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戦時下の母親の姿を、胸打つ映像で描くアゼルバイジャン映画『ナバット』記者会見@TIFF2014

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戦時下の母親の姿を、胸打つ映像で描くアゼルバイジャン映画『ナバット』記者会見@TIFF2014
登壇者:エルチン・ムサオグル監督、ファテメ・モタメダリア(主演女優)
 

~戦火が迫り誰もいなくなった山村に、一人残る母親ナバットの“静かなる闘い”~

 
10月23日より開催中の第27回東京国際映画祭でコンペティション部門作品として出品されているアゼルバイジャン映画『ナバット』。
 
大きな牛乳瓶を両手に抱えた女、ナバットが山道を黙々と下っていく冒頭のロングショットをはじめ、遠くで銃声が聞こえる村では日に日に村民が避難しても、ナバットが村を歩くシーンが何度も映し出される。丘の上の自宅にいるのは病気の夫と一頭の牛だけ。最愛の息子は92年にその短い人生を戦場で奪われ、息子の写真すら写真館で紛失してしまう。動物すらも逃げ出してしまうような、誰もいない村になっても、まるで弔いを捧げるかのように、また敵の目を欺くために、空き屋や誰も通わなくなった学校に日々ランプを燈しにいくナバット。たとえ戦争の影が肉薄しても、愛する夫や息子のいる場所から彼女は去らない。圧倒的な映像美や見事なカメラワークで、廃墟と化した村や、決意を秘めたナバットの表情を捉え、静かな決意が画面からひしひしと伝わってくる作品だ。
 
10月25日に行われた記者会見では、エルチン・ムサオグル監督とイラン女優でありながら、隣国のアゼルバイジャン映画に主演したファテメ・モタメダリアさんが登壇し、作品の背景となるアゼルバイジャンの状況や、戦時下の母親に対する想いが語られた。その内容をご紹介したい。
 

 

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(最初のご挨拶)
エルチン・ムサオグル監督(以下ムサオグル監督):日本に来る前に黒澤監督や小津監督などに触れ、日本に関する知識はありました。ソ連時代にさくらの映画があり、とても感心した覚えがあります。
ファテメ・モタメダリア(以下ファテメ):日本は第二の故郷、自分の家に戻ったような気がします。
 

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―――ファティメさんはイランの人気女優ですが、隣国のアゼルバイジャンでフィクション映画に参加されるのは初めての体験では?
ファテメ:(映画の)木が深い根っこでつながっているように、今の自分は映画界でしっかりした意味を持つ仕事をしていきたいのです。今まで53本の作品に出演し、様々な役を演じてきましたが、金銭や名誉は気にしていません。木を保つなら、枝の一つ一つが違う形の花を咲かせるようにしたい。一緒に仕事をしている若手監督は枝に咲く花のようなものです。私は自分の才能を差し出し、彼らからは若いエネルギーを映画に注ぎ込んでもらうのです。
 
―――戦死した息子の写真があった場所に、ナバットはチェ・ゲバラの写真を掲げていますが、監督にとってチェ・ゲバラはどんな意味を持つ存在ですか?
ムサオグル監督:ソ連時代、チェ・ゲバラは独立・自由の象徴としてヒーロー的な存在でした。今でも私の実家にはチェ・ゲバラの写真があり、何も知らない母は私の友人と思っているほどですが。ナバットはとてもシンプルな女性であり、母親です。彼女の中に全ての母親を反映させています。ナバットは息子にチェ・ゲバラを投影させたいと思ったのです。
 
ナバットは、「母親は全てを守るべき」というイデオロギーのもと行動しています。途中穴に落ちた狼を助けるシーンがありますが、単に一匹の狼を助けたのではなく、生き物全てを助けたのです。
 

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―――政治的な側面を感じさせる作品ですが、ソ連崩壊後どのようなことが起こっているのでしょうか?
ムサオグル監督:1991年にソ連が崩壊してから、ウクライナ以外、離国した全ての国が戦争に巻き込まれています。15カ国の統合や分解はどちらも血によるものだと思っており、今回は自分の国が経験している体験のみを描いています。
 
ただ、本作は戦争についての映画ではなく、戦時下において母親が直面することを描いたものです。ですから、アゼルバイジャンだけではなく全ての国に当てはまります。母親に最も重要な願いは、子どもたちが成長することです。戦争によって人の命が失われるだけではなく、(亡くなった人の)母親の願いも奪われてしまうのです。
 
―――ムサオグル監督は今まで自身で撮影し、ドキュメンタリー作品を製作してこられましたが、今回撮影は撮影監督に委ねておられます。撮影方法他現場でどのような話し合いが行われたのでしょうか?
ムサオグル監督:ドキュメンタリーはどういう状況かを見ながら製作するので、ドキュメンタリー製作の間はなかなか自分がどう考えているのかを表現することはできません。劇映画の場合、自分の考えを表現できるので、自身が撮影をしないことに葛藤はありませんでした。
 
―――強くて美しいナバットに感動しましたが、ファテメさんはどんな想いで演じたのですか?
ファテメ:ナバットは自分自身に世界から何か与えられることを期待していません。全てを差し出して、何も返ってこなくても平気なのです。ロケーションも言葉も、シチュエーションも私自身とはまったく違うので、非常にチャレンジが必要な演技でした。私は哀しみや痛みを強く受け止めて、立ち上がれるような、中身の強い女性が好きです。
 
 

『ナバット』
(2014年 アゼルバイジャン 1時間46分)
監督・脚本:エルチン・ムサオグル
出演:ファテメ・モタメダリア、ピタディ・アリエフ、サビル・ママドフ
【上映予定】
10月28日(火)21:15~ TOHOシネマズ六本木ヒルズ※エルチン・ムサオグル監督、ファテメ・モタメダリアさんによるQ&Aあり
10月30日(木)14:00~ TOHOシネマズ日本橋
 
第27回東京国際映画祭は10月31日(金)までTOHOシネマズ六本木ヒルズ、TOHOシネマズ日本橋他で開催中。(江口由美)
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