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『人生はシネマティック!』

 
       

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作品データ
原題 Their Finest 
制作年・国 2016年 イギリス 
上映時間 1時間57分
監督 ロネ・シェルフィグ
出演 ジェマ・アータートン、サム・クラフリン、ビル・ナイ、ジェレミー・アイアンズ
公開日、上映劇場 2017年11月11日(土)~シネ・リーブル梅田、シネ・リーブル神戸、(順次)京都シネマにて公開

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もう1つの「ダンケルク」……。
戦時下、ジョンブル魂で映画製作を!

 

第2次大戦中、日本では映画会社の統合によって、東宝、松竹、大映の3社に絞られ、政府・軍部の命令で戦意高揚の国策映画(宣伝映画、プロパガンダ映画)が数多く撮られた。そもそも大映自体がそのために設立された映画会社だった。円谷英二の特撮が存分に活かされた東宝の『ハワイ・マレー沖海戦』(1942年)や『加藤隼戦闘隊』(1944年)など質の高いヒット作も生まれた。ともに黒澤明の師匠に当たる山本嘉次郎監督がメガホンを取った。

 
こうしたプロパガンダ映画は何も日本だけのものではなかった。参戦国では国民の士気を高めるためどこでも量産されていた。イギリスでは情報省映画局が音頭を取り、銃後の備えの一環として宣伝映画が作られていた。本作は戦時下という異常な状況の中でそうした映画の製作に打ち込んだイギリスの映画人たちの物語である。

彼らが手がけた作品は、この《武部好伸のシネマエッセイ》9月分に掲載されたクリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』とまさに同じ題材だった。


jinseicinema-500-2.jpg大戦初期の1940年5月末~6月初め、北フランスのダンケルクに集結していた約35万人の英仏連合軍将兵をイギリス本島へ撤退させた大救出作戦。その後、勢いを増すドイツ軍が首都ロンドンの空襲を開始し、それに対してイギリス空軍が徹底抗戦した。いわゆる「バトル・オブ・ブリテン」。奇しくもドイツがスターリン指揮下のソ連へ矛先を向けたこともあって、イギリスが何とか勝利を得たものの、ロンドンや他の都市が常にドイツ軍の空爆にさらされていた。本作はそのころの時期である。


「ダンケルクの戦い」(実際は戦いではなく、撤退)は負け戦とはいえ、一般市民が兵士の救出に駆けつけたことでイギリス国民の士気がグンと高まった。それを映画に利用しない手はない。政府はそう考えた。まずは脚本が必要だ。そこで白羽の矢が立ったのが情報省でコピーライターの秘書をしていた女性カトリン・コール(ジェマ・アータートン)だった。脚本の経験はゼロだが、センスのあるところを映画局の特別顧問、トム・バックリー(サム・クラフリン)に見出され、スカウトされた。


jinseicinema-500-6.jpgこのカトリンという女性、ウェールズ人である。ウェールズは、イングランド、スコットランド、北アイルランドとともにイギリス(連合王国、UK)を構成する「一国」だが、正式にはウェールズ公国(Principality of Wales)。カトリン(Catorin)は英語なら、キャサリーン(Catherine、Katherine)となる。映画のクレジットに「Welsh Film Board(ウェールズ映画局)」の名が入っていたので、本作の製作に関与していたのだろう。それゆえヒロインをあえて、ウェールズ人に設定したのだと思う。こういう細部をチェックするのが面白い。これも連合王国ならではのお国事情だ。


閑話休題――。どんな題材であれ、映画化するのはやはりドラマ性が必要だ。ダンケルクの救出作戦時、双子の姉妹が父親の漁船に乗って、イギリス兵を救助するエピソードをカトリンが知るところとなり、それを脚本化しようとする。ところがその姉妹に取材すると、事実はやや異なっており、それほど美談ではなかった。ガーン! 


jinseicinema-500-1.jpgそのことを上司に報告するや、「事実と真実は違うもの」と完全に開き直られ、大幅に脚色するよう命じられる。前述したように、映画には観客を喜ばせるドラマ性が不可欠なので、完全にオリジナル脚本以外の場合、どんな映画でも都合よくアレンジされる。それがフィクションである映画の「宿命」ともいえる。そして『ナンシー号の奇跡』と銘打たれたプロパガンダ映画の製作がスタートする。


カトリンには、エリス(ジャック・ヒューストン)という画家志望の夫がいる。スペイン内戦で足を負傷し、空襲監視員の仕事をしている。そんな夫を労り、貧しい家計を支えるため彼女は遮二無二に奮闘する。何といじらしい。しかし映画の世界に足を踏み入れ、上司に当たるトムと共同で脚本を執筆するうちに、互いに好意を寄せるようになってくる。トムはシニカルな人物だけに、最初のうちカトリンに煙たがられていたが、映画に対する情熱と誠実さに惹かれていく。そして知らぬ間に三角関係になっていくところが、常套手段的とはいえ、ちょっぴりスリリングだった。


jinseicinema-500-4.jpgそれ以上にぼくの興味を引いたのは、戦時下での映画製作の状況がよくわかったこと。働き盛りの男連中はみな戦地にいるので、スタッフ、キャストが極度に不足していた。この映画の監督がドキュメンタリー映画専門の人だというのが顕著な現れ。カトリンに脚本の仕事が回ってきたのも、落ち目のベテラン俳優アンブローズ(ビル・ナイ)が脇役で出演できたのもそうだ。人材が少ないのだから仕方がない。たとえ出征しなくても、ドイツ軍の空襲で命を落とす場合があり、いつ徴兵されるかもわからない。そんな不安定な中で、映画作りが行われていたのである。


そのうえ戦況も映画製作に大きな影響を与えていた。劇中の映画製作の時期はアメリカの参戦前。いかにアメリカ人にイギリスが孤軍奮闘しているかをアピールし、参戦を促すか。時の首相チャーチルの思惑が陸軍長官(ジェレミー・アイアンズ)経由で映画スタッフに伝達され、急きょ、演技経験ゼロのアメリカ人空軍飛行士(ジェイク・レイシー)を出演させることになった。


jinseicinema-500-5.jpgアメリカの観客向けに、リアリティーをそぎ落とし、娯楽性を高めるように指示される。イギリス映画は元々、ドミュメンタリーから始まった。その伝統がずっと生かされ、たとえフィクションのドラマであってもできる限りリアリズムを追求する演出が貫かれてきた。一方、ハリウッドに象徴されるアメリカ映画は全く対極にある。映画は楽しむもの、ハッピーエンドでなければならない。そんな不文律が厳然と存在している。だから、当然、浮ついたラブロマンスの色合いも強まる。


こうした検閲や軍部の横やり、数々の制限、さらに命の危険にさらされている中でも、製作陣は決してユーモアを忘れず、普段と同じように飄々と仕事をこなしていく辺りはさすがイギリス人気質丸出しだった。辛さや厳しさに直面しても、いやそうだからこそ、かえって笑い飛ばす、そんな諧謔の精神が感じられる。死と隣り合わせにいるのに、このゆとりはどこから出てくるのだろう。これぞジョンブル魂! 画調から人物の所作まですべてが英国調そのものだった。抑制と節度の利いた世界。このシブさがたまらない。


jinseicinema-500-3.jpg言い忘れたが、この映画はカトリンという1人の女性がいかに成長していくか、そのプロセスを追った映画である。女性の給金が男性よりもはるかに安く、彼女が賃上げしてほしいとトムに訴える場面があったように、当時、イギリスにおいてすら女性の地位が低かった。そんな中、いくたの困難にもめげず、彼女が自立していく姿がすごく清々しかった。


この題材を戦時中の日本に置き換えると、どうなっただろう。木下恵介監督の『陸軍』(1944年)は、母親が出征する息子をどこまでも追いかけるラストシーンが軍の検閲に引っかかり、木下監督自身も松竹を追われた。そんな硬直化した当時の日本では、この『ナンシー号の奇跡』のような柔(やわ)い映画なんて製作できるはずがない。終戦直後、巨匠デヴィッド・リーン監督が不朽のメロドラマ『逢びき』(1945年)を手がけたていたことを鑑みても、イギリスは大人の国やなぁ~と改めて実感させられた。


武部 好伸(エッセイスト)

公式サイト⇒ http://jinsei-cinema.jp/

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