今年助成に選ばれているので、来年の制作本数が10本以上に増えればと思っています。
―――ブルガリアの社会変化を反映していると思いますが、旧共産圏の国における社会や価値観の変化について教えてください。
マルギタ:社会における劇的な変化というのは、モラルの変化に基づいています。これまで文化的に非常に重要と思われていたものが、ほとんどその価値を失ってしまいました。私は日本の文化がとても好きで、文化が人間の中の非常に重要な部分に根ざしています。私は人の魂が最も重要だと思っているので、文化はその魂に根ざしていると思っています。本来人間が一番行うべきなのは、自分の心、魂を大切にすることです。その部分をが価値を失ったことが私にとっては一番劇的な変化でした。
ヴァルチャノフ監督実際には共産主義が崩壊した後、何も変わらなかったということが真実です。最近のブルガリア、もしくは世界では力のない人が隅に追いつめられ、正しい選択をするチャンスが与えられず、そのまま底辺でいるのか、(アンモラルな)行動を起こすのかという選択しか与えられていません。本作でも先生が行動を実際に起こしてしまいますが、そこが問題なのだと思います。もうすぐブルガリアでは選挙が行われますが、そこでの選択肢も偽物ばかりです。
マルギダ:主人公の女性の中での罪悪感というのは、彼女が行った選択肢における罪悪感だと思います。お父さんに頭を下げてお金を貰うという選択肢もありましたが、彼女は別の方法を選びます。「体の一部がわずらえば、体全体をわずらう」という言葉が聖書か何かの中にあるのですが、色々な地域で内乱が起きているように、21世紀の罪にもつながっているのだと思います。
『ザ・レッスン/授業の代償』
(2014年 ブルガリア=ギリシャ 1時間45分)
監督:クリスティナ・グロゼヴァ、ペタル・ヴァルチャノフ(兼脚本/プロデューサー/編集)
出演:マルギタ・ゴシェヴァ、
【上映予定】
10月29日(水)14:30~ TOHOシネマズ日本橋
10月30日(木)21:00~ TOHOシネマズ六本木ヒルズ※ペタル・ヴァルチャノフ監督、マルギタ・ゴシュアさんによるQ&Aあり
第27回東京国際映画祭は10月31日(金)までTOHOシネマズ六本木ヒルズ、TOHOシネマズ日本橋他で開催中。(江口由美)
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