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『フライング・ギロチン』@【第5回京都ヒストリカ国際映画祭】にて上映

FG-550.jpg『フライング・ギロチン』

 

(血滴子 The Guillotines 2012年 中国・香港 1時間53分)

監督:アンドリュー・ラウ

 

出演:ホアン・シャオミン、イーサン・ルァン、ショーン・ユー 

2013年12月28日(土)~シネマート心斎橋にて公開

公式サイト⇒ http://www.cinemart.co.jp/theater/special/hongkong-winter2013/lineup_03.html

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★武侠映画だから出来る、素朴な体制批判


 

  うなりをあげて飛来する輪状の武器フライング・ギロチンは、かつて武侠映画のカルトスター、ジミー・ウォングが主演した映画『片腕カンフーと空とぶギロチン』(75年)で敵役が使ってファンを驚かせた伝説のアイテム。他の映画でも登場したかは覚えがないが、いかにも武侠映画らしいアブない武器だった。そのタイトルを使った映画、しかもジミー・ウォング御大まで顔見せ出演しているからこたえられない。

FG-3.jpg  フライング・ギロチンは冒頭に登場するだけと控えめで、映画の主役は原題の『血滴子』。皇帝直属の暗殺部隊の名でその部隊長役がジミー・ウォング。血滴子は本来、皇太子の幼少時の遊び相手という無邪気な存在なのだが、長じて皇帝のボディガードになり、政敵を暗殺する役目を担う「朝廷の暗部」の象徴でもある。

  清朝、第5代皇帝・雍正帝(アンドリュー・ラウ)の暗殺集団・血滴子の総領官(ジミー)は「反清復明」を掲げる反乱軍リーダー天狼(ホァン・シャオミン)暗殺を部下の冷(イーサン・ルァン)らに伝える。一度は捕らえたものの仲間に奪い返され、血滴子仲間の女・ムーセンを連れ去られる。仲間の奪還を狙いつつ天狼を追う血滴子。熾烈な戦いが幕を切って落とす。

FG-2.jpg   だが、非情なはずの血滴子・冷は、民衆とともに生きる天狼の姿と生きざまを見て、暗殺者である自分に疑問を感じ、暗殺を断念する。それを知った雍正帝の子、第6代乾隆帝(ウェン・ジャン)は、冷の義兄弟・海都(ショーン・ユー)を差し向ける…。

  満州族の清朝打倒、漢民族の明朝復権を目指す“反清復明”は、民族紛争であり権力闘争。だから、中国映画の秀作『孫文の義士団』と違ってどちらが正義か悪か、判断は難しい。だが、主役のはずの血滴子が天狼に共感し、逆に皇帝と義兄弟に追い詰められる。この複雑な逆転が現代中国ではないか。

  皇帝の交代による情勢の変化、近代兵器「鉄砲隊」の完成で無用の存在として追われることになる血滴子の悲惨な運命。殺傷力抜群だったギロチンは、過去の遺物の象徴になってしまっていた。

 

FG-4.jpg   子供たちや民衆に囲まれて生活する平和な天狼の姿に、中国の理想社会があるはず。そんなユートピアが皇帝軍の鉄砲隊の前に脆くも崩れ去る…武侠映画なのに歴史を越えて普遍的な真理さえ垣間見えた。

  ラストにはびっくり“皇帝への進言”が登場する。帰国した血滴子の生き残り、冷が皇帝に伝える。「民は食が足りて住むところがあれば満足する」「行き場を失えば反乱する」「不公平は不満を呼び、格差は不平等を生む」…。もはや武侠映画のセリフの域を越え、今現在の“中国民衆の声”そのものではないか。

 


  先頃開かれた京都ヒストリカ国際映画祭で『ソード・アイデンティティー』と『ジャッジ・アーチャー』の武侠映画2本を出品した北京出身のシュ・ハオフォン監督は初日『フライング・ギロチン』上映後のトークショーに参加し「武侠映画の本質」について語った。

  香港、台湾の独壇場のように思われていた武侠映画だが、自ら武侠小説も書くシュ監督は「元は中国本土から来た」という。「血滴子は実際にいた。王子が蝉を取る時に棒の先に赤い米の糊をつけたのが血のように見えたために血滴子と呼ばれた」と由来を話し「実際に暗殺を任務にする特務機関として恐れられ、自分たちもまた恐れていた。特務機関は増えて互いに監視し合い、潰しあっていくもの、今のアメリカも、古くはヒトラーのナチスもそうだった」と言う。

  「武侠映画、小説は体制へのメッセージ。中央政府への反対というよりも、中国の社会そのものを表現している」と明言する。反体制映画ではないのに、ダイレクトな現代中国への批判。こんなタブーがサラッと出来るのが武侠映画の強みであり、人気の秘密だろう。 

 

(安永 五郎)