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『ウェリントン将軍〜ナポレオンを倒した男(仮)』監督、バレリア・サルミエント トーク<フランス映画祭2013>

Wellington-b550.jpg『ウェリントン将軍〜ナポレオンを倒した男(仮)』監督、バレリア・サルミエント トーク<フランス映画祭2013>

Wellington-1.jpgLines Of Wellington  2012年 フランス=ポルトガル 152分)

監督:バレリア・サルミエント
出演:ジョン・マルコヴィッチ、マチュー・アマルリック、カトリーヌ・ドヌーヴ、ミシェル・ピコリ、イザベル・ユペール、キアラ・マストロヤンニ、メルヴィル・プポー 他

2012年 ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門 正式出品作品
※2014年、シネスイッチ銀座他全国順次公開(配給:アルシネテラン) 


 

〜戦争はいつの時代にあっても悲しく、いたましい〜 

 

Wellington-2.jpg 1810年、ナポレオン皇帝の命により、マッセナ元帥(メルヴィル・プポー)はポルトガル征服を企てる。対峙するのは、ナポレオンの宿敵、ウェリントン将軍(ジョン・マルコヴィッチ)が率いるイギリス・ポルトガル連合軍。ナポレオンがポルトガルに侵攻してからから撤退するまでの間、ウェリントン将軍が張った防衛線のもとで、さまざまな人々の人生が交差し、スクリーンの上で語られる。チリ出身の巨匠、ラウル・ルイス監督は、本作に取り組んだものの撮影前の2011年に他界。ラウルの伴侶であったバレリア・サルミエントがその遺志を継ぎ、メガホンをとった。

  戦争は、何時にあっても何処においても、同じように悲しい。巻き込まれ、犠牲となるのはいつも弱者である。多くの女性や子供たちが心を踏みにじられるさまは、女性監督だからこそ成し得た描写なのだろうか。心休まるのは、短いシーンでときおり登場する、多くの名優たちだ。華やかな大スターの存在が、「今起こっているのは現実ではない、映画の出来事なんだ」と一瞬でも感じさせてくれる。たとえこれが歴史的史実に基づいた作品であったとしても。 

(田中 明花)


映画上映終了後、バレリア・サルミエント監督が登壇。昨年の同映画祭で上映された『ミステリーズ 運命のリスボン』の故ラウル・ルイス監督の最後のプロジェクトを引き継ぎ、本作を完成させた。東京フィルメックスの市山尚三プログラミング・ディレクターの進行で、観客席とのQ&Aが行われた。

まず、市山氏より、制作の経緯についての質問が出された。

Wellington-b1.jpgバレリア・サルミエント監督:ブサコの戦い(ナポレオン軍のポルトガル撤退)があってから200周年ということで、映画の舞台となった、ポルトガルのトレス・ヴェドラスからオファーがありました。 まず、プロデューサーのパウロ・ブランコさんに依頼があり、脚本のカルロス・サボガさんが決まり、ラウル・ルイス監督(以下ラウル)へ話が来たのです。 精力的に準備を進めていたラウルですが、残念なことに健康を害してしまい、撮影が始まる前に世を去ってしまいました。それでも、彼の魂はいつも私のもとにあり、撮影の間ずっと付き添ってくれました。

――― 原作はあったのでしょうか?
バレリア・サルミエント監督:数々の歴史的証言—— マルコ将軍の回顧録や、英国人の手記などを参考に、物語をつくりました。


続いて、観客席から次々に質問が寄せられた。

Wellington-3.jpg――― この作品を通してもっとも伝えたかったことは?
バレリア・サルミエント監督:この戦争が、私たちにどのような結果をもたらしたのか、今日のヨーロッパがいかに残酷な事実を経た上で成り立っているのか、それを伝えたいと思いました。ヨーロッパの現在の政治的状況などを考えると、このような映画をつくることには大きな意味があると感じたのです。
 敗北の歴史だからでしょうか。フランスでも、この史実についてはなかなか語られないのが現状ですが、ポルトガルにおける敗北というのは、後々に因縁を持つウェリントン将軍との最初に対峙した場所であるという点が興味深いと思います。

――― 国際的なスター俳優がたくさん出演されていますね。
バレリア・サルミエント監督:ラウルの作品に出演した彼らは、ラウルにオマージュを捧げる思いで参加してくださいました。

Wellington-b2.jpg――― 参考資料について
バレリア・サルミエント監督:マチュー・アマルリックが演じたマルコ将軍の回顧録の中で、彼はマッセナの悪口を書いています。「マッセナは愛人のことばかりにかまけていて、ちゃんと戦争をしていないじゃないか」と(笑)。
 資料として特に面白いと思ったのは、当時の戦場を描いたデッサン(英国側が残したものが多かった)が、ポルトガルのロケハンで役立ちました。有名ではない戦場が描かれていたので。また、当時ポルトガルで仕事をしていた英国人らが書いた手記が役立ちました。その1つが、映画に登場したクラリッサという若い女性が書いた手記です。 

――― ジョン・マルコヴィッチの大ファンです。彼の魅力、撮影現場でのエピソードなどを教えてください。 
バレリア・サルミエント監督:ジョンは、ラウルのとてもいい友人でした。穏やかで優しく、それは私に対しても変わらず、仕事をしている間、とても心地よい時間を過ごしました。そして、虚栄心に満ちた人物(=ウェリントン将軍)を見事に演じてくれた、偉大な俳優でもあります。

――― ナポレオンによく似た構図のウェリントンの肖像画がありましたが、歴史的事実に基づいたものなのでしょうか? あのような肖像画が、実際に存在しています。
バレリア・サルミエント監督:ウェリントンは生まれ年もナポレオンと同じく、お互いに意識しあっていました。そのライバル心が、肖像画にも表れていると思います。映画に登場した画家も実在し、ナポレオン侵攻の絵を残しています。
  映画の中で、ウェリントンは手を隠していましたね。なぜ手を隠すかというと、当時は手を描くと、画家にその分の料金を請求されてしまうからだそうです(笑)。

――― フランスの若い観客の反応はどうだったのでしょうか?
バレリア・サルミエント監督:驚いていたと思います。学校で歴史は学びますが、フランスの若い世代はポルトガルのことは教わりません。また、彼らにとって戦争は遠い存在です。だからこそ、戦争を学ぶのに映画はとても入りやすい手段だと思います。


 上映された6月23日は、沖縄の「慰霊の日」(太平洋戦争において沖縄戦が終結した日)にあたる。その思いと重ね合わせたという観客の声があり、一瞬、会場全体が鎮魂の空気に包まれたように感じられた。