原題 | Harbin |
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制作年・国 | 2024年 韓国 |
上映時間 | 1時間54分 |
監督 | 監督: ウ・ミンホ(『KCIA 南山の部長たち』『インサイダーズ/内部者たち』) 脚本:キム・キョンチャン、ウ・ミンホ 撮影:ホン・ギョンピョ(『ベイビー・ブローカー』、『パラサイト 半地下の家族』) |
出演 | ヒョンビン(『コンフィデンシャル:国際共助捜査』「愛の不時着」)、パク・ジョンミン(『密輸 1970』『ただ悪より救いたまえ』)、イ・ドンウク(「トッケビ ~君がくれた愛しい日々~」「殺し屋たちの店」)、リリー・フランキー(『万引き家族』『コットンテール』) |
公開日、上映劇場 | 2025年7月4日(金)~新宿ピカデリー、kino cinema心斎橋、大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX(堺、八尾、京都、あまがさき)、kino cinema神戸国際、ほか全国公開 |
~伊藤博文暗殺事件を直視した重厚な歴史サスペンス~
あの惨たらしい戦争(第2次世界大戦)が終わって今年が80年の節目です。一方、お隣の韓国と北朝鮮では、1910年以降、35年間も続いた日本の植民地支配から解放されて80年に当たります。その植民地化の決定打となったのが、1909年10月26日、満州(中国東北部)のハルビン駅での初代韓国統監・伊藤博文元首相の暗殺でした。韓国映画の本作は実行犯のアン・ジュングン(安重根)に焦点を当て、この歴史的大事件をコリアン側からじっくり見据えています。
まずは歴史的な説明を――。日露戦争(1904~1905年)に勝利した日本は、欧米列強の帝国主義を踏襲して東アジアに勢力を伸ばそうとします。その足掛かりとなった朝鮮半島の支配を盤石にするため、1905年11月、大韓帝国と第2次日韓協約を結び、半ば植民地状態の「保護国」にし、統治機関として韓国統監府を設置しました。蛇足ですが、日本の朝鮮半島支配は、大英帝国(イギリス)のアイルランド支配を模範としていました。
映画の冒頭で、このことが説明文で記されています。これを機に反日独立運動が本格的になり、中でもロシアの港湾都市ウラジオストクを拠点とする義兵組織「大韓義軍」の動きが顕著になってきました。その中心的なメンバーが参謀中将のアン・ジュングンだったのです。
暗殺の前年(1908年)に「シナ山の戦い」という日本軍との戦闘があったんですね。ぼくは全く知らなかった。アン・ジュングン率いる大韓義軍は劣勢ながらも果敢に闘い、日本軍を打ち負かしました。しかしその時、アン・ジュングンが人道的立場から捕虜にした森辰雄少佐ら日本兵を逃したことが、後に「負のブーメラン」となって大韓義軍に大打撃を与えることになったのです。
映画は、この戦いから始まります。ロシア領内のアジトでアン・ジュングン(ヒョンビン)の判断ミスを責める同志との間で渦巻く強烈な不協和音。この会合のシーンは見ごたえがありました。薄暗い殺伐とした一室で、窓の隙間から薄っすらと差し込む光が何とも意味深。プレスシートによれば、イタリアの天才画家カラヴァッジョの絵画を模したらしいです。
その後、アン・ジュングンらは、敵国・日本の象徴と見なす伊藤博文(リリー・フランキー)の暗殺を立案。日本が満州をめぐって揉めていたロシアと交渉するため、伊藤が旅順⇒大連⇒奉天⇒長春を経て、鉄路でハルビン(当時、ロシア領)へ向かう情報をキャッチし、にわかにアクションを起こします。彼らに協力するウラジオストクの新聞社、コン夫人(チョン・ヨビン)という謎めいた朝鮮人女性が暗躍し、スパイ映画さながらの展開になってきます。面白い……。
日本側も大韓義軍の不穏な動きを察知し、首謀者のアン・ジュングン探しに躍起になります。とりわけ森少佐(パク・フン)の異常なほどの執拗さが際立っています。自分の命を助けてもらった「恩人」なのに、仇で返したことへの負い目があるだけに、軍の命令とはいえ、何とも複雑な心境だったのでしょう。この2人の関係性が重い脇筋になっています。
そのうち大韓義軍の中で自分たちの動きが日本側に筒抜けになっていることがわかってきます。仲間に裏切り者がいる! 密偵はだれか? いよいよサスペンス色が濃厚になってきます。この手の映画では定石的な設定ですが、それが絶妙のスパイスになっていました。こういう展開、ハラハラしますね。
キャスティングが素晴らしかった。大ヒットドラマ『愛の不時着』(2019年)でブレイクしたヒョンビンがアン・ジュングンに成り切っていました。「死んだ同志の代わりに生き残って闘うんだ。日本からの独立のために!」。揺るぎない信念を貫く姿をシブく、かつ熱く演じていましたね。他にもパク・ジョンミン、チョ・ウジン、チョ・ウソンといった実力派の俳優が脇を固め、映画を不動のものにしています。
韓国映画初出演のリリー・フランキーが老獪な伊藤博文役を好演していたのには驚かされました。上目線で朝鮮人を見下す日本の統治者の傲慢さ+嫌らしさを滲み出させていましたから。この人、飄々とした役どころが十八番なのに、こんな歴史的人物を演じこなすとは……、お見それしました。
凍結した碧々しい大河、酷寒での激戦場、広大な砂漠、うら寂しい街……。どのシーンも光と影のコントラストが絶妙でした。中でも茶色っぽくくすんだ映像で覆った列車内でのシークエンスが秀逸。アン・ジュングンらが日本兵に見つかり、逃亡へと至るアクションは、007シリーズ『ロシアより愛をこめて』(1963年)のボンドと殺し屋のそれと匹敵していたように思えました。
ウ・ミンホ監督は、朴正煕(パク・チョンヒ)大統領暗殺事件の背景に迫った『KCIA南山の部長たち』(2019年)と同じ暗殺モノを撮っているだけに、全くブレのない重厚感のある映像を作り上げました。それと全編を包み込む陰鬱で抑圧的な映像が、日本の過酷な支配を投影しており、映画のトーンを決定づけていました。
暗殺計画が二転三転していたこと、大韓義軍と日本側に次々と起きる予期せぬ事態、そして謀略と裏切り。知らなかった事実がいろいろわかり、歴史好きのぼくには極上の映画でした。暗殺に成功するも、それが日本側をいっそう硬化させ、やがて完全な植民地支配へと繋がっていったのが何とも忍びない……。
ともあれ、韓国(北朝鮮も)にとって、祖国の英雄と見なされているアン・ジュングンを真正面から捉えた作品だけに、当地で大ヒットしたのが頷けました。日本とも関わりの深い歴史的出来事なので、1人でも多くの人に本作を観てほしいと切に思いました。
武部 好伸(作家・エッセイスト)
配給:KADOKAWA、KADOKAWA Kプラス
提供:KADOKAWA Kプラス MOVIE WALKER PRESS KOREA
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