原題 | 原題:A COMPLETE UNKNOWN |
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制作年・国 | 2024年 アメリカ |
上映時間 | 2時間20分 |
監督 | 監督:ジェームズ・マンゴールド(『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』『フォード vs フェラーリ』) 脚本:ジェームズ・マンゴールド ジェイ・コックス 撮影:フェドン・パパマイケル |
出演 | ティモシー・シャラメ、エドワード・ノートン、エル・ファニング、モニカ・バルバロ、ボイド・ホルブルック、ダン・フォグラー、ノーバート・レオ・バッツ、スクート・マクネイリー |
公開日、上映劇場 | 2025年2月28日(金)~大阪ステーションシティシネマ、T・ジョイ梅田、なんばパークスシネマ、TOHOシネマズ(梅田、なんば、二条、西宮OS)、MOVIX京都、OSシネマズミント神戸 ほか全国公開 |
~激動の時代を駆け抜けた若きボブ・ディランの実像~
満員の観衆が見守る大阪城ホールのステージに現れた痩せ気味の中年男。普通なら「ハロー」と笑顔で挨拶するのに、いきなりギターをかき鳴らして歌い始め、終わると、「サンキュー」と小声で呟き、すぐに次の曲を演奏。ずっとこの繰り返し。外人ミュージシャンが日本語でよく言う「こんばんは。大阪が好っきやねん」といったおべっかはもちろんのこと、MCは一切なし。こんな不愛想なミュージシャンを見たことがなかったです。
それがボブ・ディランでした。本名はロバート・アレン・ジマーマン。ユダヤ系です。大好きな詩人ディラン・トーマスにあやかり、ディランに改名したそうです。ぼくが聴いたコンサートは31年前の1994年2月12日。当時、ディランは53歳。ベテランのミュージシャンなのに、ステージを盛り上げることにはさらさら関心がないみたい。確かアンコールにも応じなかったと記憶しています。「ヘンコなおっさん」。その時、ぼくがディランに付けたあだ名です。
元々、ロック、ジャズ、ブルースが好きなので、フォーク系のディランにはあまり興味をそそられず、アルバムは2枚しか持っていません。歌手として初のノーベル文学賞受賞者(2016年)とはいえ、あのコンサートでの良くない印象と重なり、ディランの実像に迫ったこの映画もさほど期待していなかったんですが、それが想定外に感動してしまった!
なぜか? それは主演ティモシー・シャメラの超熱演に魅了されたからです。5年間、ボイス・トレーニングとギター+ハーモニカの特訓を積み、ボブ・ディランその人になり切っていました。顔立ちだけでなく、高音が映えるあの独特な声に限りなく近く、本人の若かりし頃に瓜ふたつ。同時録音していたというから、臨場感も半端ではなかったです。
映画は、1961年~65年の5年間に絞っています。ディランの20歳から25歳まで。まさに青春期ですね。故郷のミネソタからヒッチハイクでニューヨークへ出て、ニュージャージーの病院に難病で入院している憧れのフォーク・シンガー、ウディ・ガスリー(スクート・マクネイリー)に会いに行くシーンから始まります。ガスリーは「フォークの神様」と言われた御仁です。
そこに居合わせたガスリーの親友、ピート・シーガー(エドワード・ノートン)と縁ができ、プロのミュージシャンとして歩んでいくのです。ホンマ、人生は縁の積み重ねですね。シーガーはフォーク・リバイバル運動のリーダーで、バンジョーの名手でした。ノートンと顔がよく似ていたので、びっくり! ノートンも自分でちゃんと弾いていましたね。
当時、東西冷戦の真っ最中。第3次世界大戦の危機が迫った「キューバ危機」、ケネディ大統領の暗殺、公民権運動の高揚……と社会が揺れ動いていました。その怒涛の流れの中で、題名に使われた「名もなき者」が音楽シーンを駆け上っていく姿がドラマチックに描かれています。何よりも時代の空気感が絶妙でした。
20代前半のディランも「ヘンコ」ですね。寡黙でいつも仏頂面、めったに笑顔を見せない。元来、そんなキャラなんですかね。正直、暗い男ですわ。しかし音楽的には常に前を向いており、同じサウンドに甘んじているのを極度に嫌い、また妥協するのを善しとしない。だから「音楽の神サン」がしょっちゅう舞い降りてくるのでしょう。ディランの創造力の豊かさには脱帽です。
キーパーソンは、前述したピート・シーガーの他に2人の女性がいます。1人は恋人のシルヴィ(エル・ファニング)。政治と芸術に関心のある才女で、ディランの精神的な部分をサポートします。もう1人は、女性フォーク・シンガーの草分け、ジョーン・バエズ(モニカ・バルバロ)。こちらはライバルでありながら、尊敬している音楽家。バルバロも自らギターを弾き語っており、素晴らしいボーカルを披露していました。
シルヴィとバエズ。この三角関係が脇筋になっていましたが、ディランがこんなにもマメとは思わなんだ(笑)。バエズの部屋のベッドで、ギターを弾きながら、名曲『風に吹かれて』を作曲している彼の傍で、バエズがコーラスを付けるシーンはたまらなく美しく、シビレました!
そうそう、シンガーソングライターのジョニー・キャッシュ(ボルド・ホルブルック)と文通をしていたとは知らなんだ。この人もディランの進取の気性に惚れ込み、背中を押し続けていたんですね。本作のジェームズ・マンゴールド監督が、キャッシュの半生を描いた『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(2005年)を撮っていたので、思いのほかこの人に焦点を当てていましたね。
クライマックスは、1965年7月25日のニューポート・フォーク・フェスティバル。ここでディランがフォーク界の常識を打ち破った演奏は今なお語り草になっています。それをいかに映像化したのか、ぼくはそこのところに注目していたのですが、見事なほどにそのステージを再現してくれました。ディランが熱唱した『ライク・ア・ローリングストーン』がとにかく最高でした!
この手の映画は生い立ちの部分を挿入するのが定石なんですが、あくまでも濃密な5年間に絞っていました。それでよかったと思います。ビシッと引き締まっていましたから。全編、流れるような映像で、本当に素晴らしい音楽映画に仕上げてくれ、満足、満足。久しぶりにディランのCDを流しながら、この原稿を書き上げました。
武部 好伸(作家・エッセイスト)
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配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
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