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『夏の砂の上』

 
       

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作品データ
制作年・国 2025年 日本 
上映時間 1時間41分
原作 松田正隆(戯曲『夏の砂の上』)
監督 監督・脚本:玉田真也 音楽:原摩利彦
出演 オダギリジョー、髙石あかり、松たか子、森山直太朗、高橋文哉、篠原ゆき子、満島ひかり、斎藤陽一郎、浅井浩介、花瀬琴音、光石研他
公開日、上映劇場 2025年7月4日(金)~TOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ二条、T・ジョイ京都、OSシネマズミント神戸ほか全国ロードショー

 

~乾いた心と心がゆっくりと近づいては離れ…そこにひとすじの光を刻印する~

 

じりじりと強い日差しが人やアスファルトの道を焼き、蝉のやかましいまでの大合唱に包まれる、そういう季節がやって来る。年々暑さを増す夏はとても過ごしやすいとは言えず、近ごろは嫌われものになっているが、夏が終わった時、私は何か大切なものを置き忘れてしまったように感じ、胸の奥がつんとする。振り返ってみて、そこに何があったのか、何と出会ったのかを確かめてみたくなる。それと同じ感触がこの映画にも。

 
natsusuna-500-1.jpg舞台は夏の長崎。雨が降らず、乾ききった街の熱気が画面からこちらに向かってくるよう。ひとりの男が坂道を上がってくる。どこか疲れ、投げやりな表情を見せる治(オダギリジョー)だ。幼い息子を失ったという不幸が彼から働く意欲も生気も奪い取ったようで、そんな彼に見切りをつけた妻の恵子(松たか子)は家を出て行った。そんな治のもとに予想外の変化が訪れる。妹の阿佐子(満島ひかり)が突然やって来て、イイ仕事があるので博多へ行くから、娘の優子(髙石あかり)を預かってほしいと言う。追い出すこともできず、17歳になる姪っ子とのふたり暮らしを始める治だった。

 
natsusuna-500-3.jpgオダギリジョーの哀しいような、諦めを含んだような、それでいて飄々とした表情がこの物語にあまりにフィットしているなと思った。思春期にある優子との慣れない暮らしのなか、治が天体望遠鏡を取り出して優子に見せてやる場面がいい。他人との距離の取り方が不器用な治の、人知れぬ優しさがにじみ出ている。治は息子を失い、妻の心も失い、そして映画の最後にはもう一人、彼から去ってゆくのだが、それでも彼の人生は続いていく。「それでも人生は続いていく」とはこの作品のテーマでもあるのだが、なんて残酷で、しかしそれでもなんて奥深い意味を持っていることだろうか。治の家は坂道のそばにあり、彼は幾度なくこの坂を上り下りする。世間の中へと下りて行っては、また自分の世界へと上ってくる。その場所から飛び出さない限り、階段を上り下りするというこの動作もまた続いていくのだろう。そう思いながら見るラストシーンは、ある種の切なさを伴って迫ってくる。

 
natsusuna-500-6.jpg配役がなかなかいいなと思うのだが、優子を演じた髙石あかりは、NHKの2025年後半期の朝ドラのヒロイン役に抜擢されているという。無表情の中に、秘めた“渇き”を感じさせて印象に残る。ちなみに本作は松田正隆の戯曲をもとにしたもの。平田オリザほか多くの演劇人によって何度も舞台化され、玉田真也監督も自身の劇団「玉田企画」で上演を果たしている。この原稿を書いている間に、第27回上海国際映画祭で審査員特別賞に輝いたという嬉しいニュースが飛び込んできた。いま観るべき珠玉の一作。


(宮田 彩未)

公式サイト: https://natsunosunanoue-movie.asmik-ace.co.jp/

公式 X:@natsusuna_movie   #映画夏の砂の上

配給:アスミック・エース

© 2025 映画『夏の砂の上』製作委員会

 

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