原題 | HOTEL MUMBAI |
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制作年・国 | 2018年 オーストラリア=アメリカ=インド |
上映時間 | 123分 |
監督 | アンソニー・マラス |
出演 | デヴ・パテル、アーミー・ハマー、ナザニン・ボニアディ、ティルダ・コブハム・ハーヴェイ、アヌパム・カー、ジェイソン・アイザックス他 |
公開日、上映劇場 | 2019年9月27日(金)~大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズなんば、MOVIX京都、OSシネマズミント神戸他全国ロードショー |
~テロ攻撃から命がけで宿泊客を脱出させた五つ星ホテル、従業員の勇気~
2008年11月インドのムンバイで勃発した同時多発テロ事件。中でも、標的の一つとなり、長時間に渡って無差別テロが繰り広げられた五つ星のタージマハル・ホテルで起こった惨劇は、2015年にフランスのニコラ・サーダ監督作『パレス・ダウン』でも描かれた。ただ、この作品ではテロに巻き込まれ、たった一人で部屋に閉じ込められた一人の少女の視点で描写され、惨劇は音で表現されていたのだ。この『ホテル・ムンバイ』はテロ実行犯らが訪れる前の優雅で楽園のようなホテルの様子から、実行犯らがムンバイの港にたどり着き、方々に散らばって、各地でテロを繰り広げ、徐々にホテルに迫ってくるところからじっくりと描かれ、まさにテロ事件をあらゆる角度から再現している。テロ対策の特殊部隊が1300キロも離れたニューデリーにしかないことから、これだけの惨事が起きても、警察の助けがなかなかやってこない。こんな究極の状況に追い込まれながらも、人質となった多くの宿泊客が生還を果たすことができたのは、常日頃からお客様ファーストの接客を徹底していたホテル従業員たちの冷静かつ的確な判断と、勇気ある行動だった。
『LION/ライオン ~25年目のただいま~』のデヴ・パテルが演じるのは、身重の妻と小さい娘を抱えたタージマハル・ホテルの給仕、アルジュン。いつもと同じ優雅なホテルでの夕暮れは、ムンバイの駅で無差別テロが起こり、おびただしい数の避難者がホテルに助けを求めて訪れたことから、事態が一変する。ホテルの扉が開かれ、避難者に解放されたと思ったのもつかの間、その避難者の中に、実行犯の一味が紛れ込んでいた。ほどなく、無差別テロ攻撃を開始した実行犯は、ロビーにいる人々をあっという間に虐殺、客室を一つ一つ、ルームサービスと称して訪れていく。客室の中には、アメリカ人建築家デヴィッド(アーミー・ハマー)、ザーラ(ナザニン・ボニアディ)夫妻の幼い娘とベビーシッターが何も知らずに残されていたのだった。
部屋に踏み込んだ実行犯に見つかるまいと、泣き叫びそうな幼い娘の口を塞ぎ、息を殺してクローゼットに隠れるベビーシッターの孤独な闘いの一方で、テロまでレストランで食事を楽しんでいた客たちは、アルジェンラら従業員がほぼ侵入不可能な部屋「チェンバーズ」へと誘導される。娘の身を思うといてもたってもいられないデヴィッドは、危険を顧みず部屋へと戻るが、その途中に見たのは、悲惨な襲撃の後と、あまりにも幼い実行犯の姿。実行犯たちも、これが自分たちにとっての聖戦と信じ、首謀者からの命令に忠実に作戦を実行している若者たちであることを、彼らのテロ行為の合間に滲ませる描写が印象的だ。
いつまでたっても助けが来ないことに苛立ちを覚える客を安心させ、チェンバーズに人質が潜んでいることに気づいた実行犯の襲撃から逃れるため、命がけで客を誘導するホテルの従業員たちの姿は何よりも尊い。こんな不条理な状況下、助けがなかなかこなくても、ここは五つ星のタージマハル・ホテルだというプライドが、彼らを支えたのではないか。激しい銃撃戦や爆破など、一瞬で命を奪うテロの恐ろしさを強く刻みながら、人質たちの生と死が紙一重な運命を絡め、緊迫感あふれる脱出劇を描いたのは、オーストラリア人のアンソニー・マラス監督。『ボーダーライン』の製作陣とタッグを組み、初長編で骨太な正統派社会派ドラマに挑んだ。これからぜひ注目していきたい才能だ。
(江口由美)
(C) 2018 HOTEL MUMBAI PTY LTD, SCREEN AUSTRALIA, SOUTH AUSTRALIAN FILM CORPORATION, ADELAIDE FILM FESTIVAL AND SCREENWEST INC