映画祭シネルフレ独自取材による映画祭レポートをお届けします。

『目隠し』ガリン・ヌグロフ監督、ヤヤン・C・ヌールさん(女優)単独インタビュー

mekakushi1_r.jpg

第25回東京国際映画祭 アジアの風 インドネシア・エクスプレス『目隠し』ガリン・ヌグロフ監督、ヤヤン・C・ヌールさん(女優)単独インタビュー


~「宗教の名を語った暴力」ラディカリズムに陥らない教育を~

今年の第25回東京国際映画祭アジアの風部門では、新作のパノラマ上映に加え『インドネシア・エクスプレス~3人のシネアスト』と題して現在のインドネシア映画界を牽引する3人の監督の特集上映やシンポジウムが開催されている。中でも、スハルト独裁政権下の90年代から精力的な映画制作を行い、東京国際映画祭(以下TIFF)で長編デビュー作『一切れのパンの愛』(91)、『天使からの手紙』(94)が上映されるほか、07年にはTIFFの国際審査員を務めるなど日本や世界に早くからその作品を紹介されてきたガリン・ヌグロフ監督の功績は大きい。今回TIFFで上映されたガリン・ヌグロフ監督最新作2本はいずれもラディカリズムを取り扱っており、『スギヤ』(12)ではカトリックを、『目隠し』(11)ではイスラム原理主義を題材としている。ここではインドネシアが今直面している問題に鋭く切り込んだ『目隠し』を、独占インタビューを交えながらご紹介したい。


『目隠し』(2011年 インドネシア 1時間39分)
監督:ガリン・ヌグロホ 
出演:エカ・ヌサ・プルティウィ、ヤヤン・C・ヌール、M・ディヌ・イマンシャ

The_Blindfold_main_r.jpg

 イスラム原理主義団体による青少年の拉致が後を絶たないという現実に触発されたガリン・ヌグロフ監督が、イスラム原理主義団体に所属していた若者にインタビューした実話をもとにラジカリズムや社会不安、貧困をテーマに描いた社会派作品。

 資金集めのため大学生を拉致するイスラム原理主義団体(NII)と、自爆テロを強要する過激派団体(JI)の2つを取り上げ、アイニとジャビルがそれぞれの団体にのめりこんでいく過程や家族の反応がリアルに描かれる。女性が活躍することを望み団体で実績を上げたアイニに突きつけられた女性蔑視の現実や、貧しいがゆえに母にできることは命を捧げるしかないと思い込まされたジャビルの悲劇。夢多き若者を陥れる罠は、あまりにも卑劣だがその背景にある社会への不信感も端々に滲む。

 「宗教の名を語った暴力」の実情と、その影にある家族の苦悩を静かにリアリティーある映像で綴り、多様な見方ができる寛容な作品ともいえよう。

mekakushi2_r.jpg

 上映後のQ&Aでは、インドネシアで初めてこのテーマを扱ったことで、SNSによる脅しを受けた反面、学校からは上映依頼があり、すでに100校で上映、内10校では実際にイスラム原理主義団体に属していた青少年たちディスカッションを行っているとのエピソードを明かしたガリン・ヌグロフ監督。同じく登壇したアイニの母役のヤヤン・C・ヌールさんも、「イスラム過激派に憎しみを抱いているので、(娘を奪われた母親役を)自然に演じることができました」とその撮影を振り返った。

 翌日に行われた単独インタビューでは、作品を通じて浮かび上がるインドネシア特有の問題や、社会的背景を中心にお話を伺った。

━━━二つの全く異なる経済状況の家族を描いた意図や反映させたかったことは何ですか?
ガリン・ヌグロフ監督(以下ヌグロホ監督):イスラムの過激派団体は、活動者に対して教育や経済レベルを問わず、広く色々なところから人を集めています。経済的に恵まれているように見えようが、教育レベルが低かろうが、色々なレベルの人を集めるという戦略をとっているので、この2家族を取り入れました。

━━━アイニが理想を胸に、イスラム原理教主義団体で頑張り、認められていきますが、結局女性の立場が尊重されないことに気づき、怒りを爆発させるシーンが本作の一つの見せ場となっています。インドネシアにおける女性の立場は、今どんな状況にあるのでしょうか?
ヌグロフ監督:アイニは聡明な少女で、色々な議論の場でもその能力を発揮しますが、社会的にも政治的にもなかなか女性は受け入れられません。しかしイスラム過激派はそこを狙っています。社会的な場で自分の立場を築いていきたいという彼女の希望をうまく利用し、彼らの活動に参加させていくわけです。イスラム原理教組織の中でも女性が指導者になるのは、実は難しいのですが。
インドネシアには女性が代表に立てない宗教もあれば、男性と同じ権利を持つ宗教もあります。法律で男女平等は認められていますが、実際には女性が社会的地位を確立することは難しく、民主的な考えを持っている人たちの中で矛盾が生じているのです。

mekakushi3_r.jpg

ヤヤン・C・ヌールさん(以下ヌール):インドネシアでは女子は「男性と平等だ」と教えられていますが、男子は「男性も女性も平等だ」という教育をあまり受けません。「女の子なのにそんなにがんばって、すごいね」という感覚が男性にはあり、そこで女性に対する差別が実際には生まれています。芸術や映画の分野では、世界レベルの視野になるので、男女の差別は全くありません。経済活動や政治的活動については、まだ視野が狭く、女性への差別は続いています。ただ、女性といっても母親に対しては皆、尊敬の念を持っています。

━━━学校や周りが冷静な反応を示す中、アイニの母が娘探しに奔走するシーンは、子どもの失踪が日常化しているインドネシアの現状を克明に映し出していました。
ヌール:インドネシアでは個人主義が蔓延し、周りの人が他人に関心を持たないので、それほど親身になってもらえない部分があります。また学校の先生方は、NIIが非常に浸透しているので、「子どもたちはそこに自由を求めて行ったのだろう」という考えを持っているのです。

━━━ヌグロホ監督がインドネシアで今、一番問題と感じている事柄や、次の映画で取り上げたいテーマを教えてください。
ヌグロホ監督:テーマについては、常に社会の状況と対話しながら考えていきますが、今はパプアの独立問題やアチェの政治紛争が重要な問題だと思っています。ただ次の映画については芸術的なものを考えており、ジャワ島の踊りや絵画についての作品を予定しています。

mekakushi4_r.jpg

インドネシアは今非常に消費主義や合理的主義が広まりすぎてしまい、そうした部分についていけない人たちが過激派になり、ラディカリズムが蔓延していく状況になっています。ラディカリズムに何も手を打たないままだと、それが一つのライフスタイル、つまり「自爆テロをするのはかっこいい」という風潮が広がるので、ラディカリズムに傾倒しないようにする教育が非常に重要になってきます。その教育も「一生懸命働く」というよりは、「どうやって将来生きていくのか」という教育をしていかなければ、ラディカリズムを抑えることはできません。ラディカリズムに敵対するものも、やはりラディカリズムになってしまうので、なるべく皆で考えていく必要があるでしょう。そして今の政治指導者は、まず人間性に主眼を置いた政治的な指導をすることが大事だと思っています。

(江口由美)


『目隠し』作品紹介(第25回東京国際映画祭)はコチラ