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『木の上の軍隊』

 
       

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作品データ
制作年・国 2025年 日本
上映時間 2時間8分
原作 「木の上の軍隊」(株式会社こまつ座・原案:井上ひさし)
監督 監督・脚本:平 一紘  企画:横澤匡広  プロデューサー:横澤匡広、小西啓介、井上麻矢  制作プロデューサー:大城賢吾  企画製作プロダクション:エコーズ
出演 堤 真一 、山田裕貴
公開日、上映劇場 2025年6⽉13⽇(⾦)沖縄先⾏公開/7⽉25⽇(⾦)~新宿ピカデリー、大阪ステーションシティシネマ、他全国ロードショー なんばパークスシネマ、テアトル梅田、MOVIX京都、アップリンク京都、kino cinema 神戸国際、109シネマズHAT神戸、シネ・リーブル神戸、MOVIXあまがさき ほか全国公開


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~敗戦知らずに2年間も樹上で身を潜めた2人の兵士~

 

今年が戦後80年の節目とあって、あの惨たらしい戦争(第二次世界大戦、太平洋戦争)を回顧する新聞の特集記事やテレビの特集番組、さらには映画、演劇、活字媒体も目立ってきました。なかでも熾烈な地上戦が行われた沖縄に焦点を当てたものが多いように思えます。本作はもろに沖縄戦の「悲しい秘話」です。


昭和20(1945)年8月15日、日本は連合国のポツダム宣言を受諾し、無条件降伏しました。しかし戦争に敗れたことを知らず、あるいは知っていながらもなお戦闘を続けたり、逃亡生活を余儀なくされたりした兵士が少なくありませんでした。


kinoueguntai-500-1.jpgグアム島で28年間も潜伏していた横井庄一さん、フィリピンのルバング島から29年後に帰還した小野田寛郎さんはとりわけ有名ですね。沖縄戦でもやはりそんな兵士がいました。その実話をほぼ忠実に再現したのが本作です。


戦争末期、戦況悪化を打破すべき、日本軍によって沖縄の伊江島に飛行場が造られました。現地の人たちを動員し、何とか完成させたのも束の間、昭和20年4月1日、米軍が沖縄の本島中部へ上陸、さらに4月16日には伊江島へ侵攻し、日本軍の現地部隊との間で激戦が繰り広げられた末、5日後に島は制圧されました。沖縄の他の地域同様、このとき非戦闘員の島民もかなり命を落としました。それが「沖縄戦の悲劇」です。


本土から派遣された陸軍の山口静雄少尉と沖縄出身の新兵、佐次田(さしだ)秀順二等兵が米軍に追い詰められ、ガジュマルの木の上で2年間、援軍の到来を期待しながら身を潜めました。このことは長らく身内や近しい人だけにしか知らされていませんでしたが、やがて公になりました。


その事実を知った劇作家の故井上ひさしさん(1934~2010年)が晩年に記した原案をベースにして、2013年に舞台化され、以降、各地で再演されてきたそうです。それを沖縄で生まれ育った、35歳の平一紘監督が映画化したのです。


kinoueguntai-500-3.jpg映画では、少尉は山下一雄、新兵は安慶名セイジュンと兵士の名前を変えており、それぞれ堤真一と山田裕貴が扮しています。新兵は伊江島で招集されたことになっていました。疲弊しきった旧日本兵の汗と吐息をまき散らす2人のキャスティングは申し分ないです。ちなみに舞台の初演では、少尉が山西淳、新兵が藤原竜也だったそうです。


山下少尉は、軍国主義に染まった典型的な旧日本帝国の軍人で、言動のすべてが教条的。全く融通が利きません。一方、安慶名二等兵はいかにも沖縄人らしく、鷹揚でのんびりしています。生き方も、考え方も、価値観も、守るべきモノも、何もかも異なっています。まさに水と油……。当然、波長が合うはずありません。


戦争が終わっても、なおも階級がつきまとい、上下関係が依然、存続します。そんな居心地の悪い状況の中で、2人の濃密な潜伏生活が描かれていくのです。何せ樹上の暮らしなので、密にならざるを得ないのです。ぼくが新兵なら1日とて我慢できませんわ。


いつ米軍に見つかるかもしれない恐怖、常にさらされる飢え……。2人は日々、いろいろ工夫を凝らして生き延びようとします。水、食料、衣服などの調達や「住空間」の整備などなど、ホーッとびっくりするほど、人間ってサバイバル能力があるんですね。


kinoueguntai-500-4.jpgとはいえ、やはり衝突は避けられません。歩み寄ろうとしても、素地が違うので、互いの「正しいこと」がぶつかり合うのです。そのうち憎悪がむき出しになり……。そこに本土と沖縄の関係性が投影されているように思えました。


いつしか上官と部下ではなく、共同生活者として生きていくしかない、2人がそう自覚した瞬間、別の人間ドラマとして昇華していきます。「どんなに憎く思っていても、一緒にいなくてはならない」。そんな運命共同体のような意識が芽生えてくるのです。


果たして、2人が別々に暮らしていたら、生き延びることができたのでしょうか。いや、2人が一緒でないと無理だったような気がします。無意識のうちに、ある《絆》で結ばれていたからです。換言すれば、互いの違いを理解し、認め合う気持ちです。これが映画のテーマではないかなとぼくは思いました。


もちろん、二度とこんな悲惨な体験を繰り返してはならないという強い反戦意識が通底しています。完全な2人劇でそれがビンビン伝わってきたのだから、非常に熱量のある作品といえます。


kinoueguntai-500-2.jpgこの映画を絡めた『戦後80年』特集の某新聞記事に目を通していると、こんな記述がありました。「伊江島で撮影に使うガジュマルの木を一時的に植えるため掘った場所から、日本兵とみられる20人分相当の遺骨が見つかった。遺品や手投げ弾などもあった」。えっ! それを踏まえ、平監督は「この映画がなければ遺骨はずっと残されたままだったのかと思うと、映画を撮って良かった」と。


80年経っても、まだ戦争は終わっていないんですね。だからこそ絶対に風化させてはなりません。昨今、核武装とか軍備拡張という言葉が政治家から安易に放たれるのがすごく不気味で、空恐ろしい。いや、危ういです。それゆえ、映画『木の上の軍隊』のテーマの重さがズシリと感じ取れました。


武部 好伸(作家・エッセイスト)

公式サイト:https://happinet-phantom.com/kinouenoguntai/

公式X(旧Twitter):@@kinoue_guntai

配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2025「木の上の軍隊」製作委員会
企画協力:こまつ座
制作プロダクション:キリシマ一九四五 PROJECT9
後援:沖縄県 特別協力:伊江村
製作幹事・配給:ハピネットファントム・スタジオ

 

 
 
 
 
 
 
 

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