原題 | DUNKIRK |
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制作年・国 | 2017年 アメリカ |
上映時間 | 1時間46分 |
監督 | 監督:クリストファー・ノーラン 製作:エマ・トーマス 音楽:ハンス・ジマー |
出演 | フィオン・ホワイトヘッド、ハリー・スタイルズ、ケネス・ブラナー、キリアン・マーフィ、マーク・ライランス、トム・ハーディ |
公開日、上映劇場 | 2017年09月09日(土)~丸の内ピカデリー、新宿ピカデリー他、大阪ステーションシティシネマ、梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、109シネマズHAT神戸、他TOHOシネマズ系など 全国ロードショー |
~史上最大の撤退作戦を独自の視線で斬った!~
「ダンケルクの奇跡」――。第二次大戦の初期、1940年5月24日~6月4日、北フランスの港町ダンケルクに追い詰められた英仏連合軍の兵士をイギリス本島へ撤退させた作戦、それがこう呼ばれている。何せ、中規模都市の人口に匹敵する約35万人を救出したのだから納得できる。イギリス軍のコードネームは「ダイナモ作戦」だ。
第二次大戦は前年(1939年)9月1日に始まったが、西部戦線では英仏連合軍とドイツ軍が交戦せず、にらみ合いの状況が続いていた。一般には「奇妙な戦争」と称されている。それが翌年5月、突如、ドイツ軍が機動力を生かし怒涛の勢いで西へ進軍し、あっという間にベネルクス三国を占領した。世に言う「電撃作戦」である。そして80万の兵力で英仏連合軍を北フランスに包囲してしまった。
絶体絶命のピンチ! もしこれが大日本帝国の軍部なら、間違いなく徹底抗戦を命じていたはず。しかしイギリスの首相チャーチルは違った。できるだけ多くの兵員を救出し、撤退させようとしたのである。明らかに負け戦。ならば、無駄死にさせず、撤退によって兵力を温存させるのが重要な戦術と考えたのだ。実際、4年後、ドイツへの反撃のきっかけとなったノルマンディー上陸作戦へとつながったことを鑑みると、大正解だった。不名誉ではなく、勇気ある撤退。そう捉えたところに指導者たる者の器の大きさを感じざるを得ない。
ダンケルクはまさに史上最大の撤退作戦。それを映画でどう捉えるのか。幼少時代、ぼくはジャン=ポール・ベルモンド主演のフランス映画『ダンケルク』(1964年)をリアルタイムで観たが、大がかりなポスターのイメージとは異なり、作品は極めて地味だった。その印象が強く、映画でダンケルクを描くのはちょっとしんどいのではないかと高をくくっていた。そこに革新的な映像を撮り続けているクリストファー・ノーラン監督が挑んだ。おーっ! 期待せずにはいられない。
はっきり言う。これは観させる映画だった。若いイギリス軍の二等兵トミー(フィオン・ホワイトヘッド)がドイツ兵に追われ、ダンケルクの街中を逃げ惑う冒頭シーンから引きつけられた。フランス兵に助けられ、彼が行き着いた先が広々としたビーチだった。そこにはおびただしい数の兵士が群がっていた。イギリスへ逃れるために待機している英仏連合軍の将兵である。上空にドイツの戦闘機が頻繁に飛来し、容赦なく機銃掃射を浴びせる。地上から銃器で応戦するも空しい。これだけで敗残兵であるのがひと目でわかる。
いかにして彼らを救出したのか。それを本作は「陸」「海」「空」の3つの視点からわかりやすく、かつドラマチックに再現していく。限りなく人物を絞ったのがよかったと思う。主人公は強いて言えば、前述した新兵のトミーだが、彼はあくまでも「陸」のシークエンスの狂言回し的な人物に過ぎない。
時化で大型の艦船が浜辺に近寄れず、桟橋でしか乗船できない。トミーは救護兵を装って船内にもぐり込むも、下船を命じられ、その後、一縷の望みを賭け、ひたむきに生き抜こうとする。彼のダイナミックな動きを追尾するカメラが悲壮感漂う浜辺の様子を的確に紡ぎ取っていく。わずか42キロ先がイギリス本島なのに、容易にたどり着けない。そのもどかしさが猛烈に伝わってきた。
ダンケルクに集まった約40万人の将兵のうち約14万人がフランス軍だった。祖国を捨て、いったん異国のイギリスへと「避難」する彼らの心境はいかばかりか。チャーチルは英仏の兵士を平等に救出すべしと命じていたが、撤退作戦を仕切っていたのがイギリス軍とあって、実際はイギリス兵から優先的に船に乗り込ませていた。そのことでしこりが生じていたことが映画の中でも描かれていた。イギリス兵を装っていたフランス軍の新兵がフランス側の心象風景に思えてならなかった。
「海」からの視点は、民間人のボランティアによるもの。全長12メートルの小型船の所有者ドーソン(マーク・ライランス)が19歳の息子と彼の友人を乗せ、兵士を救出するため、ドーバーからダンケルクに向かう。ヨット、小型船、漁船、貨客船など民間の船舶が900隻も「ダイナモ作戦」に参加したというから凄い。かつてイギリス空軍(RAF)に所属していたドーソンは軍部の意向を汲み取りながらも、あくまでも船長としての責務を果たす。その姿が非常に毅然としており、凛々しく感じられた。
ドーソンが空を見上げると、イギリス空軍の戦闘機スピットファイアーが3機、飛行している。「空」の世界の主役だ。パイロットの1人、フォリアー(トム・ハーディー)がドイツの戦闘機メッサーシュミットと空中バトルを展開する。帰還するための燃料を考えると、戦闘できる時間はわずか1時間しかない。その映像に心が揺さぶられた。まるでコックピットにいるような錯覚に陥らせるほどの臨場感なのだ。この映画は基本的にCG映像を使わず、実写主義を貫いている。民間船も実際に集めて撮っていたというのだから、恐れ入る。
IMAXカメラで撮影されていた。ぼくは大阪・吹田の万博記念公園にあるエキスポシティの109CINEMASで、この映画を観た。国内最大級のIMAXスクリーンを有する映画館だ。幼いころOS劇場で観たシネラマの映像を彷彿とさせる巨大な映像。そこに爆音や飛行機のエンジン音などが身体に伝わる振動として加味され、これまで体験したことのない映像世界に浸ることができた。
「陸」「海」「空」からそれぞれ1人のキーパーソンを選び、「わずか」99分間でダンケルク撤退作戦を見せ切った。それをやり遂げたノーラン監督の手腕を高く評価したい。それも「陸」は1週間、「海」は1日、「空」は1時間とタイムスパンが異なっているのに、まったく違和感を抱かせなかった。これは絶妙なる演出と編集の為せる業だと思う。
ぼくはてっきりノルマンディー上陸作戦を描いた、上映時間が3時間近い『史上最大の作戦』(1962年)のような全体像を網羅した戦争巨編と思っていただけに、いい意味で期待を裏切られた。というか、これは戦争映画ではないかもしれない。空中戦以外はこれといった戦闘シーンがほとんどないからだ。連帯感、不屈の闘志、生き抜く気力。これらを真正面から捉えたヒューマン・ドラマだった。
救出されたトミーが国民から罵声を浴びせられるのではないかと恐れていたのに、何とビールを振る舞われ、歓待された。彼の吃驚した表情が「ダイナモ作戦」の大成功を物語っていた。ドイツ軍に追撃される冒頭からこのラストシーンまで一気呵成で見せつけてくれた。映画館を出たとき、心に誓った。いつの日か未踏の地ダンケルクを訪れようと!
武部 好伸(エッセイスト)
公式サイト⇒ http://dunkirk.jp
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