原題 | Straume |
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制作年・国 | 2024年 ラトビア・フランス・ベルギー合作 |
上映時間 | 1時間25分 |
監督 | 監督・脚本・編集・音楽:ギンツ・ジルバロディス 共同脚本:マティス・カジャ アニメーション監督:レオ・シリー・ペリシエ |
公開日、上映劇場 | 2025年3月14日(金)~TOHOシネマズ(梅田、なんば、二条、西宮OS他)、kino cinema 神戸国際、ほか全国公開 |
受賞歴 | 第82回 ゴールデングローブ賞(2025年)最優秀長編アニメーション映画賞受賞。第97回アカデミー賞(2025年)長編アニメーション映画賞受賞。 |
セリフなしナレーションなし、
映像と音響だけで綴る85分のアニメ映画
ラトビアからフレッシュで新しいアニメが届いた。こんな表現方法があったとは!
ギンツ・ジルバロディス監督が脚本・音楽も手がけた本作は、セリフなし、ナレーションなし、それでいて85分の長編というから驚かずにはいられないが、『ピノキオ』のギレルモ・デル・トロ監督も絶賛、各国の映画祭で高い評価を得た。
前作の『away』(2019)は描き込みの少ない人物造形と場面転換の仕方からゲームを連想する人が多かったようだが、本作はセリフもナレーションもないという共通点を除けばかなり作風がちがって見えた。キャラクター造形も表情も豊かになり、動きは活き活きとして実写に近い印象だ。そして被写体は動植物と水と自然だけなのに驚くほど様々なことが伝わってくる。1歳前後の乳幼児に観せても伝わるものがあるのではないだろうか。含意はともかく大筋は園児くらいから理解できるはず。
まず映像全体の美しさと世界観に瞬時に引き込まれる。エキゾチックな建造物や街並みもさることながら、光と影のコントラストや水の表現の豊かさに注目してほしい。水鏡に始まり、泳ぐ魚の群れときらめく魚影、水鳥が掠めて波立つ川面。水中から仰ぎ見る上空のショットは夢を見ているような幸福感に包まれる。色もその時々で移り変わり、うろこの色、透明なせせらぎ、日の光を浴びて輝くエメラルドグリーンは忘れられない。魚が跳ねると一瞬にして水が濁るのも知っている。水深が深くなるにつれて移ろう色調とたぷたぷと絶えずたゆたう水面。ジルバロディス監督がセリフを使わない理由は”体験して欲しい”からだそうだが、本当に体験と体感がつまっている。
そして最大の魅力は”ノアの方舟”のように廃船に集う動物たちの姿だ。そこでは定点カメラで撮影したなら何十時間か何週間か、もっと長い期間をかけないと観ることのできない姿がふんだんに観られる。眼を見開いたり、細めたり、縦になったり。まさにくるくる変わる黒猫の目によって感情まで伝わってくるよう。耳は尖ったり萎れたり軟骨の感触まで想像できそうなしなやかさで、それぞれの動物特有の生態によって見せる動きが愛くるしい。私の一番のお気に入りはカピバラ。初登場シーンで心を奪われてしまった。まるで動物たちの暮らしを盗み見たような気分になる。行動はあくまで動物の範疇を超えず、擬人化がないところが良い。
また、もしかしたら『away』と通底するのかもしれないが、あるシーンを観て、すべての物体は素粒子からできているということを思い出した。動物も人間と同じように群れをなし共同体をつくる。安全性の確保など合理的な理由はあるものの、掟を破れば排斥される。その上であえて群れに属するわけだが、最終的には”個”で生きているんだと痛烈に感じさせるシーンだった。
無声映画は古い実写のものや短いアニメーションなどわずかながら観たことがあるけれど、今までにない鑑賞体験だった。言葉にしないとわからないと言うけれど、言葉がなくても伝わることがこんなにあるんだと新鮮だった。ジルバロディス監督は言う。「映像の方が(言葉より)正確」なのだと。そして(結末について)「答えを与える気はありません」とも。この作品が表現していることのひとつは、その表現方法そのもの、つまり、国、言語、年齢、属性問わず鑑賞できるということではないだろうか。セリフがないということは限定しないということ、答えを提示しないことも含めてそこに限りない自由さを感じた。静かな興奮が感じられるこの世界にぜひふれてみてほしい。
(山口 順子)
公式サイト:https://flow-movie.com/
配給:ファインフィルムズ
©Dream Well Studio, Sacrebleu Productions & Take Five.