制作年・国 | 2025年 日本 |
---|---|
上映時間 | 1時間29分 |
原作 | つげ義春「海辺の叙景」「ほんやら洞のべんさん」 |
監督 | 監督・脚本:三宅唱 撮影:月永雄太 |
出演 | シム・ウンギョン 堤真一 河合優実 髙田万作 佐野史郎 斉藤陽一郎 松浦慎一郎 足立智充 梅舟惟永 |
公開日、上映劇場 | 2025年11月7日(金)~TOHOシネマズシャンテ、テアトル新宿、大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズ(なんば、二条、西宮OS)、イオンシネマ シアタス心斎橋、京都シネマ、シネ・リーブル神戸 ほか全国ロードショー |
受賞歴 | ロカルノ映画祭金豹賞(グランプリ) ヤング審査員賞特別賞 |
〜日常から非日常へ、ゆるゆると続く日々に立つ小さなさざ波〜
『ケイコ目を澄ませて』『夜明けのすべて』の三宅唱監督の新作はシム・ウンギョン演じる脚本家・李を中心に描かれる旅と日常。ロカルノ映画祭で金豹賞とヤング審査員賞をW受賞した話題作だ。シム・ウンギョンは『新聞記者』(2019年 藤井道人監督)のほか日本の作品に数多く出演する韓国人俳優。気づけばそこに居るような自然さがオファーの途切れぬ所以ではないだろうか。本作でもそこが光る。前半は映画の中の旅を描き、後半は実際に李が旅に出るという二部構成だが、幕間に挟まれる日常がゆるやかに夏の海と冬の東北を繋ぐ。つげ作品を数多く舞台で演じてきた佐野史郎が出演しているところにも注目したい。
冒頭、李がハングル文字で脚本を綴るところから始まり、その通りに出演者が登場してゆく。後部座席に寝そべる河合優未の姿が映し出されると、カメラは自販機前に立つ連れの男と車内に残されたギターを捉える。男が車に戻ると同時にアラーム音、エンジンの唸り、ワイパーの軋みが畳みかけ、重厚な弦楽器による演奏が物語の始まりを告げる。音楽は『夜明けのすべて』でもタッグを組んだトラックメーカーのHi’Spec。
原作は昨年も『雨の中の慾情』(片山慎三監督)が映画化されたつげ義春。つげ作品の映像化は難易度が高いと聞くが、本作は2つの短編がみごとに溶け合った。前半部分は「海辺の叙景」(1967)、後半部分は「ほんやら洞のべんさん」(1968)を下敷きに宿の主人・べん造(堤真一)との二人芝居となる。ふたつの舞台がスイッチする装置はトンネルだ。まさに川端康成の「雪国」の世界。ここを起点に、これまで散文的に挟まれてきた韓国語モノローグによる李の内面世界が大きく飛躍を見せる。
韓国には詩が好まれる土壌があり、年代問わず詩集が売れるという。三宅監督は『夜明けのすべて』でもモノローグとナレーションの中にセリフとは違った言葉の魅力を巧みに取り入れた。そんな三宅監督の作風とシム・ウンギョンがもつ雰囲気がうまく溶け合っている。たとえば「日常とはモノや感情に名前を与えて馴れ合うこと」という言葉が出てくる。平易な単語ばかりだが、感覚として捉えようとするには時間が要る。瞬間的に流れてしまいそうなところを日本語字幕がアシストしてくれるが、反芻しようとすると次の言葉が始まる。掴めそうで掴み切れない、これが独特のリズムを生み出している。
べん造は李が脚本家と知ると、温泉街の外れにポツンと建つこの宿を舞台に脚本を書くよう勧めるが、いざ取材が始まると歯切れが悪くなる。ふたりのそれぞれにとぼけた雰囲気が響き合いユーモラスな空気を作り出す。やがて、べん造との訥々とした会話が小さなドラマを生む。
李の頭の中から生まれた語りはまず映画として映像の語りになる。それはモノローグと対照的に映像でしか表せない語りだ。音が鮮烈な印象を与えた導入から強烈な映像と画の世界になる。河合優未の画力の強さを相手役の髙田万作の柔らかさが中和するが、それでも鋭い切先のようなショットが心に残る。次に李の実際の旅を通して新たな語りが生まれる。こちらは小説を読むような感覚に近い。それが1本の映画として融合したのが本作だ。また、前編と後編のなかで小道具や風景が呼応しているところも楽しい。詩や文学を好む人には特に味わい深い1本となりそうだ。しばしば挟まれる川のショットがたゆみない日常を映し出すようで、誰にとっても開かれた物語であることが一番の魅力。
(山口 順子)
公式サイト:https://www.bitters.co.jp/tabitohibi/
公式X:@tabitohibi
公式Instagram:@tabitohibi_mv
ロカルノ映画祭:Copyright: Locarno Film Festival / Ti-Press
配給・宣伝:ビターズ・エンド
製作:映画『旅と日々』製作委員会
© 2025『旅と日々』製作委員会