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『ホーリー・カウ』

 
       

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作品データ
原題 Holy Cow  
制作年・国 2024年 フランス 
上映時間 1時間32分
監督 監督・脚本:ルイーズ・クルボワジエ 共同脚本:ミュリエル・メナール
出演 クレマン・ファボー、ルナ・ガレ、マティス・ベルナール、ディミトリ・ボードリ、マイウェン・バルテレミ
公開日、上映劇場 2025年10月10日(金)~ヒューマントラストシネマ有楽町、テアトル梅田、シネ・リーブル神戸、京都シネマ 他全国順次公開

 

〜演技を超えたエモーションが弾ける!〜

 

まず導入がすばらしい。とくに意味のない乱痴気さわぎのようでいて映画全体の躍動感と主人公・トトンヌの性質をみごとにあらわしている。昔はバカやったよなぁ…なんて誰しも若い頃を振り返ればひとつや二つ、仲間うちで語りぐさになるような愚行ってあるにちがいない。それすらも映画の中で観るとキラキラと輝いて見えたりするものだが、彼の愚行はなかなかのレベル。囃し立てられると調子に乗って素っ裸になり壇上で踊るのだ。


holycow-500-1.jpgトトンヌ(クレマン・ファヴォー)はチーズ職人の父と幼い妹クレール(ルナ・ガレ)の三人家族。お世辞にも親孝行とは言えない生活ぶりだ。妹の面倒は父に任せきりで仲間とつるんでばかり。そんなある日、父が不慮の事故で亡くなってしまう。

 
holycow-500-5.jpgおや?と思ったのは、トトンヌが父親を恥じていないことだ。人前で酔いつぶれ迷惑がられている父親を見れば、思春期の息子なら見ないふりをするのではないだろうか。ところが、不承不承ながらも介抱するトトンヌ。このシーンですっかりトトンヌが好きになってしまった。父は父で遊び歩いてベンチで夜明かしする息子をとりたてて叱ることもなく連れ帰る。緩く支え合っていた大きな背中がある日突然なくなってしまったのだった。

 
holycow-500-3.jpgフランス東部のジュラ山脈は1000年以上にわたって長期熟成型ハードチーズ・コンテを製造してきた地域だ。規定に基づいた環境で放牧されたブランド牛の生乳を原料とし、添加物、保存料、着色料は一切使われず、その芳醇な香りや色味、味わいは季節によって異なる。そして、その製法にも厳格な基準がある。すべてが手作業。この特別なチーズの産地ジュラ地方こそ、本作の監督ルイーズ・クルヴォワジエの出身地だ。この生活感、臨場感はここを起点にしている。


holycow-500-2.jpg92分という短い尺のなかでチーズ作りの作業工程は丁寧に描かれる。と同時に牛たちの生態や周辺地域の豊かな自然も存分に味わうことができる。トトンヌの無口な性格とあいまって物語には余分な説明がない。それが心地よい余韻を与えてくれる、目が喜ぶ作品だ。長編初監督作にして本国で『アノーラ』『サブスタンス』を抜く大ヒットとなった。

 
holycow-500-7.jpgトトンヌの生活からは静かな寂しさが伝わってくる。家の仕事をするのも妹の面倒を見るのも初めてづくし。しかし、不満を口に出すこともなく淡々と日々をやり過ごすトトンヌ。伏目がちの瞳の揺れだけが彼の内面を映しているようだ。そんなとき出会う隣村の酪農場のマリー=リーズ(マイウェン・バルテレミ)。そして、トトンヌを支える悪友たち。同年代から受ける刺激は何ものにも代え難く、無知で無垢なことは宝物のようだ。互いに過ちを犯し、許し許されながら少しづつ大人になってゆくのだ。彼らは言葉だけでなく、目で会話する。それは日常的に自然とふれあっているからこそのある種、野性的な感覚かもしれない。彼らの言葉は率直で嘘がない。その生々しく不恰好な姿がたまらなく愛おしいのだ。

 
holycow-500-4.jpgホーリー・カウは ”聖なる牛” ではなく驚いたときに使うスラング(原語ではヴァン・デュー)だそうだが、この土地に恵みをもたらす牛に対するリスペクトも同時に表現できるうまいタイトルだ。まさにそんなシーンが作中にも登場するので注目してほしい。ところで、本作に登場するキャストはなんと演技未経験者ばかりだという。そこには演技とは思えない感情の発露があった。いや、演技じゃなく、そこに映っていたのは彼らの本物の体験であり情動だったのかも。そして私たちは彼らの熟成してゆく、そのさなかに居合わせるという貴重な体験をすることになる。そう気付いたとき、なんとも言えない感慨に包まれた。ホーリー・モーメント。さらに音楽や美術を担当したのは農場を営む監督の家族だという。ホーリー・カウ!


(山口 順子)

公式サイト:https://alfazbetmovie.com/holycow/

配給:ALFAZBET

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