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『トラブル・ガール』

 
       

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作品データ
原題 小暁  
制作年・国 2023年 台湾
上映時間 1時間43分
監督 監督・脚本:ジン・ジアフア
出演 アイヴィー・チェン(『悲しみより、もっと悲しい物語』)、テレンス・ラウ、オードリー・リン(『アメリカから来た少女』)
公開日、上映劇場 2025年1月17日(金)~シネマート新宿、京都シネマ、1月25日(土)~Cinema神戸 ほか全国順次公開 公式サイト:
受賞歴 金馬奨 主演女優賞を史上最年少受賞

 

檻の中のフクロウと、目を逸らさず前を向く少女の眼差し

 

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主演のオードリー・リンが史上最年少で金馬奨の主演女優賞に輝いた本作は、注意欠如多動症(ADHD)の少女を取り巻く社会を映し取った。似たテーマを扱った作品ではドイツ映画『システム・クラッシャー』が記憶に新しいが、親の手を離れたあとを描いた『システム〜』に対し、本作ではその前段、家庭や学校、地域など狭いコミュニティ内での軋轢、葛藤を描く。この部分はなかなか可視化されず、周囲の理解や支援が得にくいことがよくわかる内容になっている。


小暁:シャオシャオ(オードリー・リン)は小学5年生。授業中というのに一心不乱にゲームをしている。周りの子も担任教師ポール(テレンス・ラウ)も意に介さず台風の警報が出ると一斉に散って行く。小暁は日課であるキティ(フクロウ)の飼育小屋へ行った帰りにポールを見かけ、出来心で後をつけると思わぬ事態が待っていた・・・。

 
原題の”小暁”は物語に登場する優等生の暁珊との対比になっている。暁珊が満点を取ったテストの問題に”暁”という字が入っており、ポールがそれに絡めて暁珊を褒めるシーンがある。カメラは居心地の悪そうな小暁の表情を捉える。叱らない教育を目指すポールのクラス運営はうまくいっているとは言えない。小暁の癇癪に対し仕返しをしなかった生徒にご褒美を与えるという方法もさることながら、ご褒美目当てに小暁をわざと怒らせる子がいることにも気づいていない。ジン・ジアファ監督はこのポールを通して、保護者対応も含めた教育現場の難しさを表現したという。

 
TroubleGirl-500-2.jpg子どもの世界はいつの時代も弱肉強食だ。小暁を度々からかう少年が登場するが、彼にも明らかに非があるのに除け者にされるのは小暁だけ。立ち回りの上手さで明暗が分かれる理不尽さを描きつつ、手を出してしまう小暁が処罰の対象となる。子どもたちの態度がその時々で変わるのは、その年代特有の不安定さの現れでもあり、表層だけを捉えたインクルーシブ教育ではカバーしきれない、そんな現実を映し出している。


TroubleGirl-500-3.jpg一方、”トラブルガール”であるはずの小暁が、この物語における良心に見えてくる面もある。弱さと強さが一体となりながら、目を逸らさずに前を向く姿に、来るものは拒まず去るものは追わずで上等!という心持ちを見た気がした。さまよっているのはむしろ母親の方だ。アイヴィー・チェンが演じたこの母親の造形もみごとで、最も象徴的なのは名前で呼ばれるシーンがないことだ。ピアノ教師として輝いた時期もあったが、子育てのコミュニティからも追いやられアイデンティティを失っていったことがわかる。小暁の物語として見えていたものが、母親も幼年期に親に甘えられなかったとわかると、二人の少女の物語に見えてくる。この母子は同じ苦しみ、すなわちありのままの自分を受け容れてもらえないジレンマを抱えている。


TroubleGirl-500-6.jpgしかし、小暁をどう見るかによって本作の印象は180°変わる。小暁は台風の夜、キティを檻から逃がそうとするが出て行こうとしない。檻の中が憐れだと思うのは人間の視点。喜んで羽ばたいていくと期待するのも勝手な想像でしかない。フクロウは檻の中だけど意思はあるにちがいない。そのあと彼女が取った行動も、彼女を弱者として見れば当てつけのように見えるが、一つの人格として見れば望まないことにNOを突きつけた自己主張と取れる。


TroubleGirl-500-4.jpgそして、その後の展開でジン・ジアファ監督がこれを少女の自立の物語として撮ったことがわかる。だからと言って、物語はこれを個人の努力に帰結させているわけではない。登場人物の誰もが何かしら間違いを犯し、そこに共感や同情を覚えもするが、どの人物にも完全に感情移入させないことで物語の本質を浮き彫りにしている。観た後のもやもやした気持ちはこの社会へのもやもやそのものなのだ。

 

(山口 順子)

公式サイト:こちら

配給:ライツキューブ

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