ノルウェーの名匠、ベント・ハーメル監督が”測る”をモチーフに描く最新作『1001グラム ハカリしれない愛のこと』記者会見@TIFF2014
登壇者:ベント・ハーメル監督、アーネ・ダール・トルプ(主演女優)
~測ったように正確な日常が壊れたとき、新しいものの重みに気付く~
10月23日より開催中の第27回東京国際映画祭でコンペティション部門作品として出品されているノルウェーの名匠、ベント・ハーメル監督最新作『1001グラム ハカリしれない愛のこと』。“計量”をモチーフに、物の重みから人生の重みまで、様々なものの“重み”に思いを馳せたくなるヒューマンドラマだ。
アーネ・ダール・トルプ演じる主人公のマリーは測量研究所に勤める女性研究員。毎日ノルウェー産の青い一人乗り電気自動車Buddyで出勤し、帰宅するとダブルベッドの半分だけに敷かれたマットレスの上で眠る。正確さが求められる仕事をこなし、淡々と日常を送っているマリーに訪れたのが、病気で倒れた父親の代理で、パリで行われる「1キロ」の重量学会に出席するという大役。厳重に保管された1キロの重りを握りしめてパリへ出張するマリーに新たな出会いと、思わぬトラブルが訪れる。
ベント・ハーメル監督らしい綿密に計算された演出や、ショットの数々。学会中に居眠りする研究員をさらりと映し出すなど、万国共通の人間のちょっと笑える日常も散りばめるのもハーメル流ならば、その中で孤独に生きる人間の変化を丹念に描き込むのもハーメル監督らしい物語といえよう。それに加え、今回は測量研究所が舞台となっているだけあり、日ごろ当たり前に考えている重量や計測について様々な考察が加えられているのも新鮮に映る。また、クールなノルウェーでの映像と、陽光溢れるパリの映像が主人公の心境と重なるかのようなコントラストを見せ、大人の女性の成長&恋物語としても見ごたえのあるとても洗練された作品だ。
10月25日に行われた記者会見では、ベント・ハーメル監督と主演のアーネ・ダール・トルプさんが登壇し、ハーメル監督が描く「孤独」についてや、ノルウェーやヨーロッパにおけるハーメル監督の評価、ハーメル監督作品で演じるにあたって苦労した点などが語られた。その内容をご紹介したい。
(最初のご挨拶)
ベント・ハーメル監督(以下ハーメル監督):これまでも私の作品はロングライトより配給されており、非常にうれしく思います。これからもこの関係が続いてくれればと願います。
アーネ・ダール・トルプ(以下アーネ):日本は初めてですが、とてもワクワクしています。ノルウェーにとって日本は憧れの土地で、友人に話すととても羨ましがられました。これから凄い冒険をするような気持ちです。
―――一人の女性の物語でありながら、キログラム(測量)という素敵なモチーフも散りばめられていますが、どちらが先にアイデアとして浮かんできたのですか?
ハーメル監督:全てが一度に浮かんだ、感じたといっても過言ではありません。もちろんキログラムの原基の話は面白いと思いましたが、それと同時に原基はいろいろなものを象徴しています。全てを感覚的に感じ、ストーリーを伝えたいと思いました。何か自分が作りたいものは元々自分の中にあり、何かに出会うことによって開花するのかもしれません。
―――今まで男性を主人公にし、孤独を描くことが多かったですが、今回は女性を主人公に据えつつも孤独な生き方が映し出されています。これは監督ご自身の映画におけるトーンなのでしょうか。それともノルウェーという国からくるトーンなのでしょうか。
ハーメル監督:私の作品の中には孤独が底辺にあるのは事実で、ある程度はノルウェーという国に起因しているかもしれません。あるジャーナリストが私のことを「メランコリーウォッカベルト」と呼んだことがありますが、私は孤独というのは普遍的なものだと思って描いています。
主人公役のアーネは立派な女性です。ただ私のアプローチの仕方としては彼女を女性として描くのではなく、一人の人間として描いています。もし主人公が男性であっても、行動はそんなに変わらないのではないでしょうか。人間の本質を描いたつもりです。一つエピソードがあるのですが、何年も前に私の妻とアーネがタクシーに乗った時、アーネが「なぜあなたのご主人は女性を主人公にしないの?今度女性を主人公にするようにお願いをしておいて」という話をしていたそうです。妻は「わかったわ」と答えたそうですが、今回偶然主人公にアーネを抜擢したとき、後からアーネと妻は笑っていたそうです。
―――映画の中の車などのディテールや、バスルームの男女のやりとりもとてもキュートでしたが、今回の台詞のやりとりは全て脚本によるものですか?
アーネ:ほとんど脚本どおりです。やりとりは主に測定の単位をジョークっぽく話しているのですが、唯一私が考えたアドリブは「一握り」と言って、私の胸を触らせているくだりです。
―――アーネさんからみたハーメル監督や監督の作品に対する印象を教えてください。
アーネ:ハーメル監督は、ノルウェーでとても有名な映画監督として知られています。今回撮影のためにドイツやフランスで、大作に出演しているような俳優たちと仕事をしましたが、彼らは「ハーメル監督の作品なら是非とも出たい」と言っていました。それぐらいヨーロッパでは皆が作品に出演を熱望する監督です。また私たちノルウェー人自身も孤独は自分たちの中にある大きな部分だと思っていますが、孤独を描いたハーメル監督の作品がこれだけ世界各国で受け入れられていることを考えると、孤独は普遍的なものなのだと実感しています。
―――ハーメル監督やその現場が他のノルウェーの監督と違う点は?
アーネ:他の監督とはかなり違います。ハーメル監督の作品には「これぞ、ベント・ハーメル」というサインのようなものが必ずあります。それがあるからこそ俳優たちはハーメル監督の世界観に全部入り込み、それを表現しなければなりません。その世界観はとても好きですが、演技や動作を正確にすることで世界観を表すので、演じるのは大変でした。例えばマリーがはかりを検査し、合格したらステッカーを貼るシーンがありますが、その貼り方一つにしても正確に真っ直ぐ貼るようにしたり、廊下の歩き方など全てがとても重要でした。撮影が進んでいくにつれて、車が動き、その動き方に合わせて私がフレームの中に入り、そしてカメラが動く。それが全て一体化するという瞬間が分かるようになりました。そういう撮り方をする監督です。
―――凛々しく、美しく、厳しく、孤独でもあるマリーをどのような気持ちで演じたのですか?
アーネ:マリーはほとんど笑みを浮かべません。笑みはその人の内面を映し出す、とても強い表情です。監督とも事前にマリーがどれだけの笑みを浮かべるか議論し、今回は笑みをほとんど浮かべないようにしようと決めました。マリーの雰囲気や動作から体まで全てが硬いですが、それは彼女が全てを自分で気持ちや生き方、周りまでもコントロールしようとしていることを象徴しているのかもしれません。もしマリーが途中で笑ってしまったら、私は彼女がどこに行くのか分からなくなってしまうと思ったのです。笑うことはある意味気持ちを開放することですから、最後までとっておかなければ意味がないのです。
また研究所は殺風景ですが、とても広く感じます。それはとても大事なことで、彼女の思考に彼女のいる環境がとても関係があると思いましたし、また彼女の環境もとてもコントロールされています。また彼女の歩き方はとても速いのですが、唯一父親の遺骨を持っている時だけはゆっくり歩いています。それは彼女自身がとても大事なものを持っているという意識があるから、ゆっくり歩いているのです。
(江口由美)
『1001グラム ハカリしれない愛のこと』
(2014年 ノルウェー=ドイツ=フランス 1時間33分)
監督:ベント・ハーメル
出演:アーネ・ダール・トルプ、ロラン・ストッケル、スタイン・ヴィング
2015年10月31日(土)~シネ・リーブル梅田、京都シネマ、11月14日(土)~シネ・リーブル神戸他順次公開
公式サイト ⇒ http://1001grams-movie.com/