『インスタント・マミー』レオ・アバヤ監督、主演ユージン・ドミンゴさんインタビュー
『インスタント・マミー』“Instant Mommy”
2013年/フィリピン/102分
監督:レオ・アバヤ
出演:ユージン・ドミンゴ、松崎悠希、シャメイン・ブエンカミノ
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昨年の『アイ・ドゥ・ビドゥビドゥ』(OAFF2013)で来阪時に、相手役の日本人俳優募集を呼びかけたユージン・ドミンゴ主演作が今年の大阪アジアン映画祭で凱旋日本初上映された。ユージン・ドミンゴが日本の恋人とスカイプで遠距離恋愛する様子の悲喜こもごもをコミカルに描いたフィリピン映画『インスタント・マミー』。恋人カオル(松崎悠希)の子を身ごもったCM衣装係見習いのベチャイ(ユージン・ドミンゴ)は、流産してから連絡が途絶えたカオルを懲らしめるべく疑似妊娠大作戦を決行する。一方、なかなか離婚調停が進まないカオルもなんだか隠し事がありそうな雰囲気がプンプン。スカイプだけで一見穏便に関係を育んできた二人が、リアルの出会いを果たした時、どんな展開が起こるのか。結婚や出産を前に揺れる女心を等身大で演じるユージン・ドミンゴが魅力的な国境を越えたラブコメディーだ。
昨年に続き、大阪アジアン映画祭では3度目の来阪で、今回は国際審査員も務める主演のユージン・ドミンゴさんと、本作が初監督作となるレオ・アバヤ監督に、本作やフィリピン映画界についてインタビューを行った。上映後のQ&Aと合わせて紹介したい。
<上映後のQ&A>
―――脚本はオリジナルですか?
レオ・アバヤ監督(以下監督):何年も前にクリス・マルティネス監督とジェフリー・トレア監督が作り、長い間棚上げされていた原案を今回映画にしました。私がよく知っている広告映像の世界とこれまで会ってきた人たちをアイデアとして加え、元々のストーリーに私なりのひねりをいれながら新しい作品として映画にしました。
―――今回日本人俳優の松崎悠希さんが出演されていますね。
監督:前回の大阪アジアン映画祭でユージン・ドミンゴさんとクリス・マルティネス監督が来日した際に、映画祭関係者や取材に来られたジャーナリストの方々に呼びかけして、日本人俳優でユージン・ドミンゴの相手役となる重要なキャストを探しているとお願いをしました。その呼びかけを大阪でさせてもらったおかげで、最終選考に14人残り、その中から松崎さんを選ぶことができて本当にうれしく思っています。台北やシンガポールからも応募があり、結局ロサンジェルスから応募された松崎さんに決まった訳ですが、松崎さんには日本語の台詞を訂正してもらったり、ユージン・ドミンゴさんの日本語の台詞もずいぶんコーチしてもらいました。
―――ユージンさんの話す日本語がとてもキュートでしたが、松崎さんとの共演はいかがでしたか?
ユージン・ドミンゴさん(以下ユージン):本当に?日本語の台詞はほとんど忘れてしまいましたが、「ありがとう」「愛してます」は印象に残っています。この言葉はどの言語でもとても重要な言葉ですから。松崎さんは現場でも手伝ってくださり、私の台詞ももっと自然に聞こえるように指導してくれ、気持ちいい人柄の方なので、今回一緒に来れなかったのが残念です。
私たちの作品はインディーズ作品なので、普段松崎さんが慣れている仕事のやり方とずいぶん違ったと思います。入国早々セットに入ってもらい、パソコンを通じてやりとりする部分をすぐに撮影しました。隣の部屋に入って撮影していたのですが、初日に私が胸を見せたりして、たった5日間で全てのシーンを撮影したので大変だったと思います。
―――フィリピンで日本人男性はどう思われているのか?
監督:日本人男性について、ステレオタイプのようには描いていません。色々なことに対して反応するカオルの姿は、人生そのものではないかと思います。
カオルという人物像については、日本に長期滞在経験のある友人のフィリピン大学女性教授は、カオルは一人の男性として悩んでいる、率直にべチャイを愛していて、紳士的すぎたために夫婦のヨリを戻したことを言い出せないでいる一人の男性の弱さが現れていると語っていました。
ユージン:映画の中では一つの状況を作り上げて、そこに日本人の男性とフィリピン人の女性の出会いを作りだし、物語が展開していくという部分では、ある意味日本人男性のステレオタイプの部分もあるし、フィリピン人女性のステレオタイプの部分を映画で提示しているといえます。でも実際の話のエッセンスの部分は愛と失望。それは現実的なものであり、世界中どこにでもある普遍的なテーマだと思います。ステレオタイプの人物像であったとしても、本質的なものは普遍的だと思います。
<単独インタビュー>
―――東京国際映画祭で最優秀女優賞受賞(『ある理髪師の物語』)、おめでとうございます。受賞後、何か変化はありましたか?
ユージン:もちろん!急に審査員に選ばれましたし(笑)
―――審査員としてどういう視点で作品をご覧になるのでしょうか?
ユージン:映画祭にはテーマが必要だと思っています。大阪アジアン映画祭はインディーズ映画でも特定の人を対象とするのではなく、モダンでもう少し多くの観客を対象としていると思います。審査員だという上から目線ではなく、一人の観客として感動させてくれる作品に出会いたいです。技術的なものは後からついてくると思います。
―――『インスタント・マミー』は、一度棚上げされた企画を復活したということですが、なぜその企画を手がけようと思ったのですか?
監督:クリス・マルティネス監督と『ベッドコレクター』のジェフリー・ドリアン監督が実在の話をもとにしたストーリーラインを作っていました。まだ脚本にもなっていない状態でしたが、たまたま私のところに話がきたんですね(笑)。実はプロデューサーから別の話がきていたのですが、私はこちらの方が気に入ったので二人の監督に了解を得て原案を膨らませていきました。
―――クリス・マルティネス監督とはどのようなつながりがあるのですか?
監督:クリス・マルティネス監督が制作したTVコマーシャルの美術のプロダクションデザイナーを行いました。映画で一緒に仕事をするのは初めてですが、共通の友人は多いです。
―――スカイプを使って遠距離恋愛を行うアイデアは監督が出されたものでしょうか?
監督:そうです。原案の頃はまだスカイプはなく、写真を送りあっていました。インターネットやスカイプというツールを私が加えたわけですが、インターネットは色々な情報を瞬時に提供してくれる素晴らしいツールである一方、瞬時に私たちを欺いているものでもあります。
―――ユージンさんは、実際は隣の部屋にいながらもかおる役の松崎さんとパソコンの画面を通して演技をしたわけですが、どうでしたか?
ユージン:監督のアイデアで、25平方メートルの部屋でお互いに画面を観ながらリアルタイムで演じることをしたのですが、自発的に私たちが反応することが狙いだったのです。
―――スカイプで会話するシーンはかなりアドリブが入っているのでしょうか?
ユージン:私の方は現場のアドリブや、目新しいことを仕掛けるのですが、松崎さんは最初それほどでもありませんでした。ただ、レストランのシーンで、カオルが「お尻」とか「おっぱい」とフィリピン語で次々に話しかけるシーンは、突然日本人の彼にそんなことを言われたので本当にびっくりしてひっくり返りそうになりました。
監督:時間がなかったので、具体的な台詞はあまり決めず、シチュエーションや流れを決めておくという形で撮影を行いました。リハーサルもあまり多くはしていません。二人ともいい俳優ですし、それに加えて二人が会ったときに化学反応が起きる人たちだったので、映画にとってもラッキーでした。
―――ベチャイは40歳前後の独身女性が結婚や出産という問題に向き合い、さらに流産してしまうなどシリアスな状況に置かれますが、時にはコミカルさも交えて等身大で表現されていて、胸にひびきました。演じてみた感想は?
ユージン:実際に舞台を始めたとき、私は本当に衣装アシスタントをしていて、女優ではありませんでした。ベチャイの仕事の内容はよく分かっていましたし、私も弟や妹のいる姉としての立場です。ベチャイを演じてみて、私も日本人の恋人が欲しくなりました。やはり外見もアシスタントらしくしなければいけないし、お腹のダミー型も2ヶ月用から3か用…8ヶ月用と細かく作っていきました。そこは物語でも重要な部分でしたから。また映画に出演しているシャンプーCMの髪がきれいな女性の一人が日本在住経験のある人で、私に日本語のレッスンをしてくれました。直接フィリピン語から日本語に翻訳できるので助かりました。
―――ベチャイが下町を訪ねるシーンは、それまで都会的なシチュエーションであったところに土着的暮らしぶりが垣間見え、「これ食べて」とおやつ(スパニッシュブレッド)をもらったりして、私は好きです。監督があえて本筋とは関係ないシーンをいれた意図は?
ユージン:あのシーンがいいの?もっと重要なシーンがあるのに(笑)ああいう雰囲気が好きなのね。
監督:典型的なフィリピンの光景で、不法占拠している人もいる場所です。マニラの多様性を見せたかったんです。
―――では、お2人の好きなシーンは?
ユージン:下町でスパニッシュブレッドを食べているシーンかしら(笑)実はあの場所はレオ・アバヤ監督が美術監督をしていた『ベッドコレクター』のロケ撮影していた場所なんです。きっとレオ監督にとっても思い出の場所だと思うわ。
監督:本当に思い出の場所ですね。
―――暉峻プログラミング・ディレクターは今回5本のフィリピン映画をセレクトした理由として世界的にもフィリピン映画が評価され、力のある作品を作る若手作家が増えてきたことを挙げていました。実際にフィリピン映画界の中にいらっしゃるお二人は、昨今の映画界の状況をどうお感じになっていますか?
ユージン:昨年はシネマラヤ映画祭に加えて、2、3のインディペンデント系映画祭が開催されました。新人監督だけではなく、ベテラン監督が作ったインディペンデントではない作品もありました。そのおかげで面白い映画が登場し、俳優にもいい機会が与えられ、世界中の映画祭から興味を持たれる作品もたくさん生まれたわけです。今回、大阪アジアン映画祭でたくさんのフィリピン映画が選ばれたことをとてもうれしく思います。
監督:海外の映画祭でフィリピン映画を上映したいと思ってもらえたことを、フィリピン映画人の一人として誇りに思います。一つの作品だけだと全体のインパクトしては弱いですが、5作品を選んでいただいたことでフィリピン映画全体に対してのインパクトが生まれます。インディペンデント映画はフィリピンでたくさん作られていますが、上映できる場所がまだ少ないのがとても残念ですし、物足りなく感じています。こういったインディペンデント映画が海外の映画祭で高く評価されることは、フィリピンの観客にとっても改めて関心を持ってもらうきっかけになると思うので、意味のあることですね。
(江口由美)