制作年・国 | 2024年 日本 |
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上映時間 | 2時間2分 |
原作 | 平野啓一郎(「本心」文春文庫 / コルク) |
監督 | 監督・脚本:石井裕也(『愛にイナズマ』『月』『舟を編む』) |
出演 | 池松壮亮 三吉彩花 水上恒司 仲野太賀 綾野剛 田中泯 妻夫木聡 田中裕子 |
公開日、上映劇場 | 2024年11月8日(金)~TOHOシネマズ 日比谷、TOHOシネマズ(梅田、なんば、二条、西宮OS)、他MOVIX系、イオンシネマ系、など全国ロードショー |
〜平野啓一郎原作・石井裕也監督による近未来ヒューマンミステリー〜
西暦2040年代、自由死と呼ばれる制度の運用が始まっていた。と同時にAIの発展はとどまるところを知らず、生身の人間が”リアルアバター”と呼ばれる逆転現象が起きていた。ウーバーイーツのように呼び出せばいつでもゴーグルとイヤフォンを装備した登録スタッフが指示された場所へ行き、リアルタイムで映像を届けながら顧客の要望に応える。しかし、良心的な客ばかりではなく次第に格差を助長する負の側面があらわれ始める。
平野啓一郎原作の映画化と言えば『ある男』(2022年石川慶監督、妻夫木聡主演)が記憶に新しい。平野氏の小説は重奏的な話運びが魅力だが、その分映画化へのハードルは高くなる。ましてや超高齢化社会、尊厳死、技術革新と人類との共棲という問題を孕んでいる。この難題に池松壮亮、妻夫木聡、仲野大賀ら石井組常連に加え名だたる名優が揃い踏みで挑んだ。
朔也(池松壮亮)は生まれてからずっと母、秋子(田中裕子)との二人暮らしだった。その母が「大事な話がある」と言ったきり豪雨の夜、川にのまれて死んでしまう。助けようと後を追った朔也は昏睡状態となり、目を覚ますと1年が経過、冒頭のような世界が広がっていた。さらには刑事から秋子が自由死の認可を受けていたと知らされる。混乱しながらも幼馴染の岸谷(水上恒司)のつてでリアルアバターの仕事をするうちVF(バーチャルフィギュア)の技術を知る。亡くした人を再現させるシステムだ。過去に交わした会話情報はもちろん、ネットの検索履歴や最新のニュースまで学習させるから、リアリティという言葉では足りないほどの臨場感だろう。VFの発注を決めた朔也は、より精密なデータを得るため秋子の元同僚、彩花(三吉彩花)に連絡を取る。そして朔也と彩花とVFの秋子との奇妙な共同生活が始まるのだった。
本作はとにかく情報量が多い。よくこの複雑な構造を2時間にまとめあげたものだが、脚本は100稿をこえたという。まるでSFの世界だ。しかし、小説が発表された2020年当時から時代は進み、今年Apple社のVision Proが日本でも発売された。本作のVFもこれを意識したデザインになっている。時代はVR(仮想現実)からAR(拡張現実)そしてMR(複合現実)へ。SFがフィクションの枠を越えて現実に追いついたのだ。ついていかないのは心の方だ。私などはやっとVRや3Dアニメに慣れたというところ。そんな技術の進歩とは裏腹に誰もが人の心を知りたがっている。しかし、求める本心のニュアンスは微妙に違うようで、それこそ”本心”から求める本心もあれば、知りたくない本心もあるのだろう。
また、VFを作る過程で実際の顔写真に補正技術を加えるという点が気になった。浸透した技術ではあるが改めて考えると怖い。楽しかった記憶なのに写真で見ると表情が乏しかったりすることはある。それはその笑顔はカメラに向けられたものではなく、一緒にいる相手に向けられたものだからだ。いかに技術が進んでも埋められない余白はある。いや、余白は余白として残しておきたい気がする。喪失はつらく苦しいが喪失そのものを覆い隠してしまったら記憶の箱庭から出てこられなくなるのでは?という怖さがあるのだ。しかし、心に形がないから人は器を求めるのかもしれない。
朔也の戸惑いや孤独、不安を池松氏はみごとに体現している。諦めも悟りも、いずれ到達するしかないゴールだとしても、わかったフリだけはできないという思いが全身からあふれている。そこには本作への並々ならぬ意気込みがあった。『ある男』を読んで感銘を受けた池松氏が、まだ書籍化される前の段階で石井監督に声をかけ本作の映画化に乗り出したという。池松氏だけでなく監督を含め関わった人の多くが作品を通して自らを振り返る契機となったようだ。
そして、これを観れば誰もがそう遠くない未来を想像してドキッとするはず。年齢を問わず誰しもの身に降りかかる問題だからだ。秋子の本心を探る反面、自分自身の本音は口に出せない朔也。本音と本心のちがいは口に出すか出さないかだが、言葉でなくとも態度や行動に表れるのもまた本心。作品全体を覆うどこか無機質で張り詰めた空気のなか、池松氏の生身の感覚がより際立つ。先進技術と情緒とのせめぎ合いのなかでAIの世界の中に人間の機微を浮かび上がらせ融合してみせたラストシーンの表現は素晴らしいの一言。
(山口 順子)
公式サイト:https://happinet-phantom.com/honshin/
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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