制作年・国 | 2024年 日本 |
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上映時間 | 1時間55分 |
原作 | 染井為人(『正体』光文社文庫) |
監督 | 藤井道人(『ヴィレッジ』『ヤクザと家族 The Family』『新聞記者』) 脚本:小寺和久、藤井道人 撮影:山上智之 |
出演 | 横浜流星、吉岡里帆、森本慎太郎、山田杏奈/ 山田孝之 |
公開日、上映劇場 | 2024年11月29日(金)~大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、kino cinema 神戸国際、TOHOシネマズ西宮OS、ほかMOVIX系、イオンシネマ系、T・ジョイ系 ほか全国公開 |
~逃げて、逃げて、逃げまくり、やがて真実へ到達!~
妻殺しの罪で死刑囚となった小児科医の男性が警察の執拗な追跡をかわして逃げながら、真犯人を探し求める――。本作『正体』を観ていると、1960年代のアメリカの人気テレビドラマ『逃亡者』を彷彿とさせます。1993年にはハリソン・フォード主演で映画化もされましたね。ストーリー展開が非常によく似ているので、年配者ならぼくと同じように思ったはずです。
日本版の『逃亡者』と言ったら失礼ですが、この映画はよく出来ていました! 冒頭、いきなり拘置所から移送中の脱走シーン。かなり計画的なのに、それでいて大胆な手口です。豪雨の映像にすごく熱量が感じられ、一気に物語の世界へとのめり込ませられました。そしてこのあとがスリリングな逃亡+追走劇。藤井道人監督、〈ツカミ〉が巧いですなぁ。
数日後、鏑木慶一というこの青年が、長髪の暗いオーラをまき散らす男に変装して大阪で日雇い作業員として働いています。ぼくとは違って寡黙で、人と接近せず、非常に不気味です。最初のうちは凶悪犯かなと思っていたら、実は誠実で、心根の優しい人物であることがわかってきます。このキャラクターも『逃亡者』の主人公リチャード・キンブルにそっくり(笑)。
時折り、映像をフラッシュバックさせながら、実像を浮かび上がらせていきます。それは高校3年生のとき、一家惨殺事件の犯人として捕まり、死刑を言い渡されていたのです。つまり死刑囚。どうやら冤罪らしい。なぜそうなったのか? どんな捜査をしていたのか? 真犯人はどこにいるのか? 疑問符が次から次へと浮かんでくる辺り、まさにミステリーの醍醐味ですね。
潜伏先でじっとしていたらいいのに、何らかのトラブルに巻き込まれ、そのうち警察の手が伸びてきそうになると、すばやく立ち去り、別の土地で全く異なる〈顔〉に変えて社会に溶け込んでいきます。大阪の次は東京でフリーライター、その後、長野の介護施設で介護士……といった感じ。現実としてそう簡単に職に就けるものなんですかね、そこのところが「?」でしたが。
悲劇の主人公に扮した横浜流星が渾身の演技を披露していました。この人、2011年、国際青少年空手道選手権大会で優勝した実績がある格闘技の鬼! 身体能力がずば抜けて高いです。主演を張ったボクシング映画『春に散る』(2023年)では何とプロボクサーの資格を取ったというから、ホンマもんですわ。本作でもマンションのベランダから飛び降りるシーンを楽々とこなしていました。体を駆使する男優としては、西の岡田准一に対する、東の横浜流星ですね。
その脱走犯を追跡するのが山田孝之扮する又真征吾という刑事。狙った獲物を絶対に取り逃がさないチーターのような男、いや、しつこさから言えば、ハイエナかな。毅然とした表情で職務を全うする姿はプロフェッショナル丸出しで、カッコイイ。この俳優、どんな役どころでもきっちりこなします。安定感、バッチリです。
日雇い作業員の野々村和也(森本慎太郎)、出版社の女性社員、安藤沙耶香(吉岡里帆)、介護士の酒井舞(山田杏奈)……、鏑木と関わった人たちに又真が尋問していくと、みな脱走犯が善人であると主張し、想定外の人物像であることに吃驚します。
彼らと主人公との交流が大きな軸となり、追走劇に付加価値を与えています。とりわけ鏑木のライターとしての筆力を評価した沙耶香と同居するくだりは、ラブ・ロマンスさながらの雰囲気で、絶妙なスパイスになっていたと思います。イケメンと美女。やっぱり絵になりますね。
そうこうするうちに、脱走犯に対する刑事の見方が変わってくるところが本作の言わんとするテーマです。それが「冤罪」。58年もの歳月を経てようやく無罪を勝ち取った袴田事件がふと脳裏によぎりました。本作では、脇筋に「痴漢事件」を描くことでちゃんと伏線が用意されていました。
ジャーナリズムのあり方を問うた『新聞記者』(2019年)を撮った藤井監督だけに、単なるエンターテインメント作品には終わらせない。社会性を濃厚にはらませ、そこにミステリー&サスペンス色を被せ、一級の娯楽作に仕上げています。俳優の演技、ストーリー展開、テンポ、テーマ性。すべてが融合していました。
横浜流星の超ド級の熱演が光るラストシーン。それを観るだけでも十分、価値があります。文中、引き合いに出していたアメリカのドラマ『逃亡者』をはるかに凌駕していました。今年のベスト3に入るのは間違いなし!
武部 好伸(作家・エッセイスト)
配給:松竹
(C)2024 映画「正体」製作委員会
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