レポートインタビュー、記者会見、舞台挨拶、キャンペーンのレポートをお届けします。

2012年2月アーカイブ

311-s1.jpg (2011年 日本 1時間34分)
監督:森達也・綿井健陽・松林要樹・安岡卓治
出演:森達也・綿井健陽・松林要樹・安岡卓治他
2012年3月3日~オーディトリウム渋谷 ユーロスペース、
3月24日~第七藝術劇場、4月7日~神戸アートビレッジセンター、他全国順次公開
公式サイト⇒http://docs311.jp/

 (C)森達也・綿井健陽・松林要樹・安岡卓治



   2011年3月11日に起こった東日本大震災のわずか2週間後、ジャーナリストや映画監督の4人が福島から宮城、岩手に入り、被災地の様子やそれを撮影する自分たちにキャメラを向けたドキュメンタリー『311』が公開される。
 事件の後のオウム真理教信者たちに焦点を当てた『A』、『A2』の映画監督森達也と映画プロデューサー安岡卓治、『がんばれ陸上自衛隊@イラク・サマワ』の映像ジャーナリスト綿井健陽、『花と兵隊』の映画監督松林要樹。彼らがメディアとして体験した311を、自身のキャメラでさらけ出す異色作だ。
 関西公開に先立ち、森達也監督が来阪し、賛否両論が飛び交う本作の狙いや、メディアをはじめ、我々が311以降抱えてきた「後ろめたさ」について話を伺った。


 311-1.jpg━━━どうして震災後すぐに、4人で被災地へ行くことになったのか。
震災後二週間経つか経たないかで、綿井さんが電話で「行きませんか。」と声をかけてきました。僕は11日からずっと家に閉じこもってテレビや新聞ばかり見ていて、鬱になりかけていたので、「とても無理だ。」と一旦断ったんです。疑似的にPTSDになっていたので、それだったら疑似を外そうと「やっぱり行きます。」ともう一度連絡して、そこから安岡さんや松林さんが加わっていきました。


━━━最初から映画にするつもりだったのか。
現場に行ってみようとは決めていましたが、その段階で作品にしようと僕は考えていなかったです。4人の共同監督作品になりましたけど、ドキュメンタリーは一人称ですから、そもそも共同監督はありえないです。結果的にはみんなの素材を開封してみて「いいかな。」という感じでした。1ヶ月ぐらいして「つないでみたから見に来い。」と言われて、そのあたりがスタートですね。

 311-2.jpg━━━放射能のある福島へ向かった映像が、怖さやどこかおかしさを出していたが。
大はしゃぎに見えるじゃないですか。実際は怖いからしゃべらずにはおれなかったんです。爆発から2週間も経っていない時で、初めて線量計を見ているので、誰も分かっていない。あれだけ大騒ぎしていたけれど、今から思えばそんなに大した数値じゃないんです。逆に言えば、僕らが今すっかり慣れきってしまっていることが問題ですね。

戦場撮影経験のある綿井さんは「戦場より怖い。」と言っていました。戦場の兵士も怖さが高じてそう状態になるのだそうです。線量計の数値が目に見えて上がりますからね。何の装備もせずに行って、ワークマンで買い物をして、一番のホットスポットにかっぱと風邪のマスクで行ったんですから。
 

 311-3.jpg━━━遺体が置かれた跡のある安置所の映像はなぜ撮ったのか。
空っぽの安置所なんてメディアは誰も撮らないでしょう。避難所でも子どもにインタビューしましたが、あそこに行けば親のいない子どもがたくさんいると聞いたからであり、あの映像はふつうのメディアだったら全部NGです。でも今回はNGを全部使っています。メディアは、どうしてもより被害や悲劇をこうむっている人にカメラを向けてしまうのです。後ろめたさや人の不幸をネタにしているのです。
高円寺のドキュメンタリー映画祭で特別上映したときの質疑応答で、安岡が「『A』と『A2』を一緒に作ったときにメディア批判と言われて、違うポジションに立っているように思われているけれど、我々もメディアの一部なんだ。」と答えたんです。たまたまカメラの位置が違ったらこういう映像が撮れたわけで、メディアの問題点を自分たちでもっと表したいという気持ちが本作にはありました。

━━━大川小学校の前でお子さんを探していたお母さんたちにかけた言葉は、森さんのリアルな言葉なのか。
最初腕章を付けていたのでお母さんたちとは思わなかったのですが、「子どもを探している。」といわれて何と声をかけていいか分からなくなりました。でもカメラを持っているからぼうっとしているわけにはいかない。最後に「不満があれば僕にぶつけてください。」と言ったのは最低ですね。歯の浮くような偽善的な言葉じゃないですか。あれはカットしたかったのですが、自分たちのぶざまさや狡猾さ、計算していることが露わなので、全員一致で残しました。

 311-4.jpg━━━遺体を撮ろうとして、正当性を主張するシーンもあるが。
阪神淡路大震災のときは、取材しようとするとみんな「どつくぞ。」みたいな剣幕でしたが、今回は声をかければちゃんと答えてくれて、みんなびっくりしました。あまりに皆さん礼儀正しくて、逆に困っちゃったなと思っていたので、(遺体の写真を撮るのを阻止するべく)棒を投げられた時は当然だなと思いました。彼らからすれば、謝っているくせに撮るのをやめようとしない自分たちメディアは意味不明ですよね。でも、メディアは引き裂かれながらも踏ん張る存在ですから。


━━━森監督は社会派のイメージがありますが。
「ドキュメンタリーはうそをつく」と、ドキュメンタリー作家は内心みんなそう思っています。多少刺激的な言葉ですが、僕が言いたいのは主観だということです。僕の見方であり、ドキュメンタリーは僕にとっては真実でもあなたにとっては嘘かもしれない。メディアにしても、建前と思いつつやっていればいいが、そうでないと正義になってしまう。メディアで自分を正義と思うのは、僕は最悪だと思っています。

 311-s2.jpg━━━3.11以降の日本をどう思うか。
非当事者が自分が当事者であるかのように錯覚している傾向が非常に大きいです。オウム真理教事件によって被害者感情というものは増大しました。不特定多数が狙われ、遺族の感情を共有しながら、危機も共有化する。人間は危険を察知するとまとまりたくなりますが、群は暴走するリスクも持っていて、日本人はその傾向が強いです。敵を探し、強いリーダーを求めたくなる。震災以降の東京都知事や大阪での選挙結果をみたら分かるでしょう。僕らは被害者になれないことを自覚しなければなりません。後ろめたさからくる群れはとてもリスキーなのです。


  「作品にするなら僕たちの後ろめたさを描ければと常々言っていました。その辺で安岡と僕の理想線みたいな形になりましたね。」と語った森監督。3.11以降当然のように広がった自粛の流れにも警笛を鳴らし、非当事者が当事者のように感情を共有し、一方向にしか向かない今の日本の現状に危機感を募らせていることがインタビューからもヒシヒシ伝わってきた。

 正直な感想を言えば、筆者も本作を見て最初は不快感を覚えていたのだが、これもまた当事者ではない後ろめたさからくるものなのかもしれない。メディアとは何なのか。日頃のメディアでは絶対に映らないNGシーンを入れることで、大災害の爪痕を前に何もできないでいる生身の彼らの姿が浮き彫りになった異色ドキュメンタリー。メディアが必死になって映そうとしている悲劇こそ、当事者ではない者が渇望しているという事実にも気付かされるのだ。 (江口 由美)

(C)森達也・綿井健陽・松林要樹・安岡卓治
 


 

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(2012年 日本 1時間54分)
監督:本木克英 脚本:金子ありさ 音楽:冨田勲
出演:藤原竜也、杏、三浦友和/前田旺志郎、森口瑤子、 田中直樹(ココリコ)、カンニング竹山、豊原功補、宮崎美子、中村梅雀
2011年3月10日(土) 全国ロードショー<3D・2D同時公開>
公式サイト⇒http://hayabusa3d.jp/index.html


 okaeri-ha-1.jpg映画『おかえり、はやぶさ』と、文部科学省とのタイアップとして、未来を 担う卒業を控えた139名の中学三年生(当日参加者は132名)と、宇宙をテーマにした 特別授業を行いました。 授業内容は、アルコールロケット発射や実際の音響体験など、本作にふさわしい体感 型授業。サプライズとして主演の藤原竜也が参加し、何も知らなかった中学生からは、 大きな歓声が!

特別授業は、第一部、第二部に分かれて行われ、第一部の、日本宇宙少年団とJAXAに よる宇宙の講義では、ロケットの中はどうなっているか、発射した時の音の大きさなど、 ロケットの不思議を説明され、中学生は興味深く授業を受けていました。 そして、講義の最後に藤原竜也がサプライズで登場すると、会場は更に盛り上がりまし た!

第二部では、藤原竜也が生徒と一緒にアルコールロケットを発射(アルコールロケット とは…ロケットの燃料は<水素と酸素>。これと同じ原理で飛ばすことで体験を通し理 解する。音・速さ共に迫力のあるロケット。ただし水素は危険を伴うため今回はアルコ ールを代用)を体験。見事くす玉に当たると中から、<祝!卒業「おかえり、はやぶさ」 大ヒット祈願>という垂れ幕が!最後には参加した3年生全員との記念撮影も行われ、 驚きと歓喜の中、イベントは熱気に包まれたまま、終了致しました。

(C)2012「おかえり、はやぶさ」製作委員会


●日時  2月28日(火)12:30~14:40
     12:30~【第1部 オリエンテーション】 
     14:10~【第2部・セレモニー】
●場所  千代田区立神田一橋中学校
●登壇者 藤原竜也、奥村展三文部科学副大臣、
       日本宇宙少年団相模原分団分団長、
      JAXA宇宙教育センター、
      千代田区立神田一橋中学校三年生生徒139名
      (当日参加者は132名)


◆藤原竜也コメント
Qokaeri-ha-p.jpg:「おかえり、はやぶさ」完成しましたね
素敵な映画ができました。今日集まってくれているのは中学3年生ということで、卒業 を控えて大変なこともたくさんあると思います。でも諦めず前に進んでください。

Q:久しぶりの学校だと思いますが、いかがですか?
学校ってこんなに寒かったっけ?(笑)でも、そんな寒い中を友達と遊んだ事を思いだ し、興奮しています。

Q:藤原さんは宇宙に興味がありましたか?
かなり興味があります。はやぶさもリアルタイムで見たり調べたりしていましたし、宇宙だけでなく、生物や生命体にも興味がありました。
往復7年間、60億キロの宇宙の旅を、はやぶさは帰ってきたんですけど、今回「おかえり 、はやぶさ」に出演しなければわからなかった、JAXAの人達のすごく大変な苦労を 知ることができました。僕も含め普通の人だったらこんな絶望的な出来事は諦めてしま と思いますが、JAXAの人達は、数センチ、数ミリの希望を奇跡的にキャッチするこ とで帰還させたわけですから、すごいことですよね。

Q:主演された役は夢と希望を持った役でしたが、中学3年生のみなさんと通じるところ はありますか?
すごくあると思います。「おかえり、はやぶさ」の中で「成功とは意欲を失わずに、失 敗に次ぐ失敗を繰りかえすことである。」というウィンストン・チャーチルの言葉があ るんですが、まさに多くの経験をして失敗をしてもらって、意欲を失わないで次に繋げ るということは、通じるところだと思います。

Q:藤原さんの中学3年生の時の夢はなんでしたか?
僕はずっとサッカーしかしていませんでした。勉強もろくにやらなくて、学校へは給食 を食べに行っているだけでした(笑)サッカー選手になりたかったんですが、ある時に 演劇の世界に入ることになり、気が付いたら演劇の世界に引っ張られていました。
みなさんもどこでどんな道が待っているかわからないので、アンテナを張りながら生活 をしていけばいいと思います。あとは、自分を変えたりするのは人との出会いだと思う ので、たくさんの人と出会って、たくさん恋愛もして(笑)楽に楽しく過ごすことが大 事ですよね。


Q:日本の宇宙開発プロジェクトに今後期待することは?
日本の開発技術はアジアで1位でなくてはいけないという大変な状況の中で、多くの国民 に希望を与えてくれたはやぶさですから、はやぶさ2号機に関しても、もっともっと国民 一人一人が応援していければ、活気がでるんじゃないかなと思います。

Q:最後に一言
JAXAの奇跡の物語を実感できますし、もう一つのテーマの、家族や仲間の絆という ところもありますので、たくさんのみなさんに観てもらって、もっと宇宙へ興味をもって もらいたいです。そして夢へ向かって少し光を射してくれるような映画になっていればい いなと思っています。

◆奥村展三文部科学副大臣コメント
今日は特別授業ということで、宇宙のはやぶさの事をお話ししてもらいます。 先ほど校長先生とも話をしまして、みなさんは大きな夢を持っているということで、実現 するために、文部科学省も環境を作り応援していますので、チャレンジ精神で頑張って ください。


 ●INTRODUCTION
18年もの間、計画されてきた、無人小惑星探査機<はやぶさ>。それは、ただの機械だけど、 みんなの想いをのせていた…
藤原竜也、杏、三浦友和、“まえだまえだ”の前田旺志郎など各年代に亘るキャストが 集まり、成功も失敗も次の挑戦の糧にして受け継いでいく日本の宇宙開発史が、親子の絆 の再生を通して描かれる!全編3Dの迫力と奥行で描く、<はやぶさ>と人々の冒険の旅。 (リリースより)

(C)2012「おかえり、はやぶさ」製作委員会
 

 nini-s1.jpg(2011年 日本 42分)
監督:真利子哲也
出演:宮崎将、山中崇 、ももいろクローバー他
2012年2月25日~シネリーブル梅田、京都みなみ会館、4月神戸アートビレッジセンター他全国順次公開
・作品紹介⇒ こちら
・公式サイト⇒http://ninifuni.net/
第64回ロカルノ国際映画祭 Fuori Concorso部門招待作品
第41回ロッテルダム国際映画祭 Spectrum Shorts部門招待作品

(C)ジャンゴフィルム、真利子哲也
 


『イエローキッド』 で鮮烈な長編映画デビューを果たした真利子哲也監督。『EUREKA ユリイカ』の宮崎将や人気アイドル、ももいろクローバーを配した最新作の中編映画『NINIFUNI FULL VOLUME ver.』について作品のイメージが浮かんだきっかけや、キャスティング秘話を語ってくれた。

━━━ももくろクローバーをキャスティングした理由は?
一番はじめの企画段階からアイドルグループのキャスティングを決めていました。人数の多いグループの何人かを軸に作りたいとプロデューサーと話をしていて、既存のアイドルをまず見ようと最初に行ったのがももいろクローバーでした。出てきた瞬間にプロデューサーと顔を見合わせて「この人たちしかいない。」イメージと合致したのがいた!本当に一目惚れというか、そのときに決めました。

踊りも歌も全力でやってしまっている人、はみだしてしまっているグループをここに置きたいと思っていたので、それがももいろクローバーにあり、かつ、色分けされていて分かりやすいという自分の好みともあったんですね。前作の『イエローキッド』も色分けしていましたし。

━━━ももいろクローバーに、演じるにあたって注文したことは?
彼女たちは『シロメ』というフェイクドキュメンタリーの映画で怖い目をさせたんですけれど、映画監督が来たということで、また騙されるんじゃないかといった顔をしていたので、まず最初に言ったのは「騙しじゃないですよ。」元々ももいろクローバーの本人役で出すつもりではなかったんです。あくまで日本一のアイドルグループという設定で脚本は決まっているので、「ももいろクローバーが日本一のアイドルグループだと思っているし、現場でもももいろクローバーらしさを全部出してくれ。」と伝えました。本人たちもすごく寒かったけど、何回もやってくれましたね。

━━━実際の事件が題材だが、監督が一番気になった部分はどこか。
結局最後はああいう結末になるわけですが、記事の扱いも小さかったですし、そこまで思い詰めるほどではない。けれども、本人は思い詰めて最後に至ったというところが何ともいえない感触で、それがまずベースにありました。その記事でなんとなく想像する男の姿があったんです。東京で話を聞いたときには最後の部分に関してはネガティブな考え方だったんですけど、実際その場所に行ってみたら、もしもこの場所に住んでいる人間だったら選択肢であったことだなと思いました。だから、何度もロケ場所に行って作ってきました。

nini-1.jpg━━━監督は、宮崎君のどういう部分に期待したのか。
そんなに大きな事件ではなく、よくある事件で、だから主人公もどこにでもありうるようにして描いていこうというのがはじめからありました。宮崎君が演じるときもその辺は意識したと思います。宮崎君は『ユリイカ』の印象があったのと、『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』(主人公の兄役)のあの出方の印象がとにかくすごかったので、何をどうやって演じているのか分からないけど、ただならぬものを持ってきてくれるだろうという気はしていました。セリフがない以上、そういうのがいいなと思ったんです。

━━━ もともと主人公にセリフをつけないつもりだったのか。
ちょっと説明的なシーンの並びになったとき、別の方法はしましたが、セリフは脚本のときから一言もなかったです。今回脚本も監督もやったので、イメージの共有がかなりやりやすかったです。そこで構築できたかなと思っています。

━━━セリフがない分、音にこだわっているのか。
自分も東京出身でいわゆる地方に足を運ばないのですが、シナハンに行ったときに、とにかく風景にマックやユニクロはあるけど、特に何もない。本当に通り過ぎられる場所で、国道を車がたまに走ってくるけど、走り去るとまた無音になるというあの感覚がなかなか東京ではなかったので、すごく印象深く残っています。スタッフも東京以外の人が多いので、何でもないと言われるけれど、自分には印象的で音を映画の中で生かしていきたいなと思いました。今回はそういう風景と、主人公の男と、アイドルグループの3点だけはこだわらせてくださいと。逆に言うと、それしかこだわらずやったというか、だいぶシンプルに考えました。

━━━押し寄せる波や、波の音も印象的だったが。
もともとの企画(経済産業省実施の、3人の監督がそれぞれ中編をつくる「moviePAO」)が自由にやっていいというのと、海外の映画祭に出したいと言っていたんです。日本の独自のものをやりたいと話をしていた中に、こういうアイドルグループも当てはまると思いましたし、波自体が西洋だと永遠なるものと言うらしいですが、日本だと桜みたいな刹那的なニュアンスを盛り込めると。本当はラストカットは波だったんです。当初の想定とは違って別のものになりましたが、波というのはすごく重要な要素ですね。

nini-s2.jpg━━━震災が起こったことによって、この作品に関して受け止められ方が想像とは違うと感じることはあるか。
昨年1月末に海辺で撮った映画なので、震災と関連づけて考えられるのは当たり前ですけど、何よりも自分が3月の上映がなくなったときに「これおもしろいのか、おもしろくないんじゃないか。」と思って、6月の上映はすごく怯えながらやりました。結果的に住んでいる人が観に来てくださって、よかったと言ってくださいました。自分はここに住んでいないし、すごく大きい問題で、曲がったように考えてしまうんですけれど、決してこれが禁じられた映画ではなくて、むしろ地元の人は喜んでくれ、やってよかったなと思っています。

━━━311仙台短篇映画祭映画制作プロジェクト作品『明日』の真利子監督作品『スポーツマン』はパンチが効いていたが。
予算の関係で結局取れなくて、パイロット版で昨年夏に撮った作品『エルサント』の一部なんです。震災があって書き直した脚本ですし、成立しなかったのはそのせいでもあるので、とにかく準備してきたものをぶつけてやろうというタイミングで仙台の企画がありました。決して震災ガンバレみたいな映画ではないけれど、自分たちにしたらすごく関連した内容で、負けても負けても立ち上がる。そこは強引かもしれないけれど適しているのかなと思って提出しました。

━━━『NINIFUNI』は監督デビューして10年目となる作品だが、監督自身区切りと感じる点はあるか。
元々作っているときは意識していなかったですが、かなり処女作の『こぞ』に近いですね。それもセリフはないです。撮る前に、短編や中編はこれで最後にしようという気持ちでやったので、結局初心に返ったというか、難しいことを考えながらいろいろやっていましたけれど、原点でまた始められたなと。しかも『こぞ』というのは自分が出ているのですが、『NINIFUNI』は役者が出て、原点に帰れたなという気がしています。  


ロケハンを積み重ね、シンプルにこだわる点を見極めて撮り上げた真利子監督の節目ともなる作品『NINIFUNI FULL VOLUME ver.』。短期間で製作されたそうだが、監督のイメージを具現化するプロセスがくっきり浮かび上がるインタビューとなった。特別上映企画『NINIFUNI FULL VOLUME ver.』公開記念 「真利子哲也監督特集:虚・々・実・々」@シアターセブンでは、インタビューで紹介されたパイロット版『エルサント(仮)』や処女作『こぞ』も上映される。本作と合わせて、真利子ワールドを駆け巡ってほしい。 (江口 由美)

(C)ジャンゴフィルム、真利子哲也

saudade-s1.jpgゲスト:富田克也監督、野口雄介さん(天野幸彦役)

(2011年 日本 2時間47分) 
監督:富田克也
出演:田我流、鷹野毅、伊藤仁、まひる、ミャオ、野口雄介他
2012年2月11日~シネ・ヌーヴォ、3月3日~第七藝術劇場、3月24日~新京極シネラリーベ、4月14日~神戸アートビレッジセンター他全国順次公開。
・作品紹介⇒こちら
・公式サイト⇒http://www.saudade-movie.com/
※ナント三大陸映画祭グランプリ「金の気球賞」受賞作


      地方都市、山梨県甲府市を舞台に、そこで生きる土方の男たちや、ブラジル人コミュニティー、そしてタイ人コミュニティーなどの派遣労働者たちがもがきながら生きていく姿を、土の香りがする映像とパンチの効いた音楽で焼き付ける『サウダーヂ』が2月11日よりシネ・ヌーヴォをはじめ関西の劇場で順次公開される。関西での上映に先駆け、富田克也監督、主人公天野の弟役として個性的な役柄に挑んだ野口雄介さん(天野幸彦役)に話をうかがった。


saudade-2.jpg━━━本作の着想はどこから得たのか、今まで富田監督が作ってきた作品と『サウダーヂ』の関連性はあるのか、そのあたりの経緯をお聞かせください。
富田:前作『国道20号線』では、いわゆる地方都市のバイパス、ロードサイドで、中心街が寂れて、ロードサイドに大型商業施設ができて、みんな車に乗って駐車施設のあるところに人が流れてしまう流れの中で、そのロードサイドにいる人々の映画を作りました。僕らの中で典型的になってしまった地方都市の風景みたいな、どこへ行ってもその風景が延々と続くといった作品です。

次に何を撮ろうかと考えたときに、今度はもう少し視野を広げて、ロードサイド云々ではなく、それを含んだ一つの大きな街を舞台に、街自体を舞台にしてみようと思いました。今の地方都市は、ここ十数年不景気だなんだということを含めて、空洞化だとか、疲弊した地方だとか延々と言われてきたわけですが、そういう言葉は聞きあきるほど聞いた訳で、それが実際ぼくらの目の前にどういう形で現れているのかを描きたかったのです。

僕の映画にはずっと僕の友人であり仲間たちがずっと主演をしてきてくれたので、基本的には身近な人間の生活の中から僕らはエピソードを拾いだして映画を作ってきたわけです。そんな土方の友人の話を聞いていると、土建業もバタバタと潰れていっちゃって、仕事がなくてヒイヒイ言ってる。僕らが学生時代というのは頭が悪くて勉強できなくても、悪さをしていても、土方になれば生きていける時代だったけれど、僕らが抱いていたものがついになくなり始めた。じゃあ土方を主人公にして土方の目線から切り込んで今の疲弊した地方都市を描こうという発想に至りました。そこから街全体を捉えるべくリサーチに入り、タイ人やブラジル人がいるということで、一つの地方都市を描くには日本人だけじゃなく、そういった色々な人が自然に入ってきました。


saudade-3.jpg━━━今までは友人に主演してもらっていたとのことですが、本作のキャストはどうやって選んだのですが、?
富田:2007年の年末ぐらいから1年に渡ってリサーチに行きました。リーマンショックがきて、そのあと北京オリンピックが終わって、鉄鋼の特需がストップして、ブラジル人たちが一斉解雇された。年も越せない、ブラジルに帰りたいけど帰れない。僕はちょうどそういう彼らのところに入り込んだわけで、そこから一緒に過ごす中で彼らの状況を見聞きし、「出てほしいな」と思う人にはどんどん声をかけて仲良くなっていったんです。
でもリサーチが1年にも及ぶわけですから『サウダーヂ』を作るまでにかなりの時間待たせてしまう。実際『サウダージ』を撮るときになったら、主演のデニスというブラジル人役の男の子に「もう帰らなきゃいけない。」と言われ、自分が地元なので彼の職探しをして、彼の仕事をみつけて映画を撮り終わるまではなんとかそこにいてもらうということもありました。タイ人の女の子も僕が入ったタイ人コミュニティーの中で知り合った人たちだし、前作までになかったことで言うと、野口君とか土方役の川瀬さん、まひるさんなどプロの俳優さんに入っていただいたことですね。

━━━撮影で一番大変だったのはどういった点ですか。
富田:いわゆる一般商業映画のやり方の、企画から始まって資金集め、映画を撮るために集まるというわけでありません。ほぼ逆で、まずそこに人々がいてそれを撮りたいと僕らの方から実際撮りたい人たちに会いにいって、その人たちに合わせて撮るというやり方ですよね。映画に人々を合わせているのではなく、映画の方から合わせにいくんです。ドキュメンタリーというのはある種今起こっていることまでですが、それを元にして一歩先に踏み込めるのがフィクションで、だからフィクションにしかできないことをやりたいのです。

 saudade-1.jpg━━━富田さんが所属する「空族」は配給まで手がけられてますね。
富田:20代前半の頃に今の中心メンバーがお互いにそれぞれ別の場所で自主制作を作っていて、僕が『雲の上』という作品を撮り終って、脚本を一緒に書いてる相沢も作品を撮っていて、この二本を同時上映しようということで、自主上映会をやり始めたんです。2003年ごろは今みたいにインディペンデント映画が劇場でかけてもらえるような時代でもなかったので、渋谷のミニシアターを一晩箱借りして二人の作品を合わせて同時上映を始めたんです。そのときに僕らが外に向けて名乗れる名前ということで空族と名付けました。それからずっとそのときのままいまだにやり続けています。

どこからかお金もらって撮っているわけでもないし、誰に頼まれて撮っているわけでもないから、結局好き勝手なことを撮るわけです。だからこそ僕らが自主制作映画でやるべき題材や内容があると思っていたし、一般商業映画で絶対作られないようなものを僕らが作った。そうすると簡単に配給はつかないわけですよ。だからあらゆることを自分たちでやるということになって、製作も配給も宣伝も自分たちでやってきました。自分たちだけでやってきたものが果たしてどれだけ世の中に受け入れられるかどうかは未知数だったわけです。『国道20号線』も配給会社に持ち込んだりもしましたが、門前払いでした。本当にそうなのかなと思っていたら、実際上映してみたら「いい」と言ってくれる人が色々なところに結構いたんです。今回も世間一般の理屈やシステムには乗らずに、どこかに自分たちが共感する仲間がいるだろうと思って上映活動を展開してきて、その仲間がみつかって『サウダーヂ』の興業が広がっていきましたね。


saudade-4.jpg━━━プロの俳優である野口さんが、空族の映画の現場を体験してみていかがでしたか?
野口:空族の現場というのは、フィクションであっても僕らにとっては本当なんです。空族の映画に惹かれるのは、カメラを向けたときに作るのではなくて、その土地が映っているんですよ。空族の撮る映画の中に僕が立つことはすごくチャレンジだったし、怖い部分もありましたが、ああいう独特の個性的な役をいただいたし、甲府は行ったことがなかったので、撮影前に何回かリサーチしました。本当に少ない日数での撮影だったんですけど、感想としてはめちゃめちゃおもしろかったです。空族の映画づくりのノウハウというか、フォーメーションがあるんですよね。自主映画といえば自分たちで好きな映画を撮っているではなく、自分らが撮りたいものを呼び込むフォーメーションは、間違いなく日本を代表する現場だと思います。

もう一つ空族がおもしろいのは富田さんは日頃仕事をしながら、週末に映画撮影をして、仕事もして、また週末集まって撮影して、それを毎週毎週やっているんです。大きな現場というのはみんな一ヶ月集まってごそっとやって終わりですが、今回の撮影を冷静にみてまた準備して、またそれに向けて準備して、週末に向けてまたテンションを上げていって、ちゃんと終わったら打ち上げやみんなで飯を食ったりするんですよ。僕にとっては新しい映画づくりに感じるし、逆に言えば自分たちの撮りたい映画を自分たちのペースで撮ることができる。となると空族の持っている制作体系というのは、すごくユニークで、それがあるからああいう力強い映画ができると思います。

 saudade-5.jpg━━━ナント三大陸映画祭でグランプリを受賞されましたが、世界ではどんな反響がありましたか。
富田:ロカルノでもナントでもそうなんですが、一番最初に皆が口をそろえて前置きとして言ってくれるのは「日本という国への認識を僕たちは改めたよ。」やはりそれは今までの(日本の)映画が通り一辺倒だってことですよね。日本というのは経済大国でお金持ちの国で、そこの域をでてない。しかも日本で撮られる映画といえば東京か、自然豊かな山の中といった形になってしまいがちで、あれぐらい中途半端でローカルな町が舞台になって延々とそこで繰り返す人々のストーリーをヨーロッパの人が目にすることもないです。だから当然驚いたと思うんです。さらに言うならばそこに移民というヨーロッパの人たちが日常的に抱える問題も絡んでいて、日本も自分たちと同じ問題を抱えている国ではないかという点で認識を改めたと。それを前置きとして言ってくれた上で、文化として映画が日常的に芽吹いていてそれを大切にしている人々なので、ものすごい鋭い意見はでました。

━━━特に、印象的だった意見は?
富田:ナントに行ったときに現地の映画学校の編集の先生が「『サウダーヂ』の編集はミラクルだ。すべてのショットの替わり際に驚きがあった。あの編集はどうしてやったんだ。俺には想像もできない。」と誉められたことです。僕も編集ということに関してはかなり考え抜いてやったことだったので、フランスという映画の発祥の国の、映画学校のしかも編集の先生に誉められたのはすごくうれしかったですね。

  saudade-s3.jpg━━━富田監督が今の日本のインディーズ映画について思うことを教えてください。
富田:インディーズ映画のいい面と悪い面が当然あります。あらゆる人が簡単に映画というものを作れる環境になったのはいいことです。ただそれをやる上でやはり映画が映画として持っているべき力というのはあるはずで、撮影方法が簡単になったことでそれが失われることはあってはならない。歴史ある映画に肩を並べるべく拮抗していかなければならないと思っています。とはいえ、そういう映画だけが偉いという訳でもないので、そこはインディーズだからこそできるものをバンバン作ればいい。だからすごく難しいんです。 


 誰も描いたことのない地方都市の生々しい姿に肉薄し、国内外で観る者に衝撃を与えた富田監督の言葉には、自主制作映画でしか撮れないものを作るという気概に満ち溢れていた。
また、今回初めて空族の作品に参加した野口さんの現場体験談から、制作現場の熱気が伝わってきた。次回はタイを舞台にした作品を考えているという富田監督、これからも生きた土地と人間の香りがする作品を生み出してほしい。 (江口 由美)

mugon3.jpg(2010年 香港=フランス=ベルギー 1時間49分)
監督:ワン・ビン
出演:ルウ・イエ、シュー・ツェンツー、ヤン・ハオユー、リー・シャンニェン他
2011年12月17日~ヒューマントラストシネマ有楽町、12月24日~テアトル梅田、2012年1月7日~第七藝術劇場、京都シネマ、1月神戸アートビレッジセンター他全国順次公開
公式サイト⇒http://www.mugonka.com/


全3部545分に及ぶ、衰退する軍需工場と街や労働者を描いた『鉄西区』で山形ドキュメンタリー映画祭最高賞をはじめ世界の映画賞を獲得し、その存在を知らしめた中国のワン・ビン監督。初の劇映画となる『無言歌』全国順次公開、および全作一挙上映企画に合わせて初来阪し、未だ中国のタブーである反右派運動をテーマにした『無言歌』のインタビューに応えてくれた。

━━━『無言歌』のテーマである反右派闘争は監督が生まれる10年ぐらい前の話ですが、かなり以前から興味を持っていたのですか?

この映画を撮る決定的な動機となったのが、ヤン・シエンホイさんの小説『夾辺溝の記録』を読んだことです。この小説で書かれていた様々な人物や運命に大変感動を覚えました。実は小説を読む以前にも反右派闘争について知っていました。自分の身の周りにも、1970年末から1980年初頭にかけての文化革命時の右派が存在しています。

そして、この映画を撮るきっかけが立ち上がってから様々な準備を始めました。主に夾辺溝事件と呼ばれるこのときの事件について、様々な資料集めをし、数多くの人にインタビューしていきました。生き残った人たち、家族の人や当時の収容所の看守の人たちのインタビューを通じてより具体的に当時の事件を知ったのです。

反右派闘争のプロセスについては、90年代はじめから約10年間にわたって、右派分子と呼ばれた人が、当時の反右派闘争を振り返って書いた本が多数出版されました。映画の準備に入ってからこれらの書籍を読み、だんだんと反右派闘争の映画が撮れると自信を持ったわけです。

━━━.今回ドキュメンタリーではなく、劇映画として撮った意図は何ですか?

劇映画とドキュメンタリーに分かれてはいますが、学校ではほとんどフィクションを勉強しました。撮り方もフィクションの勉強をしたのですが、卒業してからフィクションを撮るような資金はなかなかなかったので、比較的資金がなくても撮りやすいドキュメンタリーに入っていきました。03年ぐらいですが『鉄西区』を撮ったあとで、『無言歌』ではない別の劇映画を撮る企画があり、その脚本を書くつもりでパリに飛ぶ飛行機でこの『夾辺溝の記録』を読んだのです。小説にとても感動したので、前の企画は置いて、この『無言歌』を撮ろうと決めました。

━━━反右派闘争は中国でタブー視されているようですが、原作の『夾辺溝の記録』の出版時の状況はどうだったのですか?

原作『夾辺溝の記録』は、出版されたとき苦難に見舞われました。短編集ではなく、短編をポツリポツリと時間を置いて一作ずつ文学雑誌に発表する方法をとりました。19の短編を集めて出版されたときは発禁になりましたが、出版社を変えてまた出版したのです。このテーマについて中国政府は、70年代末から80年代初頭にかけて「反右派闘争は拡大化されすぎた」という歴史的な結論を出しました。反右派闘争を何らかの芸術的方法で描くことについて完全に禁止はしないが、あまり歓迎はしないという態度をとっています。

━━━映画化や撮影に関して苦労されることはなかったですか?

『無言歌』の出資は香港・フランス・ベルギーで中国の制作会社は入っていません。このテーマで中国の映画館で公開されることはありえないのです。その反面、中国の映画館で公開されることを念頭に置かないために自由度がかなり高まり、あまり制限をつけないで済むので、自分たちの好きなように計画して撮ることができました。

中華人民共和国ができて最初の30年の間に様々な芸術作品の中で当時の状態をリアルに反映させることはなかなかできない時代でした。まだその最中にあった、歴史的には空白の時代です。今の時代は完全な自由ではないけれど、一定の自由度はあります。昔と比べると自由度がある分、描けなかった過去のことを描くということです。

撮影については、期間は長かったのですが、スタッフやキャストを絞って、具体的に何が行われているかを知られないように、決して宣伝せず密かに進めていきました。撮影の途中に面倒なことはなかったです。

━━━現状は、『無言歌』を中国の人に見てもらえないのでしょうか?

『鉄西区』以降の自分の作品は、国内では正式に上映されていません。この『無言歌』も中国で上映されることはないのですが、そういう状況をどうしても変えなければいけないとは思っていません。インターネットの時代となり、マスメディアの状況は変わっています。様々な方法によって多くの中国人が僕の作品を見てくれます。『鉄西区』のDVDは、海賊版が正規のDVDよりよく売れています。また『無言歌』もフランスのTVで放映されたのをDVDにコピーした海賊版が出ていて、これも売れ行きがいいそうです。営業的な観点から見ると全く利益がなく困ることなのですが、映画自体にとっては多くの観客が見てくれる、観客が数多くいるということが重要です。

━━━実際に反右派闘争の生存者や遺族の方にインタビューされて、監督が感じたこと、また作品にどのように反映されようとしたのでしょうか?

原作となった小説は19の短編からできていますから、それをどういう風に映画に撮っていくかを考えなければなりませんでした。数ヶ月の間さまざまな角度から考えたのですが、例えば資金面の問題やどれだけ自由に撮れるかといったことを考えた末に、夾辺溝事件で収容所に送られた右派の人たちの3年間から最後の3ヶ月だけを残すことにしたのです。教育農場にいた人たちが明水(ミンシェイ)に移された後の3ヶ月、解放され家に帰れるまでの3ヶ月に焦点を当てて撮ることにしました。そうなると、ヤン・シェンホイさんの小説の中のディテールだけでは足りないことが非常に多く。その部分をもっと詳しくインタビューする必要があったわけです。インタビューをすることで、様々なことが明らかになり、一次資料を手に入れることができました。例えば、ペニンシュルという場所に着いたばかりの2枚のスナップ写真。それから右派のある人が死ぬ前に家族にあてて書いた手紙(映画ではその一部が名前を変えて使用)も見つかりました。

━━━作品を作る過程やインタビューの中で、監督が心がけたことは何ですか?

重要だったのは、この物語をどういう方法で撮るかということでした。歴史に対する物語をどう語るのかを探っていったわけです。普通の歴史映画と違うものを目指していたので、それは突き詰めれば監督である自分がどう歴史に向き合うか、また自分が向き合った歴史を観客がどう捉えるか、そこを考えていました。普通の歴史物にあるようなある一人の人物を川の流れのように語るやり方ではなく、この映画では様々な人の記憶の断片、その瞬間、その場所を描くこと。いろいろな人の体験を集めて、その断片を重ね合わせて物語を構成するスタイルにしました。

多くの人にインタビューをする中で、既に50年前の話ですから鮮明に覚えているわけではないけれど、彼らが何について忘れないで覚えているか、何が彼らにとって強い記憶として残っているか、それがカギになると思いました。彼らにとって強力なものを取り出してきて、未だ解けない謎だと思っているようなことを掴む、それで映画のスタイルができあがってくるのではないかと。そこを重要視してインタビューを進めていきました。

━━━監督にとって、一番印象に残ったインタビューを教えてください。

ラストシーンとも関係あることですが、インタビューする中で最初から多くを語ってくれない人がいました。一ヶ月後再訪して一緒にご飯を食べたりしていると、突然シーンとなって彼の感情を制御できない雰囲気で僕に訴えてきたのです。それは「初めて死体を埋めたときの自分の感覚が君に分かるか。」と。当時死体を埋める役目を担っていたわけですが、ある人が亡くなると布団から取り出し、布団も衣服も剥いで裸体のまま運び、谷間に埋めるのです。二人組で裸体を運んで埋めるとき、鳥の声にはっとして自分たちが運んでいるのは人なんだと、これは決して羊や他の動物ではないのだと、その感覚は忘れられないのだと語ってくれました。


「中国では上映されないことで制限なく自由に撮れる。」と逆転の発想で、反右派闘争の歴史に向かい合ったというワン・ビン監督。「政治映画ではない」と言い切り、今だから光を当てることができる歴史に監督自身が向き合った作品を、我々がどう捉えるのか。110人ものインタビューから忘れざる瞬間を明らかにし、時を経て甦った「生きた証」の記憶を見逃すわけにはいくまい。 (江口 由美)

(2012.1.20 大阪ステーションシティシネマ) ゲスト:林遣都、駿河太郎

 

荒川1.jpg 中村光の人気コミック『荒川アンダー ザ ブリッジ』が、『荒川アンダーザ ブリッジ THE MOVIE』としてスクリーンで新しい世界を見せる。2011年夏にオンエアされたドラマと同時撮影をした本作は、ドラマ版とはまた違った見せ場を用意。主人公リクと金星人ニノのラブストーリーを中心にしたちょっとロックなファンタジーに仕上がっている。本作の初舞台挨拶が、出身地の関西からということでハイテンションの林遣都、駿河太郎を、会場から熱い「座長」コールがさらに盛り上げ、トーク前から『荒川アンダーザ ブリッジ』ワールドが全開。映画さながらのボケとツッコミを交えながら、撮影現場でのエピソードを披露してくれた。

 

(最初のご挨拶)

林:こんばんは。一ノ宮行(リク)をやらせていただきました林遣都です。今日は平日のお忙しい中お越しいただきありがとうございます。映画版初舞台挨拶ということで、地元関西でやれて幸せです。今日は太郎さんがいるのできっと幸せな時間になると思います。よろしくお願いします。

駿河:ラストサムライ役をやらせていただきました駿河太郎です。舞台挨拶自体が初めてで、僕関西でレギュラーやらせてもらっているんですけど、ここ大阪ステーションシティシネマでも早めにきて一人でその辺に座ってよく映画を見ています。こんなところに立たせてもらって座長、ありがとうございます。

━━━豪華キャスト勢揃いの中、座長と呼ばれるのにプレッシャーを感じませんでしたか?

林:今は何も感じなくなりました。もともと飯塚監督が僕からあまりモチベーションを感じられなかったからか、プレッシャーをかけてきて、「主演というのは座長だからな。頼むよ。」みたいな感じで。それを聞きつけた村長役の小栗旬さんが「おまえ座長なんだってな。」と、それを聞きつけたみなさんが悪用ですよ。(笑)

━━━なかなか不思議な世界観でしたね。

林:いろんなことを忘れて楽しめる映画なので、もうほんとに夢の世界に行ってきてくださいという感じですね。

━━━お互いの第一印象やその後の印象はいかがでしたか。

駿河:座長の風格があるといった感じですね。一回り年が違うんですけど、むっちゃしっかりしてるでしょ。遣都の横にいると年が一回り上と言うことを忘れるぐらいすばらしい人でしたね。

林:関西人だったということですごく接しやすかったし、僕ら二人はロケで泊まることが多かったので、太郎さんとは相当長い時間を共にしました。一回り上ですけど、お酒を飲んで「おっさん、何言ってるんだよ。」と言ってしまったこともあって。今日久しぶりに会ってちょっと失礼しすぎたかなと。

━━━独特のボケとツッコミが印象的でしたが。

駿河:撮影に入った当初は関西人ですし、こういうシュールな笑いは好きは好きですので、色んなことを考えていったのですが、そういうことを全員でやるとゴチャゴチャになるのでその中でラストサムライは何もせずに遠い目をするということで最終的には落ち着きました。本当はやりたいけれど、あえてしないというところでラストサムライという役に向き合ってました。

林:(唯一のツッコミで関西人としての血が騒いだかとの問いに)全然です。普段もあまりツッコんだりしないですし、関西弁もあまりしゃべらなくなったので・・・

~観客から「しゃべって!」とのツッコミに~

いやや!(場内大爆笑)

よくツッコミポジションと言われるんですけど、実際監督は原作にはけっこう激しいツッコミはあるけど、それは気にしなくていいと。これは人間ドラマであり、人間が演じるので、ああいった変なルックスをした人が目の前に現れた時のリアルな反応をしてくれと言われました。

━━━今回の撮影はテレビ版と映画版を同時進行で撮影されたそうですが、大変でしたか?

駿河:スタッフも含めて全員がそういった撮り方をするのがはじめてでした。映画版とドラマ版である箇所だけセリフが違うという撮り方もしていますが、ノリや空気感はブレがないですから、そこに関しては役者として戸惑いは感じませんでした。

━━━映画の中で一番気に入っているシーンは?

駿河:正直ラストサムライは何もしないことに重きを置いていたので、映画でも何もしていないんですよ。(笑)だから、ここは遣都に任せます。

林:ドラマの話をしていいですか?(場内大爆笑)

駿河:これだけドラマを観ている人が多いんですから、今から映画を観るのに映画のことを話すとネタバレになってしまいますからね。ドラマの話でいきましょう、裏話的な。

林:僕が『荒川アンダー ザ ブリッジ』を撮影して一番笑いが止まらなかったことがあったんです。それは太郎さんのシーンで、ピーコが村長にフラれてピーコに思いを寄せるラストサムライがピーコを励ましに行く。台本上に「ピーコの心が開く。ラストサムライが抱きしめる。」とト書きがあって、撮影前に太郎さんと孝之くんと話していると、太郎さんがふと「ピーコを抱きしめるっていうの、後ろからいきたいねんな。」と。

駿河:自分の中の絵的に後ろから女の人を抱きしめる方がぐっとくるなと思って、僕はそれを何の気持ちもなく、二人に話をしてたんです。

林:撮影がはじまってすぐ、太郎さんが飯塚監督に「抱きしめるっていうところ、後ろからでいいですか。」その瞬間、「本当に言ったんだ。」と笑ってたんですよ。すると監督は「いや、それはない!」と即却下。それを見て大爆笑で、そんなシーンがありましたね。

 

━━━最後に一言ずつお願いします。

駿河:『荒川アンダー ザ ブリッジ THE MOVIE』、大の大人がおおまじめにふざけまくっています。それだけではなく、人として考えさせられるすごく深いテーマを持っていますので、ぜひ最後まで楽しんで帰ってください。ありがとうございました。

林:2月4日、あと2週間で公開になります。今日観て面白かったと思ったら、一人でも多くの人に、見に来てくれる人が増えるように、よろしくお願いいたします。

舞台挨拶後のフォトセッションで「笑顔足りひんで!」と観客のあたたかいツッコミに思わず登壇者の笑みがこぼれる場面も見られ、和気藹々とした舞台挨拶となった。小栗旬のカッパの村長や、山田孝之のロックな星など個性的メンツが集まった『荒川アンダーザ ブリッジ THE MOVIE』。奇想天外な住人達や金星人ニノに翻弄されながらも恋をし、父親と向き合い、成長していく主人公リクの姿を見届けてほしい。

 

作品情報:『荒川アンダー ザ ブリッジ THE MOVIE』

2012 日本 1時間55分

監督: 飯塚健

原作: 中村光(掲載「ヤングガンガン」スクウェア・エニックス刊)

出演:林遣都、桐谷美鈴、小栗旬、山田孝之、城田優、上川達也、駿河太郎他

2012年2月4日~新宿ピカデリー、大阪ステーションシネマ、なんばパークスシネマ、神戸国際松竹、MOVIX京都他全国一斉公開

公式HP→http://autb.jp/