原題 | The Great Escaper |
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制作年・国 | 2023年 イギリス |
上映時間 | 1時間37分 |
監督 | 監督:オリバー・パーカー 脚本:ウィリアム・アイヴォリー 撮影:クリストファー・ロス |
出演 | マイケル・ケイン(『ハンナとその姉妹』『サイダーハウス・ルール』で2度のオスカー受賞)、グレンダ・ジャクソン(『恋する女たち』『ウィークエンド・ラブ』で2度のオスカー受賞)、ダニエル・ヴィタリス、ローラ・マーカス、ウィル・フレッチャー |
公開日、上映劇場 | 2024年10月11日(金)~大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズなんば、京都シネマ、OSシネマズミント神戸、TOHOシネマズ西宮OS 他全国ロードショー |
~人生の最晩年を演じた2人の名優による滋味深い妙技~
マイケル・ケインとグレンダ・ジャクソン――。若い人にはピンとこないと思うけれど、ぼくらの世代(今年、古稀を迎えました!)では、イギリス映画界の至宝ともいえる俳優です。ともに労働者階級出身のイングランド人で、役どころはほとんど典型的なイギリス人でした。
ケインは、ウディ・アレン監督のコメディ映画『ハンナとその姉妹』(1986年)とヒューマン・ドラマ『サイダーハウス・ルール』(1999年)でアカデミー賞助演男優賞を受賞。ジャクソンは、ケン・ラッセル監督の出世作『恋する女たち』(1969年)とラブ・コメディー『ウィークエンド・ラブ』(1973年)でアカデミー賞主演女優賞に輝いており、両者とも紛れもなく演技派俳優です。
クールな魅力が売りで、時には残忍さを垣間見せるマイケル・ケインの演技は脇役として光っていましたね。政治志向の強かったジャクソンは一時期、芸能界から離れ、労働党のブレア政権下で政務次官をしていましたが、その後、舞台を中心に復帰。昨今、銀幕ではまったく姿を見せなかったので、気にしていたら、この映画で芯のある演技を披露していました。
ケインはすでに他界したと勝手に思い込んでいましたが(笑)、本作で引退し、現在、91歳で健在です。片やジャクソンは、本作のイギリス公開直前の昨年6月、87歳で黄泉の国へ旅立ちました。つまり2人にとって、この映画は「遺作」になります。そして何と50年ぶりの共演だそうです。
さて、本作は人生の最晩年を迎えた夫婦の物語です。時代設定は10年前の2014年。イングランド南部の保養地ブライトンにある老人ホームで暮らしている90歳のバーニー(ケイン)とほぼ同年齢のレネ(ジャクソン)は第2次世界大戦中に結ばれた夫婦です。どうやら子どもはいないみたい。妻は車イス、夫は杖と手押し車が不可欠ですが、この施設を人生の終の棲家と考えており、日々、穏やかに過しています。
ケインがダンディーだったので安堵しました。どこから見てもイングランド人紳士! ハンティングがよぉ似合うてました。ジャクソンの方は最初、判別できなかったけれど(笑)、声がまったく変わっていなかったです。撮影時、役柄と同様、重い病気を抱えていたことが伺えるほど衰弱していたはずなのに、役者魂を全身から放っていました。
時折り、イギリス海峡を挟んで対岸のフランス・ノルマンディーを眺めるバーニーの脳裏に、若き海軍の兵士としてノルマンディー上陸作戦に参加したときのおぞましい情景が甦ってきます。それがフラッシュバックとして何度も現れ、心がざわめきます。きっと戦争絡みの話だと思っていたら、案の定、そうでした。飄然としているのに、どこか翳りを見せるのは、その時に負った「心の傷」のためなのでしょう。
そして6月6日、バーニーは意を決して施設を脱出し、単身、ノルマンディーへ向かうのです。ちょうどDデー(ノルマンディー上陸作戦の日)に当たり、現地で70周年記念式典が開催されます。彼にとっては2度目のノルマンディー。だから、「2度目のはなればなれ」の邦題が付けられたのでしょう。
妻は夫の脱出を承知していますが、施設のスタッフは警察に捜索願を出すなどして大騒ぎ。そのうち「The Great Escaper(偉大なる脱走者)」としてメディアで取り上げられます。でも、そんなことお構いなしに彼はフランスである行動を起こそうとします。
単なる老人のアバンチュールとはいえ、本人にとって死ぬまでにどうしてもやるべきことがあったのです。ここでふと思い出しました。6月に公開された同じイギリス映画『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』のテーマとよく似ているなぁと。主人公の老人がある目的を達するためイングランド南部から北部まで歩いていくというストーリー。
人生一回限り。ならば、できるだけ悔いを残さずに生を全うさせたいと願うのは当たり前。やり残したことがあれば、ちゃんとやり遂げよう。バーニーも同じ心境だったのでしょう。フェリーで知り合った退役軍人も戦争で「心の傷」を負っていることがわかり、バーニーと行動を共にします。わが身に照らし合わせると、やり残していることが多々あります。体が動く今のうちに、ぼちぼち行動に移すべきだと教えられました。
映画は、イギリスの老人ホームにいるレネとフランスに渡ったバーニーの言動を交錯させながら、いたってスローペースで淡々とエンディングへと向かっていきます。老人の物語なので、非常に地味なテイストです。それにあっと驚くドラマもありません。2人のお年寄りの生きざまを丁寧に描いていくだけ。もう少しメリハリを付け、濃い味付けにしてもよかったのではと思いましたが、この映画はやはり外連味とは対極にありますね。
長い芸歴に裏打ちされたマイケル・ケインとグレンダ・ジャクソンの枯淡の演技……。まさにいぶし銀の味わいでした。これぞイギリス映画の真髄。観終わったとき、ぼくの心に穏やかな風がそよぎました。同時に、なぜかケインと同年齢の仲代達矢と亡き樹木希林の顔が瞼の裏に浮かんできました。
武部 好伸(作家・エッセイスト)
公式HP:https://hanarebanare.com/
公式X:@TowaPictures(#2度目のはなればなれ)
配給:東和ピクチャーズ
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