『イタリア映画祭2014』トークセッション
ジャンフランコ・ロージ監督×想田和弘監督
(2014年4月29日(火・祝)15:30~16:30、東京有楽町・朝日ホールにて)
~響きあう、真実に迫ろうとする心~
今年のトークセッションは、昨年のヴェネチア国際映画祭で金獅子賞に輝いた『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』のジャンフランコ・ロージ監督と、『演劇』や『選挙2』などで話題を呼んだ想田和弘監督という、ドキュメンタリー作家同士のトークとなった。被写体との信頼関係ができるまでカメラを取り出さないというじっくりタイプのロージ監督に対し、即興で被写体を追いかける想田監督との撮り方は対称的だ。ロージ監督自身も、「もし、この会場の映画を撮影するとしたら、私なら1年かかるところを、想田監督なら1日で撮ってしまうことでしょう」と。だからこそ、『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』を想田監督が、どのように分析して、作品の持つパワフルな感動の理由を解き明かしてくれるのか、とても楽しみになってくる。
《ジャンフランコ・ロージ監督のプロフィール》
エリトリアのアスマラ出身。ニューヨーク大学映画学科卒業後、自ら製作と監督を務めた「Boatman(原題)」でサンダンス映画祭、そしてトロント国際映画祭などで多くの賞を受賞。2008年には初長編「Below Sea Level(原題)」、そして2010年には「El sicario – Room 164(原題)」がヴェネチア国際映画祭などで受賞多数。またニューヨーク大学映画学科などでは客演講師も務めている。 『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』ヴェネチア国際映画祭にて金獅子賞を受賞。
《想田和弘監督のプロフィール》
映画作家。東大文学部、SVA映画学科卒。93年からニューヨーク在住。台本やナレーション、BGM等を排した、自ら「観察映画」と呼ぶドキュメンタリーの方法を提唱・実践。その第一弾『選挙』は米国でピーボディ賞を受賞。その他の作品は『精神』『Peace』『演劇1・2』『選挙2』。著書に『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)など。
『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』
(Sacro GRA (Gianfranco Rosi) /監督:ジャンフランコ・ロージ/2013/93分)
ヴェネチア国際映画祭にて、ベルナルド・ベルトルッチや坂本龍一など審査員から満場一致の絶賛を浴び金獅子賞を受賞。ローマを囲む高速道路GRA。その環状線に沿って暮らす愛すべき人々の物語を、叙情的に描いたドキュメンタリー。欲望と混沌、輝かしい未来と取り残された者たちの心模様を鋭く切り取る。イタロ・カルヴィーノの名著『見えない都市』にインスパイアされた野心作。2014年8月16日(土)~ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開。
【トーク詳細】 (敬称略)
想田:言語化しにくい題材を映像化している素晴らしい作品ですね。見た後、じわじわと想いが湧いてくるようでした。
ロージ:次の作品は一緒に撮りませんか?
想田:ええっ!? いきなり嬉しいお言葉ですね(笑)。ロージ監督はカメラを回す前に時間をかけるそうですね?
ロージ:あなたは時間をかけずに直観的に撮るようですね。『演劇』を見て同意見のところがありました。
想田:どこですか?
ロージ: 「人に見えないものを捉えるのが映画であり、心である。」という点です。
想田:確かにロージ監督の『164号室』(「El sicario – Room 164(原題)」)を思い出しました。
ロージ:現実に寄り添う撮り方で、カメラは恐い存在でもあります。
想田:恐いとは?
ロージ:カメラは嘘をつきません。絶対的真実を捉えてしまうからです。
想田:撮る時に、動きを指示しているのですか?
ロージ:行動を引き出そうとはしますが、そのためには被写体との信頼関係が必要です。仕掛けをしたり動きを予測したりと色々気を遣います。だから、髪の毛が全部抜けてしまったのです!(笑)
想田:仕掛けとは?
ロージ:例えば、『164号室』のメキシコ系コントラの殺し屋シカリオのインタビューを撮った時は、一方的にインタビューしてそれに答えるのではなく、部屋を片付けてボードを置いて、パフォーマンスの場を作ったことによって、真実を引き出せたのです。
原則ドキュメンタリーではお金は支払いません。でも、彼は殺しの時と同じ4,000ドルを要求してきたのです。彼はその頃子家族のためにお金が必要だったのです。どこにでもいる普通の人のようですが、実態はカリスマ性のあるインテリジェンスを持った人だということが分かったのです。そういう環境を作ることが私の仕掛けなんです。
想田: 『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』では、母と息子の会話のシーンのように、とても親密なパーソナルなシーンを捉えていますね?
ロージ:母親の世話をしながら救急救命士の仕事をしているロベルトとは2か月ぐらい付き合いました。彼はとても愛情深い人で、カメラを意識しなくてもあのような行動をとるのです。あのシーンは遠くから撮りました。ドキュメンタリーでは被写体との距離が大事だと思います。あなたの作品のカメラは、被写体との距離が近くて、ジャムセッションをしているようでした(笑)。
想田:私は、会ってすぐカメラを回します。撮り逃さないためにね。
ロージ:私も何千何万といいシーンを撮り逃してきました。でもそれは仕方ないことで、常に頭の上にカメラを付けている訳にはいきません。①「引き算」、②「信頼」、③「変換」 の3つの要素が重要だと思います。出来るだけ多くを語らない。撮っても何年も置いておく。作品を撮る度に離婚しているようなもの、すなわちそれが変換なのです。
想田:見る人それぞれ違う感想を持つと思います。本作の中の椰子の木に巣食う虫は、人間のメタファーなのですか?
ロージ:その通りです。撮影が始まった3週間でプロデューサーとケンカして別れました。2年掛かっても、いつ作品を終わらせられるか分からない状態だったので、あの虫のシーンで終わらせました。
想田:あのシーンは偶然撮れたのですか?
ロージ:捉えどころのない撮影だったのですが、虫博士のあの行動が全体をまとめることに繋がったのです。
想田:私はリサーチすると自分を閉じてしまうようで、嫌いなんです。
ロージ:被写体との友情・人間関係ができないと撮れないんです。
心は人間本来の真実であり、ドキュメンタリー作家は、人々の心の真実に迫ろうとするから、真実と嘘の区別に興味がある。それは、あらゆるアートに共通することです。
想田:最初は人々の苦労を告発する作品なのかなと思っていたのですが、そうではない。ひとつのメッセージに合せるのではなく、いろんな人々のいろんな面が捉えられていて、とても興味深い作品となりました。
ロージ:ヴェネチア国際映画祭に出演者の皆を連れて行ったんです。彼らは、そこで初めて作品を見たのです。ヴェネチア国際映画祭の3日前に完成したので、試写を見てもらう時間がなかったのです。映画祭での上映が、初披露だったのです。
想田:被写体の皆さんに見てもらうのは恐くなかったですか?
ロージ:どんな反応するのか心配だったのですが、「変換」された新しい自分自身を見い出してくれて、とても嬉しかったです。ドキュメンタリーの難しいところは、真実からそれてしまうことです。あらかじめ書かないことです。
(河田 真喜子)