「パリ」と一致するもの

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(写真:左から『悪戦』のウォン・ジンポー監督、『暮れ逢い』のパトリス・ルコント監督、阿部勉京都ヒストリカ国際映画祭実行委員長、山下晃正京都府副知事)
 
第6回京都ヒストリカ国際映画祭 オープニングセレモニー&トークショー
(2014.12.6 京都文化博物館)
登壇者:パトリス・ルコント(映画監督)
    滝本誠(編集者、映画評論家)
  

~来年で監督生活40周年を迎える名匠パトリス・ルコント、創作意欲の源やこだわりに迫る~

 
12月6日(土)から京都で開催中の第6回京都ヒストリカ国際映画祭。オープニングにパトリス・ルコント監督の最新作『暮れ逢い』が上映され、上映後オープニングセレモニーと、パトリス・ルコント監督(以下ルコント監督)を迎えてのトークショーが開催された。
 
オープニングセレモニーでは、主催者を代表して実行委員長阿部勉氏が「世界中から集まった300本の作品から、今この時代、この映画祭で観ることに価値ある作品を選んだ。歴史を切り口に文化や人間を描くところに迫りたい」と挨拶。引き続き、京都府副知事の山下晃正氏が「京都は今も映画を作っており、作り手が街にいることも映画祭にとって大変大事な視点。京都ヒストリカ国際映画祭は歴史劇を作る人々と観る人々との思いが交差する場なので、できるだけ多く作品をご覧いただき、楽しんでほしい」と映画の街京都発信の映画祭であることをアピールした。
 
DSC01438_r1_c1.jpg海外からのゲストとして登壇したルコント監督は、「私のこの作品で映画祭のオープニングを飾れたことを本当に光栄に思います。実は車で撮影現場にいくとき、僕は時代劇を作っているのではないと言い聞かせて撮影現場に向かっていました。とても矛盾していると思われるでしょうか、時代劇がとても興味深くなるには、現代人の心と通じるものがあるから。過去ではなく、現在を生きている人を語ったつもりです」。続いて、明日上映される香港映画『悪戦』のウォン・ジンポー監督は、「この映画祭に『悪戦』を選んでいただき、本当に感謝している。監督という立場でありながら、非常にカジュアルな服装であることを申し訳なく思っています。明日はもう少しましな格好をします」と茶目っ気たっぷりに挨拶した。
 
引き続き行われたルコント監督のトークショーでは、映画評論家の滝本誠氏が司会を務め、ルコント監督若き日の驚愕エピソードや、ルコント監督作品に通じるこだわりまでがユーモアたっぷりに語られた。その主な内容を観客との質疑応答も交えてご紹介したい。
 

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■映画学校時代の伝説的エピソードについて

 
―――映画監督になろうと思った動機は?
パトリス・ルコント監督(以下ルコント監督):父親はシネフィルで映画を観るのが大好きでした。地方に住んでいましたが、父親によく映画館へ連れて行ってもらい、映像で物語を語れるのはなんてすばらしいだろうと思っていました。子どもの頃は夢のまた夢であった映画監督ですが、当時住んでいたトゥールでは短編映画祭があり、短編映画を観ながら、手が届くのではないかと感じたのです。その後、パリの映画学校に行きましたが、学校では何も学ばず、むしろ映画館に行って映画を観て学ぶことの方が多かったですね。低予算で短編映画を撮ったことも勉強になりました。最初の長編はコメディーでした。みなさんに笑ってもらうことが好きだったからですが、興行的には失敗作で、以降3年間はほとんど何も撮れず辛い時期でした。そこを耐えて2本目を撮ると大ヒットし、それを気にすべてが滞りなくノンストップで撮り続け、今に至るわけです。来年は、私が映画監督になってから40年目となります。
 
―――学生時代にクロード・シャブロル監督作品を観て、あまりのくだらなさからシャブロル監督へ批判の手紙を書いたというエピソードを聞きましたが。
ルコント監督:シャブロル監督の超駄作『DOCTEUR POPAUL(邦題:ジャン=ポール・ベルモンドの交換結婚)』を観て、なんとかして指摘しなければと住所を調べたのです。文面はこんな感じでした。「親愛なるムッシュ、もしリュミエール兄弟が、あなたが『DOCTEUR POPAUL』を撮ることを知っていたら、映画を発明しなかったでしょう」 実名を添えて書き、返事も期待していたのですが・・・その後、私が監督になったときにエージェントが同じだったので、マネージャーに声をかけられシャブロル監督に会わせてもらいました。映画学校時代に手紙を送ったのは私だというと「すばらしい。額縁に飾ってあるよ」 そして郵便局に行くのを忘れ、出せなかったという手紙には、「ムッシュ、もし万年筆を発明したウォーターマンが、あなたがこんなに辛辣な手紙を書くことを知っていたら、万年筆を発明しなかっただろう」と書いたのだそうです。
 
―――ルコント監督とシャブロル監督のユーモアの応酬ぶりが素晴らしいですね。
ルコント監督:もし、ジャン・ピエール・メルビル監督に同じ手紙を送っていたら、殺し屋を送り込んでいたでしょう。メルビル監督は全くユーモアがありませんから。映画学校時代にメルビル監督が来校すると聞き、ワクワクして待っていると、アメリカの外車で学校の中に乗り付け、お馴染みのトレンチコートスタイルに、おきまりの帽子と真っ黒のサングラス姿でした。我々が大階段教室で待っていると、メルビル監督がコートも脱がず、帽子やサングラスもとらずに入ってきて、とても行儀の悪い人だと思いました。勇気のある学生がインテリジェントな質問をすると、「その質問はあまりおもしろくない。次どうぞ」 その後誰も質問できず、学生たちが静まり返っていると、メルビル監督は「質問ないですね」と起立して立ち去りました。たった5分だけの滞在でした。その日以来、メルビル監督の全作品が大嫌いになりましたね。
 

■ルコント作品の音楽と、レコードをかけるシーンについて

 
―――ルコント監督の音楽といえば、マイケル・ナイマン氏ですが、ナイマン氏を知ったきっかけは?
kureai-di-2.jpgルコント監督:ピーター・グリーナウェイ監督作品は毎回音楽がいいなと思い、サントラを買って何度もナイマンさんの音楽を聞きました。『仕立て屋の恋』 でも、ナイマンさんの『数に溺れて』を使わせてもらっています。はじめてナイマンさんがそのことを知ったとき「グリーナウェイ作品より、君の作品の方が私の音楽が生きている」と語っていたそうです。のちに、その時期ナイマンさんがグリーナウェイさんと喧嘩をしていたのだと知りました。
 
そのように、ナイマンさんの作曲家としての仕事ぶりが大好きで、プロデューサーに音楽担当のことを聞かれたとき、夢としてはマイケル・ナイマンと仕事がしたいと答えました。最初は、ナイマンさんはイギリス人で、ロンドンに住んでいるので難しいと言われたのですが、僕が直接ナイマンさんとコンタクトをとり、ロンドンに出向いて交渉し、快諾をいただきました。どんな分野においても同じですが、無理だといわれてもトライすることです。Ouiといわれたら儲けものですよね。結果、『仕立て屋の恋』や、『髪結いの亭主』で一緒に仕事ができましたから。
 
―――ルコント監督作品といえばレコードがよく登場しますね。
ルコント監督:ほとんどの作品で少なくとも一度はレコードをかけるシーンがあります。『仕立て屋の恋』や、『髪結いの亭主』では常にクローズアップのカットを挿入しています。実は、次回作でもレコードに針をおとす瞬間のクローズアップシーンあるのですが、撮影監督は僕がレコードプレーヤーにカメラを近づけているのを観て「またルコントショットを撮るんだね」と笑っていました。
 
音楽は好きですが、映画における音楽がとても好きで、音楽なしの映画は作れません。レコードに針を落とすシーンを入れるのは、これから音楽がはじまることをみなさんに知らせる意図があります。アメリカ映画は終始音楽が流れたり、観客が気づかない感じで流れていますが、そういう投げやりな感じは好きではないのです。
 
 

■最新作『暮れ逢い』について

 
―――『歓楽通り』では、パリにおける娼館システムが終わり、そこから女性がどう生活していくのかというフランスのシビアな時代が背景となっていました。主人公男性の人物造詣に驚かされましたが。
ルコント監督:主人公のプチ・ルイは娼館の雇われ人で、レティシア・カスタ演じる娼婦マリオンに恋をします。プチ・ルイは絶対マリオンが自分の彼女にならないとわかっているので、彼女が幸せになれるような男を捜してきます。無償の愛ではあるけれど、実は代理恋愛ともいえます。そう考えてみると『歓楽通り』の三角関係は、『暮れ逢い』の三角関係にも似ています。青年フリドリックはすごく恋をしているけれど、それは許されない恋です。相手の女性は自分のパトロン(実業家ホフマイスター)の妻であり、社会的地位もあり、叶わぬ恋なのです。一方で「どんな恋も不可能ではない」と原作者のシュテファン・ツヴァイク自身は言っています。
 
kureai-1.jpg―――『暮れ逢い』では青年フリドリックがホフマイスター邸に来て、彼の若妻ロットに出会います。2階から降りてくる彼女を仰ぎ観る初対面のショットが二人の関係を象徴していました。
ルコント監督:後半、フリドリックがメキシコに行くまでは、ずっとフリドリックの視点で描いています。出会いのシーンは、階段上にいるのが、階層が上のロットという意味もあります。でも、ロットは階級が上だからといって、それを利用せず、ちゃんと階段を降りてフリドリックと同じ目線になるのです。恋愛のプロセスも対照的で、フリドリックは一目惚れです。ロットの場合はもっと緩やかで、恋に至るプロセスが長いです。夫のホフマイスターの方が、ロットが自分の気持ちに気づく前に彼女の中に芽生えた恋心に気づいています。
 
―――第一次世界大戦前後のハンブルグが舞台であり、メキシコの革命とその後の鉱山開発も描かれていましたが、ロケ地や歴史的背景について教えてください。
ルコント監督:フレデリッヒがメキシコにいくのは、できるだけドイツから離れた場所に遠ざけるという意味で原作の小説にもある部分です。大事なのは第一次世界大戦が勃発して、帰れなくなる場所であることです。恋する女性(ロット)にとって本当に耐えられない距離ですから。フランスとベルギーの合作なので、撮影はベルギーで行われました。フランスでは理想的な場所がなかなか見つけられなかったのです。
 
―――『暮れ逢い』で新たに自分の表現として挑戦したことは?
kureai-3.jpgルコント監督:「挑戦」という言葉はあまり好きではないですが、新しい冒険という意味では、英語でイギリスの俳優と一緒に仕事をしたことでしょうか。僕にとって初めての経験でしたが、みなさんの想像を超えるぐらい楽しみました。ツヴァイクの短編小説は時代が背景ですが、今の人間に通じるエモーションを伝えたいと思い英語にしました。時代劇でありながら、現代の感情とフィットする映画を作ろうと思っていたので、オリジナルなことを今回の撮影で取り入れました。毎朝撮影現場に俳優が到着し、今日撮影するシーンの動線を普段着のままで確認します。うまくいけばようやく控え室で衣装に着替える訳です。その間に技術的な準備を進めます。時代の衣装で演じるのではなく、Tシャツとジーンズでやってみる。それはとても大切で、役者にとってだけでなく僕にとってもすごく重要でした。普段着で演じ、感情が伝わるのなら、このシーンはうまくいくという確信がもてるのです。生の、むき出しのままで、衣装や光などが機能しなくてもちゃんと伝わるかどうか。これは今までしなかったことです。将来的に時代劇を撮ることがあれば、このエクササイズをまた採用しようと思います。
 

  

kureai-di-1.jpg■ルコント監督の次回作、人生で一番大事に思っていることは?

 
―――次回作について教えてください。
ルコント監督:12月31日にフランスで公開される『Une heure de tranquillité』です。フランスでの宣伝があるので、京都からとんぼ返りしなくてはなりません。そして私の一番大好きな脚本書いて撮影する時期に入るのです。
 
ずっと私のキャリアでは色々なことをやってきましたが、色々なことにチャレンジするのはいつも覚醒状態にいたいからです。監督が退屈していたら、観客はもっと退屈するはずですから。次回作は『Une heure de tranquillité』は『暮れ逢い』と真逆で、とても軽やかでスピーディーな作品です。一人の主人公はレアものレコードのコレクターで、ある日レコード屋でずっと昔から探していたレコードに出くわし、家に戻ってレコードを聴こうとするのですが、たった1時間レコードを聴くだけの時間をなかなか見つけられないのです。映画のタイトルの邦訳は「1時間の休息」で、現代社会はスピーディーに流れていて、レコードを聴くほんの1時間もとれないことを揶揄しています。
 
―――ルコント監督が人生の中で一番大事だと思うことは何ですか?
ルコント監督:私が思う世界で一番大切なことは他者を尊重する、リスペクトするということです。それ以上大事なことはありません。もし世界中の人々がそのことを心にとどめて生きていれば、戦争もテロも飢えで死ぬ人もおらず、バイオレンスにあうこともないでしょう。
 
(江口由美)
 
★第6回京都ヒストリカ国際映画祭 公式サイトはコチラ
★『暮れ逢い』は、2014年12月20日(土)~シネスイッチ銀座、シネ・リーブル梅田、シネマート心斎橋、京都シネマ、シネ・リーブル神戸 ほか全国順次公開
★公式サイト⇒ http://www.kure-ai.com/

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ノルウェーの名匠、ベント・ハーメル監督が”測る”をモチーフに描く最新作『1001グラム ハカリしれない愛のこと』記者会見@TIFF2014
登壇者:ベント・ハーメル監督、アーネ・ダール・トルプ(主演女優)
 

~測ったように正確な日常が壊れたとき、新しいものの重みに気付く~

 
10月23日より開催中の第27回東京国際映画祭でコンペティション部門作品として出品されているノルウェーの名匠、ベント・ハーメル監督最新作『1001グラム ハカリしれない愛のこと』。“計量”をモチーフに、物の重みから人生の重みまで、様々なものの“重み”に思いを馳せたくなるヒューマンドラマだ。
 
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アーネ・ダール・トルプ演じる主人公のマリーは測量研究所に勤める女性研究員。毎日ノルウェー産の青い一人乗り電気自動車Buddyで出勤し、帰宅するとダブルベッドの半分だけに敷かれたマットレスの上で眠る。正確さが求められる仕事をこなし、淡々と日常を送っているマリーに訪れたのが、病気で倒れた父親の代理で、パリで行われる「1キロ」の重量学会に出席するという大役。厳重に保管された1キロの重りを握りしめてパリへ出張するマリーに新たな出会いと、思わぬトラブルが訪れる。
 
ベント・ハーメル監督らしい綿密に計算された演出や、ショットの数々。学会中に居眠りする研究員をさらりと映し出すなど、万国共通の人間のちょっと笑える日常も散りばめるのもハーメル流ならば、その中で孤独に生きる人間の変化を丹念に描き込むのもハーメル監督らしい物語といえよう。それに加え、今回は測量研究所が舞台となっているだけあり、日ごろ当たり前に考えている重量や計測について様々な考察が加えられているのも新鮮に映る。また、クールなノルウェーでの映像と、陽光溢れるパリの映像が主人公の心境と重なるかのようなコントラストを見せ、大人の女性の成長&恋物語としても見ごたえのあるとても洗練された作品だ。
 
10月25日に行われた記者会見では、ベント・ハーメル監督と主演のアーネ・ダール・トルプさんが登壇し、ハーメル監督が描く「孤独」についてや、ノルウェーやヨーロッパにおけるハーメル監督の評価、ハーメル監督作品で演じるにあたって苦労した点などが語られた。その内容をご紹介したい。
 

(最初のご挨拶)
ベント・ハーメル監督(以下ハーメル監督):これまでも私の作品はロングライトより配給されており、非常にうれしく思います。これからもこの関係が続いてくれればと願います。
アーネ・ダール・トルプ(以下アーネ):日本は初めてですが、とてもワクワクしています。ノルウェーにとって日本は憧れの土地で、友人に話すととても羨ましがられました。これから凄い冒険をするような気持ちです。
 
―――一人の女性の物語でありながら、キログラム(測量)という素敵なモチーフも散りばめられていますが、どちらが先にアイデアとして浮かんできたのですか?
ハーメル監督:全てが一度に浮かんだ、感じたといっても過言ではありません。もちろんキログラムの原基の話は面白いと思いましたが、それと同時に原基はいろいろなものを象徴しています。全てを感覚的に感じ、ストーリーを伝えたいと思いました。何か自分が作りたいものは元々自分の中にあり、何かに出会うことによって開花するのかもしれません。
 

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―――今まで男性を主人公にし、孤独を描くことが多かったですが、今回は女性を主人公に据えつつも孤独な生き方が映し出されています。これは監督ご自身の映画におけるトーンなのでしょうか。それともノルウェーという国からくるトーンなのでしょうか。
ハーメル監督:私の作品の中には孤独が底辺にあるのは事実で、ある程度はノルウェーという国に起因しているかもしれません。あるジャーナリストが私のことを「メランコリーウォッカベルト」と呼んだことがありますが、私は孤独というのは普遍的なものだと思って描いています。
 
主人公役のアーネは立派な女性です。ただ私のアプローチの仕方としては彼女を女性として描くのではなく、一人の人間として描いています。もし主人公が男性であっても、行動はそんなに変わらないのではないでしょうか。人間の本質を描いたつもりです。一つエピソードがあるのですが、何年も前に私の妻とアーネがタクシーに乗った時、アーネが「なぜあなたのご主人は女性を主人公にしないの?今度女性を主人公にするようにお願いをしておいて」という話をしていたそうです。妻は「わかったわ」と答えたそうですが、今回偶然主人公にアーネを抜擢したとき、後からアーネと妻は笑っていたそうです。
 
―――映画の中の車などのディテールや、バスルームの男女のやりとりもとてもキュートでしたが、今回の台詞のやりとりは全て脚本によるものですか?
アーネ:ほとんど脚本どおりです。やりとりは主に測定の単位をジョークっぽく話しているのですが、唯一私が考えたアドリブは「一握り」と言って、私の胸を触らせているくだりです。
 

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―――アーネさんからみたハーメル監督や監督の作品に対する印象を教えてください。
アーネ:ハーメル監督は、ノルウェーでとても有名な映画監督として知られています。今回撮影のためにドイツやフランスで、大作に出演しているような俳優たちと仕事をしましたが、彼らは「ハーメル監督の作品なら是非とも出たい」と言っていました。それぐらいヨーロッパでは皆が作品に出演を熱望する監督です。また私たちノルウェー人自身も孤独は自分たちの中にある大きな部分だと思っていますが、孤独を描いたハーメル監督の作品がこれだけ世界各国で受け入れられていることを考えると、孤独は普遍的なものなのだと実感しています。
 
―――ハーメル監督やその現場が他のノルウェーの監督と違う点は?
アーネ:他の監督とはかなり違います。ハーメル監督の作品には「これぞ、ベント・ハーメル」というサインのようなものが必ずあります。それがあるからこそ俳優たちはハーメル監督の世界観に全部入り込み、それを表現しなければなりません。その世界観はとても好きですが、演技や動作を正確にすることで世界観を表すので、演じるのは大変でした。例えばマリーがはかりを検査し、合格したらステッカーを貼るシーンがありますが、その貼り方一つにしても正確に真っ直ぐ貼るようにしたり、廊下の歩き方など全てがとても重要でした。撮影が進んでいくにつれて、車が動き、その動き方に合わせて私がフレームの中に入り、そしてカメラが動く。それが全て一体化するという瞬間が分かるようになりました。そういう撮り方をする監督です。
 

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―――凛々しく、美しく、厳しく、孤独でもあるマリーをどのような気持ちで演じたのですか?
アーネ:マリーはほとんど笑みを浮かべません。笑みはその人の内面を映し出す、とても強い表情です。監督とも事前にマリーがどれだけの笑みを浮かべるか議論し、今回は笑みをほとんど浮かべないようにしようと決めました。マリーの雰囲気や動作から体まで全てが硬いですが、それは彼女が全てを自分で気持ちや生き方、周りまでもコントロールしようとしていることを象徴しているのかもしれません。もしマリーが途中で笑ってしまったら、私は彼女がどこに行くのか分からなくなってしまうと思ったのです。笑うことはある意味気持ちを開放することですから、最後までとっておかなければ意味がないのです。
 
また研究所は殺風景ですが、とても広く感じます。それはとても大事なことで、彼女の思考に彼女のいる環境がとても関係があると思いましたし、また彼女の環境もとてもコントロールされています。また彼女の歩き方はとても速いのですが、唯一父親の遺骨を持っている時だけはゆっくり歩いています。それは彼女自身がとても大事なものを持っているという意識があるから、ゆっくり歩いているのです。
 
(江口由美)
 

『1001グラム ハカリしれない愛のこと』
(2014年 ノルウェー=ドイツ=フランス 1時間33分)
監督:ベント・ハーメル
出演:アーネ・ダール・トルプ、ロラン・ストッケル、スタイン・ヴィング
2015年10月31日(土)~シネ・リーブル梅田、京都シネマ、11月14日(土)~シネ・リーブル神戸他順次公開
 
公式サイト ⇒ http://1001grams-movie.com/
 

marseille-ki-550-2.jpg髭剃りが大変だった!?『マルセイユ・コネクション』ジル・ルルーシュ&セドリック・ジメネス監督舞台挨拶《東京国際映画祭2014》


◎日時:2014年10月26日(日)
◎ゲスト:ジル・ルルーシュ(42歳)、セドリック・ジメネス(?)


 『マルセイユ・コネクション』
・原題:The Connection [ La French ] 
・(135分 フランス語 Color 2014年フランス=ベルギー)
・監督/脚本 : セドリック・ジメネス
・プロデューサー : アラン・ゴールドマン・ 脚本 : オードレイ・ディヴァン
・撮影監督 : ローラン・タンギー     ・美術 : ジャン=フィリップ・モロー
・編集 : ソフィー・レーヌ        ・音楽 : ギヨーム・ルセル
・出演:ジャン・デュジャルダン、ジル・ルルーシュ、セリーヌ・サレット、メラニー・ドゥーティ、ブノワ・マジメル
© LEGENDE FILMS, GAUMONT, FRANCE 2 CINEMA, SCOPE PICTURES


 
~現代の視点で描いたフランス版“フレンチ・コネクション”の醍醐味~

 
1970年代のマルセイユに実在した麻薬犯罪組織のボスと新任判事との攻防戦を描いた『マルセイユ・コレクション』。当時巨大な市場であったアメリカへの麻薬密売ルートを確立したのは、マルセイユを拠点とした“フレンチ・コネクション”と呼ばれた犯罪組織だった。ウィリアム・フリードキン監督の『フレンチ・コネクション』(71)とジョン・フランケンハイマー監督の『フレンチ・コネクション2』(75)では、まさにフランスからの麻薬ルートの取り締まりに命を懸けたニューヨーク麻薬取締官の活躍を躍動感あふれる映像で描いていた。当時、コルシカ島出身のフレンチ・マフィアと、シチリア島出身のイタリアン・マフィアの双方からアメリカへ麻薬が密売され、アメリカの若者が急激に麻薬に蝕まれていった。その後のアメリカ映画では大きな社会問題として数多くの作品で扱われるようになった。そんなマフィアが暗躍する世界を“ファミリー”の内側から描いたフフランシス・フォード・コッポラ監督の『ゴッドファーザー』シリーズはあまりにも有名。
 

marseille-550.jpgそしていま、マルセイユ出身の若き監督が、判事とマフィアのボスを両極において、それぞれの家族への想いや仕事に対する非情さを、現代の視点で細やかに物語る。特に、犯罪組織に果敢に戦いを挑み続けた判事の執念を、「勝負にこだわるギャンブラーのようだ」と語らせているところは人間臭くて興味深い。『アーティスト』(11)でアカデミー賞主演男優賞を受賞したジャン・デュジャルダンがミシェル判事役を、『この愛のために撃て』(10)のジル・ルルーシュが犯罪組織のボス・ザンパ役を演じて、なんとも豪華なW主演となった。また、数々の主演映画で日本でも大人気のブノア・マジメルがボスと敵対するマフィアの一員を、さらに今年のフランス映画祭で上映されたトニー・ガトリフ監督の『ジョロニモ 愛と灼熱のリズム』で主演したセリーヌ・サレットなど実力派が脇を固めている。

 本作を監督したセドリック・ジメネス監督と、犯罪組織のボス役を演じたジル・ルルーシュが東京国際映画祭のために初来日し、舞台挨拶を行った。
 


 

marseille-di-1.jpg――― 歴史的事件を扱っている本作の製作にあたりプレッシャーはなかったのか?
監督:プレッシャーはなかったが、責任は感じていた。私はマルセイユで生まれ育ち、父はザンパ関係者が経営していた店の隣でナイトクラブを経営していたので、子供の頃から彼等のことはよく知っていた。いつかはこの事実を物語りたいと思っていた。実在の人々に対し敬意を払いながら、マルセイユの人々に対しても裏切らないような作品を撮りたいと思っていた。


――― ハンディカメラの使用について?
監督:映画の中に観客が入り込んで、より登場人物たちを身近に感じてもらえるようにハンディカメラを使用した。人物と観客との距離感をなくして、キャストの動きに付いて行けるよう、活き活きとした映像を撮りたかった。


marseille-ji-3.jpgのサムネイル画像――― ジルは『プレイヤー』(12)でもジャンと共演して究極の遊び人をコミカルに演じていたが、今回はシリアスにガチ勝負?
ジル:ジャンとの共演作は3作品あるが、直接顔を合わせる共演は今回で2作目。長年の友人でもあるので、対決シーンでは苦労した。知らない者同士なら上手くいくところを、とにかく8時間は敵として顔を合せない、話もしない、といった具合に緊張関係を作った。そのせいで、その後心理カウンセラーを必要としたほどだった(笑)。
 

――― フレッド・カヴァイエ監督がジル・ルルーシュの印象について、「愛する妻のために東京の街を駆け巡るようだ」と言っていたが、東京の印象について?
ジル:小さい頃から東京に憧れていた。私にとって東京は『ブレーランナー』の世界のようだった。とてもユーフォニックで快楽的でワクワクするような、違うコードの街。フランスが中世に見えるくらい日本は近未来的。興味を掻き立てられる街なので、多くの監督が東京で撮りたいと思う気持ちがよくわかる。
 

ジルもジャンも体格が似ていて濃い無精ひげの印象が強かったが、本作ではスッキリ綺麗なお顔で、特にこんなハンサムなジル・ルルーシュを見るのは初めてではないかと思う。実在の人物がモデルなので、家族や関係者にリサーチして役作りをしたという。また、当時の男性は服や髪などスタイルにこだわり、いつもきちっとした格好をしていたので、ジャンとジルにもまめに髭剃りをするよう監督の指示があったようだ。「髭剃りが大変だったんだ!」とこぼすジル(笑)。
 


marseille-ji-1.jpgのサムネイル画像≪ジル・ルルーシュ≫
1972年、フランス生まれ。
演劇学校を卒業後、俳優業を開始し、『Ma vie en l'air』(未/05)でセザール賞の若手有望株賞にノミネートされる。その後、ジェロール・サム監督の『アントニー・ジマー』(未/05)、セドリック・クラピシュ監督『PARIS(パリ)』(08)、リュック・ベッソン監督の『アデル/ファラオと復活の秘薬』(10)等のヒット作に出演。また『ナルコ』(04)では出演と共に監督・脚本デビューを果たした。その他の主な出演作は、『世界で一番不幸せな私』(03)、『ジャック・メスリーヌ/フランスで社会の敵(パブリック・エネミー)No.1と呼ばれた男』(08)、『プレイヤー』(12)、フレッド・カヴァイエ監督の『この愛のために撃て』(10)と『友よ、さらばと言おう』(13)など。
 

≪セドリック・ジメネス監督≫
マルセイユ生まれ、監督兼脚本家。ニューヨークとロンドンで数年を過ごしたのち、独立系プロデューサーとしてパリで映画製作のキャリアをスタート。2011年にサスペンス『ハッキング・アイ』をプロデュース・監督し、批評家から高い評価を受け、ナポリ国際映画祭最優秀作品賞を受賞。ジャン・デュジャルダンとジル・ルルーシュが出演する本作は監督としての長編第2作である。
 


(河田 真喜子)

 

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本場、大分県宇佐市のアツアツからあげに舌鼓!主演高橋愛、瀬木直貴監督舞台挨拶『カラアゲ★USA』(14.9.27 シネマート心斎橋)
登壇者:瀬木直貴監督、高橋愛
 

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『カラアゲ★USA』
(2014年 日本 1時間35分)
監督:瀬木直貴 
出演:高橋愛、海東健、浅田美代子、石丸謙二郎、中村ゆうじ、ダンテ・カーヴァー、プリンセス・アプラク、菜葉菜、渡辺美佐子他
9月27日(土)~シネマート心斎橋
(C) 2014カラアゲ★USA製作委員会
 
日本人で、からあげを嫌いな人はいないのではないか?皮はパリパリ、中身はジューシー。晩ごはんに、お弁当のおかずにと我が家でも大人気メニューのからあげがふんだんに登場する『カラアゲ★USA』。冗談のようなタイトルに最初は驚いたが、本作を観ればなぜそんなタイトルがついたのか、納得することだろう。舞台は日本ではじめてからあげ専門店が誕生し、日本で一番一人当たりのからあげ消費量が多い大分県宇佐市。人気店に押され、すっかり客足が遠のいたからあげ店一家に、幼少時から、からあげが苦手の娘が、アメリカ人の夫と離婚し子連れで出戻ったことから始まるコミカルかつ、からあげ愛あふれるヒューマンストーリーだ。のどかな宇佐市の風景に癒されるだけでなく、他ではお目にかかれない「からあけスタンド」や、からあげ専門店が必死になって優勝を狙う「カラアゲ・カーニバル」の模様など、観終わったら思わず「からあげとビール!」と叫びたくなる美味しいシーンもふんだんに盛り込まれている。
 

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からあげ嫌いにも関わらず、お店のために新メニューの開発に情熱を注ぐ主人公、彩音を演じるのは映画初主演となった元モーニング娘。の高橋愛だ。地元宇佐弁だけでなく、夫(ダンテ・カーヴァー)と英語での会話シーンも披露。持ち前の明るさで彩音をハツラツと演じている。映画初出演で娘役のプリンセス・アプラクと母娘仲睦まじい様子も印象的だ。
シネマート心斎橋で公開初日の9月27日(土)に開催された舞台挨拶では、宇佐市よりキャンペーンレディが来場し、本作や宇佐市の見どころを披露。引き続き登壇した瀬木直貴監督、高橋愛から、撮影秘話やご当地映画の良さについて話が展開した。その模様をご紹介したい。
 

(最初のご挨拶)
瀬木監督(以下監督):監督の瀬木でございます。今日はご来場いただき、ありがとうございます。元々京都から映画人生を始めたので、関西で映画を上映するのは非常にうれしいです。みなさん、からあげが食べたくなりましたか?
高橋愛(以下高橋):撮影したのが昨年の11月だったので、いよいよ公開されるなとすごくドキドキしていました。本当に大分県宇佐市の素晴らしいところがふんだんに盛り込まれていて、からあげが食べたくなるような映画です。私自身は初主演映画ということで緊張しましたが、瀬木監督をはじめとする皆さんに囲まれて、暖かい作品になったのではないかと思います。今日はありがとうございます。
 

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―――最初瀬木監督から『カラアゲ☆USA』の配給宣伝というお話をいただいたとき、全く内容が想像つきませんでした。
監督:東京の劇場からは「タイトルを変えてくれ!」と言われたのですが、やはり『カラアゲ』と『USA』は外せないと頑張りました。
高橋:でも、大分県の方は『カラアゲ★USA(うさ))』って言いますよね。
監督:劇場でチケットを買うときも「『カラアゲ★うさ』1枚」という感じです。大分県以外の方はまず言わないでしょうね。
 
―――オールロケですが、撮影はいかがでしたか?
監督:撮影期間は約2週間と短かったですが、高橋さんの役は英語を話し、地元の方言も完璧にこなさなくてはいけません。しかも、アメリカから帰ってきた設定なので、最初は共通弁だけど段々方言が戻ってくる感じで、方言を自分の中に入れるのが大変だったと思います。
高橋:北九州の友人がいたので、宇佐弁も少し聞き馴染みがある感じでした。日本語なので、そこまで混乱するほどではなかったですが、英語は大好きだけどしゃべれるわけではなかったので、お風呂やトイレでもとにかく聞いて覚えました。
監督:高橋さん、プリンセスちゃんと親子役の二人とも英語がしゃべれなかったのが、すごくショックだったです。プリンセスちゃんは演技も初体験だし、日本生まれの日本育ちなので、日本語がものすごく達者でした。現場でもずっと二人で話していましたね。
高橋:プリンセスちゃんは普段はよくしゃべるのに、カメラが回ると別人のようになって。楽屋のおしゃべりも、よく声が通るので本番中に何度かカメラマンから怒られてました(笑)
 
―――瀬木監督といえば、地域映画を多数撮っていらっしゃいますが、今回宇佐市で撮影して、今までと違った点はありましたか?
監督:九州では6本映画を作り、すべて福岡県で撮影していたのですが、福岡県の方は結構気が短くて、いろいろなところで喧嘩が始まることが多かったです。今回は同じ九州でも大分県宇佐市で、すごく穏やかな方が多く、撮影は非常にスムーズにできました。エキストラの方が1400人ぐらいと非常に多く、圏外からも300人ほど来てくださいました。宇佐市の方と県外の方との交流の和が広がったのはうれしいですね。
 

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―――初主演映画が、ある地域と濃い関係を作りながら撮影するということは、日頃なかなかできない体験では?
高橋:クランクイン前日に現地入りしたときは、すごく緊張していました。宇佐神宮にお参りに行った後、撮影スタッフの皆さんにご挨拶をしたとき、この映画に関わってくださる皆さんがズラリと座っていらっしゃって、皆さんの気合いを感じました。皆が同じ方向を向いている感じがして、がんばらなければと背中を押された気がしました。1年以上いろいろな人が準備を進めてくれ、ようやく撮影の日を迎えることができたので、がんばらなければという思いでしたね。
監督:僕は晴れ男なのですが、高橋さんは雨女だと撮影前日の夜に聞かされ、クランクインの早朝が豪雨だったので、「負けた!」と思いました。でも、石橋の上で智也(海東健)と再会する最初の場面を撮影するときからは、さっと晴れてきて、その後は雨知らずでした。
 
―――空揚げが宇佐市のご当地食と知り、驚きました。どこにでもあるものだと思っていたのですが。
監督:豚骨ラーメン発祥の地、福岡県久留米市で『ラーメン侍』という作品を2011年に撮ったことがきっかけで、大分でからあげをテーマにした作品を撮ってほしいと声がかかりました。からあげは全国どこでもありますが、よく調べると、新聞ではからあげを『空揚げ』と書くのです。その理由は「天ぷらには衣があるが、空揚げは粉をはたく程しかつけない。空っぽだ」ということだそうです。粉に味がついているのではなく、鶏肉をタレにつけ込んで、肉のうまみを引き出す。和食であり、日本を代表する国民食です。世界で有名な日本文化、「カラオケ」に続くのは「カラアゲ」だという想いで作りました。
 
―――宇佐市はからあげ屋のスタンドもありましたね。
高橋:からあげ専門店発祥の地ということで、私も今回初めて知ったのですが、お店によってぜんぜん味も違いますし、使用する鶏肉の部位も違います。胡椒が効いているものもあれば、醤油ベースのものもありますから。
監督:市内で35ぐらいの専門店があり、スーパーの売場も含めれば60店舗ぐらいありますから、全て食べるのは無理ですね(笑)。
 
(最後のご挨拶)
監督:からあげの映画ですが、ふるさとムービーになっています。皆さんお一人お一人の中にとても大切な場があると思います。その場と皆さんの人生との距離感をこの映画を通じて考えるきっかけになれば幸いです。また宇佐市は大横綱双葉山の出生地であり、全国四万社あまりある八幡宮の総本宮宇佐神宮がある場所ですので、ぜひ遊びに来ていただければうれしいです。
高橋:私は今回この作品に携わらせていただき、大分県の宇佐市がこんなにすばらしい場所で、からあげがソウルフードであることを初めて知りました。私のようにこの作品で宇佐市のことを知ってくださる方かたくさんいらっしゃると思います。また、監督がすごくこだわっている映像もまた観ていただけたらと思います。本日はありがとうございました。
 

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舞台挨拶後、来場のお客様に映画グッズと、からあげがプレゼントされた。ビッグステップ1階では本場宇佐市のからあげ(しかも揚げたて!)が振る舞われ、私も本場の味を堪能させていただいた。味付けは醤油ベースだそうだが、意外にあっさりとしており、思った以上にジューシー。一切れが通常のからあげの2倍ぐらいのボリュームながら、もっと食べたくなるような「おかわりしたくなる」美味しさだった。宇佐市の美味しいからあげの秘密が分かるかもしれない!?、日本のソウルフードからあげ映画『カラアゲ★USA』はシネマート心斎橋で絶賛公開中だ。(江口由美)
 
 

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