映画レビュー最新注目映画レビューを、いち早くお届けします。

『あの歌を憶えている』

 
       

memory-550.jpg

       
作品データ
原題 MEMORY 
制作年・国 2023年 アメリカ・メキシコ 
上映時間 1時間43分
監督 監督・脚本:ミシェル・フランコ『ニューオーダー』『或る終焉』
出演 ジェシカ・チャステイン『女神の見えざる手』、ピーター・サースガード『17歳の肖像』、メリット・ウェヴァー、ブルック・ティンバー、エルシー・フィッシャー『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』、ジェシカ・ハーパー『サスペリア』ほか
公開日、上映劇場 2025年2月21日(金)~新宿ピカデリー、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、テアトル梅田、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、アップリンク京都、kino cinéma神戸国際、MOVIXあまがさき ほか全国公開
受賞歴 第80回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門 男優賞受賞(ピーター・サースガード)

 

〜記憶という名の影をめぐる男女の物語〜

 

イギリスのロックバンド、プロコル・ハルムの世界的ヒット曲「青い影」を大胆に取り入れ、性的虐待(映像描写はない)、機能不全家族、若年性認知症などの問題とそれを取り巻く家族やコミュニティを描いた。ひとつの楽曲をメインテーマにした名画は数々あるが、そこに名を連ねる名作の誕生だ。

 
memory-500-2.jpgシングルマザーのシルヴィア(ジェシカ・チャステイン)は妹オリヴィア(メリット・ウェヴァー)の助けを借りながら、一人娘のアナ(ブルック・ティンバー)を育てている。ソーシャルワーカーとして働く傍ら断酒会に参加し十代の頃のアルコールに依存した生活からも脱却していた。そんなある日、渋々参加した同窓会がきっかけで若年性認知症のソール(ピーター・サースガード)と出会い、ヘルパーとして関わるようになる。凪のような生活にソールが現れたことで、シルヴィアの抱えるもうひとつの問題が浮き彫りになってゆく。

 
memory-500-1.jpg記憶できないとはどういう感覚なのだろうか。ソールの場合、古い記憶は鮮明だが新しい記憶が蓄積されない。その象徴として登場するのが映画を観るシーンだ。トイレに立ったシルヴィアが戻ってきて何気なく「どうなった?」と聞くと肩をすくめるソール。情報と情報を繋げて組み立てることができないためストーリーの進行が理解できないのだ。そしてまた別の日に映画を観るシーンでは二人の様子が変わっている。よりくだけた姿勢になり映画に集中しているシルヴィアと言葉にならない思いがあふれるソール。観ても理解できないものを一緒に観ることにはすでに意味があるが、親しくなっていくことで気持ちを共有できない寂しさが生まれたのだろうか。映画を観るという行為によって関係性の変化や心情が細やかに表現されている。


memory-500-4.jpgミシェル・フランコ監督は俳優の裁量に任せる方針を取ったそうで、ピーターはとくに認知症について多くを学んだという。そしてジェシカもまた、メイクやスタイリングを自ら行いシルヴィアというキャラクターを自分のものにしていった。そのアプローチが功を奏し、とても豊かなシーンが生まれた。


また、フランコ監督は母娘関係についても鋭い視点を持っている。前作『母という名の女』(2018)でも今作と同様に母親と二人の娘という関係を描いているが、有り得ないような劇的な設定にも現実味を与える手腕はみごとだ。本作でもそれが、いかんなく発揮されている。


memory-500-5.jpgいつしかシルヴィアとソールの間に分かちがたい結びつきが生まれる。けれども、困難を抱えた二人が一緒にいることに周囲の目は厳しい。重苦しい空気のなかでアナを演じたブルック・ティンバーの素直さと明るさが大きな存在感を見せた。導くのは大人の仕事で、子どもは与えられる立場だと思い込んでしまいがちだけれど、信じることの強さを思い出させてくれた。アナこそがこの物語の希望であり灯なのだ。


memory-500-3.jpgそして、何と言っても重要なファクターは「青い影」の抒情的なメロディ。誰もが一度はどこかで聞いたことがあるのではないだろうか。幸せな思い出があふれるときも、古傷が疼くときも、どくどくと血を流すように胸が痛むときも、パイプオルガン(ハモンドオルガン)の音色が心のひだに染み渡ってゆく。過去の記憶が鮮明であるというだけでなく、ソールにとってこのメロディは確かな感情と結びついている自らの実存の証なのだろう。彼らの痛みをすべて理解することは難しく、簡単にわかるという言葉はかけられないが、言葉の代わりにやさしい旋律が全身を包み込んでくれる。本作を観て温かい気持ちになる人もいれば、つらい気持ちになる人もいるかもしれない。そんな時はせめて「青い影」が優しく響いてほしい。そして、誰もがそんな特別な一曲をみつけられたらと思う。


(山口 順子)

公式サイト:https://www.memory-movie-jp.com

配給:セテラ・インターナショナル 

© DONDE QUEMA EL SOL S.A.P.I. DE C.V. 2023 

カテゴリ

月別 アーカイブ