原題 | 『THE BRUTALIST』 |
---|---|
制作年・国 | 2024年/アメリカ、イギリス、ハンガリー/英語、ハンガリー語、イタリア語、ヘブライ語、イディッシュ語 |
上映時間 | 3時間35分(インターミッション15分を含む) R15+ |
監督 | 監督・共同脚本・製作:ブラディ・コーベット/共同脚本:モナ・ファストヴォールド |
出演 | エイドリアン・ブロディ フェリシティ・ジョーンズ ガイ・ピアース ジョー・アルウィン ラフィー・キャシディ |
公開日、上映劇場 | 2025年2月21日(金)~TOHOシネマズ(梅田、なんば、二条、西宮OS)、kino cinema 心斎橋、T・ジョイ京都、MOVIX京都、京都シネマ、シネ・リーブル神戸、MOVIXあまがさき ほか全国公開 |
~アメリカへ移民したユダヤ人建築家の光と影~
ブルータリズム(Brutalism)ってご存知ですか? ぼくは全く知らなかったです。Wikipediaにはこう記されています。「材料、構造、機能などをそのまま表した即物的なデザインを特徴とする建築様式」。つまりコンクリートやレンガなどをむき出しにした粗野な建物ですね。
本作のタイトル「ブルータリスト(Brutalist)」は建築とは関係がなく、「残虐」「非道」という意味ですが、明らかに「ブルータリズム」と掛け合わせているように思います。それはこの建築様式を貫いた主人公の建築家ラースロー・トートに降りかかった過酷な運命を暗示しているように感じられるからです。
ラースローはユダヤ系ハンガリー人で、戦前、ドイツのワイマールに設立された自由奔放なデザインと建築の教育機関「バウハウス」で学び、ブダペストで数々の名建築を手がけた人でした。ところが第2次世界大戦が始まるや、ナチス・ドイツによるホロコースト(大量虐殺)の対象となります。
何とか生き延び、新天地のアメリカへ逃れてきましたが、妻エルジェーベト(フェリシティ・ジョーンズ)と姪ジョーフィア(ラフィー・キャシディ)とは生き別れになったので、単身での渡航。そして家具屋を営む従兄弟を頼り、ペンシルベニアへたどり着き、そこからドラマが始まります。
主演はエイドリアン・ブロディ。両親ともにユダヤ系で、母親はハンガリー動乱(1956年)の時にアメリカへ亡命しています。だからユダヤ人の役どころが多いですね。一番印象的なのは、ナチス支配下のポーランドを舞台にしたロマン・ポランスキー監督の代表作『戦場のピアニスト』(2002年)での熱演。ユダヤ人の名ピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマンに扮し、アカデミー賞主演男優賞を受賞しました。
本作ではハンガリー語とハンガリー語訛りの英語を喋り、『戦場のピアニスト』と比肩しうる渾身の演技を披露しています。主人公は言い知れぬ辛い過去を背負っており、そのため常に陰鬱な空気を体から放っているようで、憂いを帯びた表情が忘れ難いです。
戦前は裕福だったのに、渡米した時には一文無し。ヨーロッパでは有名人であっても、アメリカでは全く無名の貧しいユダヤ人。現実は厳しい。大きな希望を抱いていただけに、失望も大きかった。
そんな彼に手を差し伸べたのが、地元の有力な実業家ハリソン・ヴァン・ビューレン(ガイ・ピアース)。名前からしてオランダ系ですね。典型的なWASP(白人、アングロサクソン系、プロテスタントの人たち)。アメリカ社会の支配階級ともいえ、トランプ大統領もそう。今、生きていたら、熱烈なトランプ支持者になっているような人物です。
この実業家がラースローの建築家としての才能を知り、丘の上に最愛の母親を称える建造物の設計を依頼し、そこから物語に俄然、熱が帯びてきます。本人はやる気満々。しかしブルータリズムの建築をめざそうとするも、「金がかかりすぎる」と横やりが入り、思うようにいかない。とことん合理主義の国なんですね、アメリカは……。
ハリソンはラースローに理解を示すものの、移り気でコロコロ方向性が変わり、トラブルがあると、激高するという複雑な人物で、捉えどころがないです。そこには新参者のユダヤ人移民への差別意識が根づいていたのかもしれません。一家の動向を見るにつけ、WASPの慇懃さ、傲慢さ、欺瞞性があぶり出され、何となく今のトランプ政権と重なって見えました。
10年後、渡米してきた妻と姪との再会でラースローは活力を得ますが、なかなか丘の上の建造が終わりません。才能を発揮させると、批判の対象になるという悪循環のくり返し。そこにアメリカン・ドリームの儚さを感じさせられました。ユダヤ人はアメリカの経済・金融界を牛耳っていますが、それはしかし、ほんの一部の者なんですね。
妻エルジェーベトの存在がにわかに大きくなってきます。強制収容所での栄養不良から骨粗鬆症になり、車イス生活になった彼女が夫に与えるエネルギーの凄さ! 終盤、ハリソン一家に対して起こしたアクションがそれを物語っていました。だから、ある意味、夫婦の物語ともいえます。
強制収容所で心に深い傷を負い、緘黙症となった姪ジョーフィアも芯のある女性です。アメリカには自分たちの居場所がないと悟り、一念発起して建国されたイスラエルへ移住するのですから。自身のアイデンティティーに目覚め、シオニズム(ユダヤ人の祖国復帰運動)を実践したのでしょうが、ぼくにはアメリカを見限ったように思えました。
ラースローが造り続けた無機質なブルータリズムの建造物。それは彼の乾き切った心象風景なのでしょうか。アメリカへの期待が裏切られ、積もり積もった寂寥感の表れ……。コンクリートの壁から慟哭が聞こえてきそう。あるいは強制収容所のおぞましい記憶を具現化したものかもしれません。中央に安置されたイタリア産の巨大な大理石は〈建築家魂〉の象徴のようにも思えました。あの建物にはいろんな意味が含まれており、いかなる解釈もできそうです。
脚本も書いたブラディ・コーベット監督は建築について徹底的に調べたようですね。主人公のモデルは、よく似た体験をしたハンガリー出身のユダヤ人建築家マルセル・ブロイヤー(1902~81年)らしいです。なぜ実在したこの人物ではなく、架空の人物にしたのか……、その真意を知りたいです。
本作はユダヤ移民の30年間にわたる光と影を、〈建築〉という視点で見据えた、長尺のヒューマンドラマ。あとでジーンと胸に響く、そんな映画でした。
武部 好伸(作家・エッセイスト)
公式サイト:https://www.universalpictures.jp/micro/the-brutalist
配給:パルコ
© DOYLESTOWN DESIGNS LIMITED 2024. ALL RIGHTS RESERVES © Universal Pictures