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『バーラ先生の特別授業』

 
       

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作品データ
原題 Vaathi   
制作年・国 2023年 インド(タミル語)
上映時間 2時間14分
監督 監督・脚本:ヴェンキー・アトゥルーリ 製作:スーリヤデーヴァラ・ナーガ ほか 撮影:J・ユヴァラージ 音楽:G・V・プラカーシュ・クマール
出演 ダヌシュ (『クローゼットに閉じ込められた僕の奇想天外な旅』『グレイ・マン』『無職の大卒』)、サムユクタ、サムドラカニ(『RRR』)、タニケッラ・バラニ(『バーフバリ』シリーズ)、サーイ・クマール(『リシの旅路』)、ラージェーンドラン、ハリーシュ・ペーラディ(『囚人ディリ』)、スマント、〈特別出演〉バーラティラージャー
公開日、上映劇場 2025年4月11日(金)~新宿ピカデリー、なんばパークスシネマ、MOVIX堺、Kino cinema 神戸国際、アップリンク京都 ほか全国公開

 

〜インド発、学ぶことの喜びにあふれた一本〜

 

インドから、学ぶことの純粋な喜びと教育のあり方を世に問う作品が届いた。

1990年代初頭、経済の自由化・教育制度改革の波を受けて私立校偏重・公立校の形骸化が浮き彫りになっていた。富裕層に向けた教育産業が跋扈する一方で貧困層は家業や労働に駆り出され、教育格差は広がる一方。これらの時代背景をアニメーションで一気にわかりやすく見せる。そして、そんな状況を打開するため派遣されたのがバーラ先生(ダヌシュ)だった。

 
Vaathi-500-1.jpgバーラ先生の尽力で公立高校の学力はめざましい伸びを示すが、高い授業料を欲しいままにしていた私立学校協会が黙って見ているはずはなかった。教育を商売の道具としか考えていない協会長のティルパティ(サムドラカニ)はあらゆる手を使って妨害工作に出る。その顛末を当時バーラ先生と親交のあった人物の孫が紐解いてゆく筋立てだ。


Vaathi-500-7.jpg2時間14分というインド映画にしては短い尺のなかに、学園内のドラマはもちろん、社会ドラマありアクションありダンスありと盛りだくさん。なかでも最大の魅力は学ぶことの喜びにあふれていることだ。大人になってからの方が学びたい気持ちが膨らむのは教師や親からの圧力がなくなるからかもしれないが、学ぶ喜びを刺激してくれる水先案内人の存在があったなら、知的好奇心が目覚めるのに年齢は関係ない。バーラ先生の特別授業はもはや生徒たちにとって娯楽と同義である。その姿に学びの本質を見たような気がした。純粋な好奇心や欲求が生まれ、そこに手を伸ばすことの力強さがあった。自ら求めることこそが最大の原動力なのだ。


Vaathi-500-5.jpgしかし、ことはそう単純ではない。その根底に絶え間なく横たわる階級制度があるからだ。冒頭に書いた貧困問題だけでなく、持たざる者は親やその上の世代からの刷り込みからくる諦観で行動しようという気概を奪われ、持つ者はその感覚を疑いもせず特権を振りかざす。そのときのバーラ先生の生徒たちへの対応がとても鮮やかだ。誰かに何かを伝えようとしても伝わらないとき、言葉を重ねてもあまり意味はない。言葉が伝わらないのではなく体感が伝わらないからだ。それをまるで魔法のようにわからせる忘れられないシーンだ。


Vaathi-500-2.jpg本作はフィクションだがバーラ先生にはモデルがいる。ランガイヤ・カデルラ氏である。教育の行き届かない僻地の公立校を改善に導いた13年にわたる尽力が認められ、インド政府から国家教師賞を授与された人物だ。小学校から高校へ舞台を移しているが、演じたダヌシュの真っ直ぐなキャラクターが得も言われぬ魅力を与えている。そして敵対勢力の親玉として憎々しさを体現したサムドラカニは『RRR』(2021)や『ハヌ・マン』(2024)など日本でもおなじみの顔。実生活は役とは逆に無償教育の普及などの社会奉仕活動に携わっているという。


Vaathi-500-9.jpg舞台となったのはタミル語とテルグ語圏の州境に当たる地域で、本作は二言語同時公開を実現している。内容も実情に合わせて細部まで考証が行われた。こんなところにもヴェンキー・アトゥルウーリ監督以下キャスト・スタッフの本作に傾ける情熱が感じられる。また、社会的弱者に対する視野の広さも魅力。例えばフレームの端、見切れそうなところにたまたま映った人物の存在にも慈しみの眼差しを向けるような視点があり、物語の帰着が語り手に戻らず最後まで社会にスポットを当てているところにも表れている。


Vaathi-500-4.jpg最後に音楽監督プラカーシュ・クマールにもふれておきたい。本作はアクションこそインド映画らしいが、音楽とダンスの部分に派手な演出がされていない。裏を返せばそのくらい自然に物語と溶け合っているということ。クマール氏の過去作に『神様がくれた娘』(2011)を見つけ、音楽に詳しくはないが10年以上前に聴いたオープニングテーマが頭の中で流れた。これも人間を深く描いた作品だった。クマール氏が作る音楽の世界にもぜひ注目して観て欲しい。


(山口 順子)

公式サイト:https://spaceboxjapan.jp/balasensei/

配給:SPACEBOX

©Fortune Four Cinemas ©Sithara Entertainments ©Srikara Studios

 
 

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