映画レビュー最新注目映画レビューを、いち早くお届けします。

『ぼくが生きてる、ふたつの世界』

 
       

bokuikiteru-550.jpg

       
作品データ
制作年・国 2024年 日本 
上映時間 1時間45分
原作 五十嵐大(「ぼくが生きてる、ふたつの世界」幻冬舎刊)
監督 監督:呉美保(『オカンの嫁入り』『そこのみにて光輝く』) 脚本:港岳彦(『あゝ、荒野』『宮本から君へ』『正欲』) 撮影:田中創
出演 吉沢亮、忍足亜希子、今井彰人、ユースケ・サンタマリア、烏丸せつこ、でんでん
公開日、上映劇場 2024年9月20日(金)~なんばパークスシネマ、 MOVIX京都、Kino cinema神戸国際、他全国公開 【宮城県先行公開:9月13(金)】

 

banner_pagetop_takebe.jpg

 

~手話を介して育まれる母子の愛情~

 

ぼくの馴染みのバーで、マティーニをこよなく愛するろう者の男性客がいます。当方とはもっぱら筆談ですが、この方から手話を教えてもらった店主さんは巧みに指を操ってコミュニケーションを取っており、店で定期的に手話の初心者講習会を開いてはります。ぼくは数回、簡単な手話を教えてもらっているんですが、老化現象なのか、すぐに忘れてしまいます(笑)。


そんな経験をしているので、本作は非常に興味深く観ることができました。ひと言で言えば、耳がきこえない親と耳がきこえる息子が紡ぎ出す〈家族の物語〉です。2年前、日本で公開されたアメリカの音楽映画『Codaコーダ あいのうた』は、主人公が娘でしたが、同じシチュエーションです。「コーダ」とは、耳の不自由な親を持つ聴者の子供のことで、日本では2万数千人いるらしい。


bokuikiteru-500-6.jpg宮城県の小さな港町が舞台。主人公の五十嵐大は、塗装職人の父親と優しい母親の間に生まれた一人っ子です。両親はともに耳がきこえません。物心ついたころから、家庭内では手話でやり取りするのが当たり前と思っていたのに、小学生になって自分の親は他の親と違うことが分かってきます。そこに「恥じらい」が生じ、授業参観に母親を呼ばなくなります。


さらに中学生になると、反抗期と重なり、母親を避けるようになり、高校受験で志望校に落ちた時、「全部、お母さんのせいだ!」と言い放ってしまうのです。同居する祖父母と両親から深い愛情を注がれて育てられたのに、あゝ、悲しいかな、こんなふうに心が枯渇してしまったのです。そして20歳の時、親から逃げるようにして東京へ旅立っていきます……。


bokuikiteru-500-2.jpg原作は、自身が「コーダ」である作家・エッセイストの五十嵐大氏の自伝エッセイ『ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聞こえない世界を行き来して考えた30のこと』(2021年、幻冬舎)。随分、長い題名ですね。現在、映画のタイトルに改題されて発売されているそうです。


母との格闘と自身の苦悩をあぶり出したその原作を、9年ぶりに長編映画を撮った呉美保(オ・ミポ)監督が映画化しました。『オカンの嫁入り』(2010年)や『そこのみにて光輝く』(14)など真摯な目線で家族を描き続けてきた監督だけに、さすが安定感のある作品に仕上げています。クローズアップが実に効果的!


主演を張った吉沢亮のしなやかな演技が何にも増して素晴らしい。手話は2か月間の特訓でほとんどマスターしたそうですが(早い!)、いざ手話を使って会話をするのが大変だったとか。とにかく相手の目を見るように心がけたらしいです。ろう者ではない、「コーダ」という立場なので、かなり難しかっただろうと思われます。


bokuikiteru-500-5.jpg父親役の今井彰人と母親役の忍足(おしだり)亜希子はともにろう者の俳優です。忍足はデビュー作『アイ・ラヴ・ユー』(1999年)で手話演劇に打ち込む女性を爽やかに演じ、話題になりましたね。2人の自然体の演技……。ぼくは全く違和感を抱かずに見入っていました。他に手話を使う人が何人か出てきますが、彼らはみな実際のろう者です。だからこそ、本作から誠実さが感じられるのでしょう。


「徹底的にリアリティーにこだわりたい」。そんな監督の意向から、まず手話台本が作られ、手話演出のプロに協力を仰いで何度もリハーサルを重ね、本番に臨んだそうで、試行錯誤の連続だったそうです。すべての場面がしっくり収まっています。「コーダ」の吉沢亮の少しぎこちない手話も演出されているので、ろう者の人がご覧になれば、すぐにわかると思います。それに東京と東北地方で異なるように、手話にも「方言」があることがわかりました。


印象深かったのは、喫茶店でろう者の仲間が集うシーン。大ちゃんが各人の注文を聞き、店員に声を出してオーダーしたのですが、あとで仲間の1人から苦情を言われます。「紙に書くなどしてちゃんと注文できます。私たちを特別扱いしないで」。知らぬ間に大ちゃん自身がろう者と壁を作っていたんですね。


bokuikiteru-500-4.jpg物語の軸は、母と息子の関係です。この明子という母親、名前の通り、天真爛漫であっけらかんとしています。息子からキツイ言葉を投げかけられても、その時はひどく落ち込むものの、すぐに忘れ、ひたすら愛情を注ぎ続けます。きこえないことに負い目があるのでしょうか。いつしか息子からウザい存在になっていきますが、それでもマイペースを貫きます。もう涙ぐましいほど。


一方、大ちゃんの方は――。社会的マイノリティーで、ハンデを背負っている母親を守りたいと思っているのに、「耳のきこえない親の子だから」という世間の偏見にもさらされ、知らぬ間に母親を差別し、傷つけている……。この言いようのないジレンマを本作はグイグイ突きつけてきます。


bokuikiteru-500-3.jpgはて、わが身ならどうするか? おそらくこの青年とよく似た行動を取っていたかもしれません。だから自分自身の生き方とシンクロさせながら本作を見ていました。どの家庭でも、それなりにストレスやプレッシャーがあるはず。そこからコンプレックスが生まれることもあるでしょう。そういう諸々のことを考えさせる映画でした。


終盤、母親との思い出のシーンが走馬灯のごとく甦ってきます。電車の中で人目を気にせず、2人が手話で笑い話に興じ、あとで母親から「人前で手話を使ってくれてありがとうね」と言われます。その時に見せた主人公の意外な表情……、ぼくは感涙してしまった。

 

武部 好伸(作家・エッセイスト)

公式サイト:https://gaga.ne.jp/FutatsunoSekai/

配給:ギャガ

©五十嵐大/幻冬舎 (C)2024「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会

 

カテゴリ

月別 アーカイブ