制作年・国 | 2024年 日本 |
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上映時間 | 90分 |
監督 | ・撮影・脚本・編集:奥⼭⼤史 |
出演 | 越⼭敬逹、中⻄希亜良、池松壮亮、若葉⻯也、⼭⽥真歩、潤浩 ほか |
公開日、上映劇場 | 2024年9月13日(金)よりテアトル梅田、TOHOシネマズなんば、アップリンク京都、シネ・リーブル神戸他全国ロードショー |
受賞歴 | 第77回カンヌ国際映画祭「ある視点」部⾨正式出品作 |
~氷上で照らされる“小さな恋の物語たち”~
劇中、氷上で流れるドビュッシーの「月の光」を聞き、つい先日ヤスミン・アフマド監督没後15周年記念上映で鑑賞した名作『タレンタイム』での「月の光」演奏シーンが蘇ってきた。国を問わず、映画で同曲を使われることは多いが、それらの作品は名作だと思えることが非常に多い。「月の光」が似合うトーンの映画とわたし自身の相性もいいのだろう。
本作は、大学在学中に制作した『僕はイエス様が嫌い』(2019)でサンセバスチャン国際映画祭の最優秀新⼈監督賞を最年少受賞した奥⼭⼤史監督の記念すべきメジャーデビュー作だ。しかし、肩肘の張ったところは一切ない。どこまでも純粋で、そして前作同様主人公の子どもの心にやさしく寄り添っている。今回はオーディションで選んだ新人のふたりに加え、挫折した過去を持つスケートコーチ役に池松壮亮、そのパートナー役に若葉⻯也を配し、実力派俳優たちに見守られながら、小さくとも普遍的な初恋物語が育まれているのだ。
冬には雪が積もる⽥舎に暮らす⼩学6年⽣のタクヤ(越⼭敬達)は、すこし吃⾳がある。
学校活動として夏は野球、冬はアイスホッケーの練習に駆り出されるが、苦手意識のあるタクヤはあまりうまくできない。ある日、スケート場で、「⽉の光」に合わせ氷上を滑る少⼥・さくら(中⻄希亜良)の姿に心を奪われてしまう。ある⽇、さくらのコーチ荒川(池松壮亮)は、アイスホッケー靴のままフィギュアのステップを真似て何度も転ぶタクヤを⾒つけ、自分のスケート靴を貸し、タクヤが滑れるように練習をつきあうことに。タクヤの恋心に気づいていた荒川からの提案で、タクヤとさくらはペアでアイスダンスの練習をはじめることになるのだったが…。
美しい白鳥に恋するみにくいアヒルのように、不器用ながら必死にスケーティングの練習を繰り返すタクヤ。そんな彼を穏やかに導いていくコーチの荒川にも、元フィギュアスケーターとしての栄光の瞬間と挫折、そして実家のガソリンスタンドを継ぐパートナーの五十嵐を追いかけてこの街にやってきたという複雑な経緯がある。そして、フィギュアスケート、ソロ部門での大会出場を目指し、荒川からマンツーマンで指導を受けてきたさくらにとって、タクヤの登場に心が波立たないといえば嘘になるだろう。コーチの私生活に触れたときの混乱もまた、全幅の信頼を置いていたからこその反動なのだ。
暗いスケートリンクに差し込んでくる光をうまく使い、幻想的なスケーティング風景を撮ったかと思えば、池が凍った天然のスケートリンクで三人が自由に動き回るところなど、フィクションとリアルが混じり合ったような多幸感に溢れる。撮影も奥山監督が手がけているのだから、なんとセンスがある人なんだろうと感嘆してしまう。アウトドアにも順応できるレトロな車を走らせながら、車内で荒川がかける曲のセンスも抜群だし、雪の積もる夜、すっとガソリンスタンドに入っていく姿などは『シェルブールの雨傘』のラストシーンのよう。そんな映画の端々に、小さな喜びがにじみ出ている。そして、なんといっても、これらの物語を紡ぎ出した俳優陣の演技の純粋さに、心がほぐれるのだ。2度とはこない小学6年生の氷上の思い出は、幸せな時が永遠ではないというシビアな現実も教えてくれる。だからこそ、人生は切なくも美しいのだろう。
(江口由美)
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