制作年・国 | 2024年 日本 |
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上映時間 | 1時間59分 |
監督 | 監督・脚本:安達もじり 共同脚本:川島天見 |
出演 | 富田望生、伊藤万理華、青木柚、山之内すず、渡辺真起子、麻生祐未、甲本雅裕 |
公開日、上映劇場 | 2024年1月17日(金)~テアトル梅田、第七藝術劇場、なんばパークスシネマ、シネ・ヌーヴォ、MOVIX京都、京都シネマ、出町座、kino cinéma神戸国際、シネ・リーブル神戸、元町映画館、109シネマズHAT神戸、MOVIXあまがさき、シネ・ピピア、塚口サンサン劇場 ほか全国順次公開 |
人の脆さに焦点を当てた、阪神・淡路大震災30年目の〈神戸の映画〉
あれから30年になるんですねぇ……。1995年1月17日午前5時46分に発生した阪神・淡路大震災。古巣新聞社の文化部記者だったぼくは長期連載班の一員として、連日、被災地で取材を続けていました。空襲に遭ったような惨状。今でもその情景が鮮明に浮かび上がってきます。半年後、とある事情で新聞社を辞め、フリーの物書き業へ転身しました。
だからこの震災はぼくにとって人生を激変させたトリガー(引き金)でした。当事者である被災者の方は今なお震災を引きずっており、生きる上で多大な影響を受けているでしょう。とりわけ精神的なダメージが強いのではないかと思われます。忘れもしない1月17日に公開される『港に灯がともる』は、そこのところに焦点を絞った〈神戸の映画〉です。
震災の翌月に生を授かった金子灯(あかり)は在日コリアンの3世。当然ながら、長田区の自宅が全壊したことを体験しておらず、また自身が在日であることにもあまり意識せずに生きてきました。復興住宅で両親と姉、弟の5人で暮らしてきましたが、何かと口うるさい父親(甲本雅裕)と母親(麻生祐未)の仲が悪くなり、父親が別居します。
自立心のある灯は家族のしがらみに耐えきれず、高校卒業後、神戸市内の工場に勤務し、寮生活を始めます。ところが次第に在日コリアンであることが首をもたげ始め、姉の提案による日本への帰化をめぐり心が揺らいできます。そんな時、在日意識をことさら強く持ち、震災による〈負の感情〉を払拭できない父親との確執が重なり、ついには双極性障害を発症してしまうのです。
双極性障害……。あまり聞き慣れない病名ですが、ネットで調べると、「躁状態と鬱状態を繰り返す病気で、20歳前後の人に多い」とありました。ストレスが主な原因なのでしょう。確かに彼女は孤独で焦燥感を抱き、常にいら立っており、時折り、ヒステリーのごとく感情を爆発させてしまいます。
そんな主人公に扮した富田望生(みう)の熱演に圧倒されました。冒頭、精神科医の診療を受けるシーン。涙を流し、心情を吐露する重みのある演技に見入ってしまった。完全に灯になりきっているのです。映画初主演。NHK朝の連続テレビ小説『ブギウギ』(2023年)で東北地方から出てきた娘役で注目していましたが、ここまで熱量のある演技を披露するとは!
灯の12年間の歩みを追っていくドラマの中で大きなウエートを占めているのが、前述した父親との絡みです。彼女にとって非常に「ウザイ」存在であるのに、どうにも気になって仕方がない。だから連絡を取るも、父親は自分の意見+主張を訴えるばかりで、娘の話を聞こうとはしません。いや、彼女を批判することもあり、必ず口論になってしまう。最悪です。
愛情の裏返しかもしれませんが、父親には在日であるがゆえの鬱屈した気持ちと阪神・淡路大震災による心的障害が通底しています。かなりの重症です。過去への逃避か、朝鮮半島から日本に来た実母の思い出話をしきりに口にするのです。前に向かって歩んでいこうとしている灯には、そんな父親が何とももどかしく思えるのでしょう。
もう1つ、彼女が就職した建築設計事務所のくだり。設計士の社長(山中崇)と波長が合い、精神的にも落ち着いてきます。社長が再興計画を立案している長田区の丸五市場と関わりができるのですが、そこは金子家と密接な場所だったのです。言わば、原風景。そのとき震災をわが身のこととして認識します。
本作はオリジナル作品です。この空気感……、どこかで体感したことがあるぞと思っていたら、震災25年目に制作されたNHKドラマ『心の傷を癒やすということ』(2020年)とその劇場版(2021年)とよく似ているのです。39歳で早逝した在日コリアンの精神科医、安克昌さんの活動をドラマ化したもの。主人公は柄本佑でしたね。
この作品の精神を受け継いだのが本作で、2023年、神戸に設立された映画製作拠点「ミナトスタジオ」の初作品です。『心の傷を~』はドクターの視線で被災した人たちを見据えていましたが、『港に灯がともる』は当事者そのものを描いています。
NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』(2011年)や『カムカムエヴリバディ』(2021年)などの演出を手がけた安達もじりが監督を務めています。灯をはじめ、すべての登場人物に寄り添い、実に温かい眼差しが映像から感じられました。「人が生きている匂いをちゃんと出したい。人が生きている姿を撮ろうということに頑張りたい」(プレスシートから)。それを見事に具現化していたと思います。
灯という名の思春期の女の子がいろんなことで思い悩み、自分を卑下し、社会と家族の中で苦悶しながらも、ゆっくり、ゆっくり成長していく。その姿を街の再生とリンクさせて描いています。だから、「港に灯がともる」というタイトルが付けられたのでしょうね。納得です。
ゆめゆめ人間はスーパーマンではありません。脆いです。ちょっとしたことでへこたれます。そういうところにスポットを当てた骨太な人間ドラマ。まさに阪神・淡路大震災30年目に作られるべくして作られた映画でした。
武部 好伸(作家・エッセイスト)
公式サイト:https://minatomo117.jp/
配給:太秦
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