原題 | A Pale View of Hills |
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制作年・国 | 2025年 日本・イギリス・ポーランド合作 |
上映時間 | 2時間3分 |
原作 | 「遠い山なみの光」カズオ・イシグロ/小野寺健訳(ハヤカワ文庫) |
監督 | 監督・脚本・編集:石川慶 『ある男』 撮影:ピオトル・ニエミイスキ |
出演 | 広瀬すず、二階堂ふみ、吉田羊、カミラ・アイコ、松下洸平、三浦友和 |
公開日、上映劇場 | 2025年9月5日(金)~TOHOシネマズ(梅田・なんば・二条・西宮OS他)、大阪ステーションシティシネマ、MOVIX(堺、京都、あまがさき他)、イオンシネマ系他、全国公開 |
~長崎から英国へ、ミステリアスに語られる過去の記憶~
観終わってから、もう一度観たいと思う映画がありますね。例えば、古くは『砂の器』(1974年)や『ニュー・シネマ・パラダイス』(1988年)、近年ではミュージカルの『ラ・ラ・ランド』……。そして本作もそうでした。再び感動を得たいというのではなく、どうしても確認したいシーンが多々あったからで、やはり2回観ました! それほどまでにこの映画は全編、アンニュイなベールに包まれていました。
原作は、英国在住のノーベル文学賞作家、カズオ・イシグロが20代後半に執筆したデビュー作。本人自らエグゼクティブ・プロデューサーも務めています。しかも広瀬すずと二階堂ふみという当代きっての演技派女優が共演し、極上のミステリー映画『ある男』(2022年)の石川慶監督が映画化したのですから、期待せずにはいられなかったです。
1952年の長崎と1982年の英国イングランドの某所を舞台にし、1人の女性の生きざまを30年のタイムラグで描こうとしています。なぜ長崎から英国へ移り住んだのか? イングランドの瀟洒な住宅で、ライターをしている娘のニキ(カミラ・アイコ)が出版社からの依頼で母親の悦子(吉田羊)にそのことを質問し、回想形式でドラマがゆったりと展開していきます。娘は英国人の夫との間に当地で生まれたので、2人の会話はすべて英語です。
悦子の言葉がどことなくセピア色がかったレトロな映像として甦ります――。戦後7年目の1952年。原爆を投下された長崎は被爆の後遺症を抱えながらも、朝鮮戦争の特需で活気づき始めていました。街中には米兵の姿がチラホラと。まだ20代前半の悦子(広瀬)は、南方戦線から帰還した会社員の夫、二郎(松下浩平)と団地で慎ましく2人で暮らしています。お腹に赤子を身ごもる、一見、明るい主婦です。
そんな彼女が、雑草の生い茂る川向こうのバラックで万里子(鈴木蒼桜)という幼い娘と一緒に暮らす同世代の女性(二階堂)と知り合います。名は佐知子。米兵とつき合い、派手な洋服を身に着け、自由奔放に生きる進歩的なシングルマザーです。近々、渡米するらしい。しかし、どこか寂しげで儚げ。話し言葉もか弱くて、独特な透明感があり……。1人で娘を育てている戦争未亡人(この言葉をあえて使います)にしては、佇まいが尋常ではない……。
明らかに異質な(トンだ?)女性です。なのに、いや、だからこそ、悦子は自分とは対照的な生き方を貫く彼女に対して憧れにも似た感情を抱き、どんどん接近していくのです。そして2人とも被爆者であると知るや、さらに距離が狭まり、同時に疑問が増幅してきます。一体、佐知子という女性は何者やねん? すべてが謎めいている。このことが最後まで脳裏にへばり付くというやっかいな映画です(笑)。
やがて悦子の団地に元校長の義父(三浦友和)が長期間、泊まりに来ます。彼女は、単なる気遣いではなく、夫よりもむしろ義父により親しげに接しているように思え、2人の間に独特な空気感が漂い始めます。これまた不思議な感覚です。
こんなふうに長崎時代を回顧する悦子の言葉に耳を傾ける娘のニキの方も、ピアニストとして評価を得た亡き姉の景子に対するコンプレックスを抱えていることがわかってきます。景子は母親がお腹に宿していた子のはず? ぼくもそう思っていました。ところがニキが姉の部屋を調べると……。あれっ? 2回目に観て、ちゃんと確認できました。
映画は、長崎とイングランドの場面を交錯させ、悦子と佐知子という2人の女性の実像に迫っていくのですが、まるでミステリー映画のように不可解極まりない。いや、中段辺りから語り手の悦子が、実はウソをついているのではないかという気がしてきて、証言に信憑性が乏しくなってきます。だから全編、曖昧模糊としており、これが映画の通奏低音になっています。
カズオ・イシグロは1954年に長崎で生まれ、5歳のときに両親と共に英国に移り住んでいます。幼少期の長崎のことを断片的に覚えているそうで、自分なりに海外移住したことを小説という形で記録したかったのかもしれませんね。それにしてもこんなふうに描くとは……、恐れ入りました。
見どころは、広瀬すずと二階堂ふみの演技バトルです。悦子はどちらかと言えば古風、佐知子はハイカラ。キャラが全く異なる役どころです。2人が対峙するシーンはさすがに緊張感が漲っていましたが、かといって別段、肩に力が入っているようには思えず、両者の演技がしっくり融合していました。30年後の悦子に扮した吉田羊、風格がありますね。かくも流暢にイギリス英語をこなしていたのには吃驚しました。
あのときお腹にいた子はどうなったんやろ? 悦子は夫と離婚か死別し、再婚したのか? 万里子は? いろんな疑問を抱かせながら、まるで原作小説を1ページずつ繰っていくようなディテールにこだわる丁寧な演出。石川監督の演出力に目を見張らされました。そしてラストであっと驚かせてくれます。そやったんか……。いやぁ、奥深い作品でした。
武部 好伸(作家・エッセイスト)
公式サイト:https://gaga.ne.jp/yamanami/
配給:ギャガ
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