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『父と僕の終わらない歌』

 
       

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作品データ
制作年・国 2025年 日本 
上映時間 1時間34分
原作 『父と僕の終わらない歌』サイモン・マクダーモット著  浅倉卓弥 訳(ハーパーコリンズ・ジャパン)
監督 小泉徳宏(『線は、僕を描く』『ちはやぶる』シリーズ『タイヨウのうた』) 脚本:三嶋龍朗 小泉徳宏 撮影:柳田裕男 音楽:横山 克
出演 寺尾 聰  松坂桃李 佐藤栞里、副島 淳、大島美幸(森三中)、齋藤飛鳥、三宅裕司、石倉三郎 / 佐藤浩市(友情出演) / 松坂慶子
公開日、上映劇場 2025年5月23日(金)~TOHOシネマズ(梅田、なんば、二条、西宮OS)、T・ジョイ系、MOVIX系、イオンシネマ系 ほか全国公開

 

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~スタンダード曲で紡ぐ認知症の父親と息子の絆~

 

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日々、記憶を失っていく認知症は大きな社会問題になっているので、映画でも度々、題材として取り上げられていますね。アメリカ映画『アリスのままで』(2014年)、日本映画『長いお別れ』(2019年)、イギリス映画『ファーザー』(2020年)……、枚挙にいとまがありません。シリアスな内容だけに切り口が肝になりますが、本作は音楽を介している点がすごく新鮮に思えました。


実話の映画化です。2016年、イギリスでアルツハイマー型認知症の父親が80歳でCDデビューを果たしたことを息子がYOU TUBEでアップ、その動画が世界中で話題となりました。ぼくも観たことがあります。この話をベースに日本版として映画化されたのが本作です。


冒頭は横須賀市の海辺に面したプロムナードを爆走するアメ車。車に詳しい友人に訊くと、「オールズモビル・ダイナミック88ステーションワゴン」という今日ではレアなクラシックカーだそうです。名曲『スマイル』が流れるその車の助手席に一人息子の雄太を乗せ、75歳の父親、哲太が運転しています。

 

chichiboku-sub1.JPG目的地は雄太の幼なじみの結婚式会場。哲太が待ち合わせ時間を1時間も遅れたのに、悠然とアクセルを吹かしています。実はこのことが父親に認知症が発症している伏線になっているんです。披露宴で哲太が得意のボーカルを活かしてエルビス・プレスリーの『ラブ・ミー・テンダー』を披露し、新郎新婦を大いに喜ばせるのですが、その後、加速度的に物忘れがひどくなり、やがて病院でアルツハイマー型認知症と診断されます。


chichiboku-sub7.jpgさぁ、ここからが正念場。どんどん崩れていく父親をいかに息子と母親がサポートしていくか。家業は哲太が営む楽器店。雄太はしかし、音楽の道には進まず、実家を離れてイラストレーターとして生計を立てています。この息子が結構、気配りがあるというか、神経質というか、父親を心配しすぎるのですが、当の本人も母親もいたって楽天的に振る舞っています。このギャップがオモロイ!


chichiboku-sub4.jpg寺尾聡扮する哲太という人物、いつまでも「子供心」を持った、実に愛すべきおじいちゃんです。豪放磊落で、常にアドレナリンを出しっぱなし。かつてプロの歌手を夢見たというほど、音楽が好きで、とりわけジャズのスタンダードがお気に入りです。年齢的には「団塊の世代」の少し下ですが、ロックよりもジャズなんですね。主人公より5つ若いぼくもジャズをよく聴くので、この映画にどっぷりハマりました。


chichiboku-sub9.jpg寺尾聡がまさに適役でした。前述した『スマイル』と『ラブ・ミー・テンダー』の他にも、『ホワット・ナウ・マイ・ラブ』『ビヨンド・ザ・シー』『ヴォラーレ』を歌っています。みな有名なスタンダード曲です。さすが『ルビーの指輪』をヒットさせたお人だけに、歌唱力はバツグン、聴かせますわ。体の芯から声が出ていて、「音楽こそわが人生」という主人公をそのまま投影させていました。


chichiboku-sub3.JPG歌だけでなく、演技力もしっかり見せていました。記憶を失くしつつある人間の戸惑いや心の揺れを見事に表現していたと思います。なかでも息子との会話の「間合い」が秀逸でした。ボケているのか素面なのか、その微妙なところに重点を置いて演技していたらしいですね。だんだん偉大な父親、宇野重吉に顔も演技も似てきました。


徘徊を始めたり、いきなり攻撃的+暴力的になったりする父親を何とか繋ぎ留めておきたい。そう願う息子が、音楽好きの性(さが)をうまく利用し、生きる悦びを与えます。何と親孝行な息子だこと! 彼には親には言えない秘密があり、それが父子のわだかまりになっているという脇筋にも納得できました。


chichiboku-sub2.jpgその息子に扮した松坂桃李。いやぁ、好演していました。「父親に自分はどう思われているのか」。常にそのことを気にするデリケートな雄太をごく自然に演じており、このキャストも申し分なかったです。器用な俳優さんですが、器用貧乏にならないでくださいね。


母親役の松坂慶子もええ味を出していました。この人、齢を重ねるにつれ、ぽっちゃりした体型を活かし、気のええおばちゃんの役どころが似合ってきました。タイツ姿で話題になった『愛の水中花』の松坂慶子はどこにいったのでしょうか(笑)。あゝ、46年前です……。


chichiboku-sub8.jpg小泉徳宏監督は、眠るとその日のことを忘れてしまう前向性健忘の青年を主人公にした『ガチ☆ボーイ』(2008年)を撮った人です。記憶をなくすということに関心があるのでしょうかね。本作では、「好きの力」を武器にし、どんな厳しい状況に陥ろうとも、明るく前向きに生きていこうというメッセージを思いっきりぶつけていました。


クライマックスはライブシーンです。いきなりディーン・フジオカが登場し、びっくりさせられましたが、哲太と雄太が奏でるステージは何とも感動的なエンディングでした。そう、本作はゆめゆめ音楽映画ではありません。〈親子の絆〉を描いた家族ドラマです。笑顔で歌う父親の溌溂とした姿が忘れられません。


武部 好伸(作家・エッセイスト)

配給: ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

©2025「父と僕の終わらない歌」製作委員会

公式サイト: https://chichiboku.jp

公式X:https://x.com/chichiboku

公式YouTube:https://www.youtube.com/@SonyPicsEiga

ソニー・ピクチャーズ公式 X:https://x.com/SonyPicsEiga

 

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