原題 | 原題:Befrielsen 英題:BEFORE IT ENDS |
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制作年・国 | 2023年 デンマーク |
上映時間 | 1時間41分 |
監督 | 監督・脚本:アンダース・ウォルター(『バーバラと心の巨人』『ヘリウム』) 撮影:ラスムス・ハイゼ |
出演 | ピルー・アスベック(『ある戦争』『LUCY ルーシー』)、ラッセ・ピーター・ラーセン、カトリーヌ・グライス=ローゼンタール |
公開日、上映劇場 | 2024年8月16日(金)~テアトル梅田、アップリンク京都、シネ・リーブル神戸 ほか全国公開 |
~敵愾心とヒューマニズムのせめぎ合い~
8月の声を聞くと、どうしても戦争の話題が多くなります。戦争関連の映画やドラマが増え、さらに厚いベールに覆われていた「戦争秘話」がテレビや映画であぶり出され、改めて戦争の愚かしさを実感します。このデンマーク映画も「戦争秘話」で、実話に基づいています。
第2次世界大戦が勃発するや、小国のデンマークはあっという間にナチス・ドイツに占領され、厳しい冬の時代に突入しました。やがて連合軍の反撃によって、ドイツ軍が各地で劣勢に追い込まれ、国民の間に希望の灯がともってきました。「ベルリンにソ連軍が入ったらしい」。本作はそんな噂が流れた1945年4月、リュスリンゲという田舎町の一家に焦点を当てています。終戦の1か月前です。
その一家とは、当地にある市民大学の学長ヤコブ(ピルー・アスベック)と妻リス(カトリーヌ・グライス=ローゼンタール)、そして12歳の息子セアン(ラッセ・ピーター・ラーセン)と幼い娘の4人家族。規模は小さいとはいえ学長なので、ヤコブは地元の名士であり、住民から尊敬の眼差しで見られています。
ドイツの敗戦がいよいよ濃厚になり、祖国を脱出したドイツ人難民がデンマークにもぞくぞくと押し寄せてきます。その数、25万人。リュスリンゲも例外ではなく、ドイツ占領軍の命令で難民を受け入れざるを得なくなり、500人以上を市民大学の学舎に収容することになったのです。もちろん拒否できるはずがありません。
夫を戦地で亡くし、子どもを抱える母親、体の自由が利かないお年寄り、そして孤児たち……。本国から食糧が届かず、みな飢えと病気に苦しんでいます。戦争は敵味方関係なく、容赦がありません。そんなドイツ人難民を見る住民は憎悪が煮えたぎっており、彼らに手を差し出そうものなら、「裏切り者」「売国奴」のレッテルを貼られます。
かといって、人間として見過ごすことができない。敵愾心とヒューマニズム(人道主義)との狭間で、猛烈なジレンマが生まれます。そのうち、リスが食物をこっそり難民に分け与えていることがわかってきます。非常に危険な行為ですが、彼女は毅然としてこう言い切ります。「同じ人間です!」。
ところが、予期せぬ事態が起きます。難民の間に感染症のジフテリアが蔓延し、子どもたちの命が次々に奪われ始めたのです。ヤコブはドイツ人医師ハインリヒ(ペーター・クルト)から薬剤を求められるも、医師会から「医療支援はドイツ軍の支援と同じ」と拒絶されます。しかし、難民だけではなく、感染が学生たちに広がるのを防ぎたかったのです。その真意すら理解してもらえない。そこでヤコブは意を決し、ある行動に移します。
一連の動きが息子セアンの視点で描かれていきます。この子も多くの住民と同じ気持ちです。兄のように慕っている、レジスタンス活動家の若い音楽教師ビルク(モルデン・ヒー・アンデルセン)の影響をもろに受け、完全に反ナチス+反ドイツ感情に染まっています。子どもは純粋なだけに、感化されやすい。ビルクは医師の父親をドイツ軍に殺されたので、ドイツ憎しの感情が尋常でないのは理解できるのですが……。
子から見れば、ドイツ人をサポートする親は許せない存在に映ります。あゝ、哀しいかな、家族の分断です。国家とその国の住民は別物なのに一緒くたにしてしまう。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」。いとも簡単にそんな安直な思考に陥ってしまうんですね。
先日、NHKスペシャル『戦禍のオリンピック~密着180日 対立と分断の舞台裏』で、フェンシングの試合後、ロシア人選手と握手をしなかったウクライナ人選手が「相手は私たちの国を破壊している国の住民。握手なんかできるはずがない」と言っていました。その気持ちは十二分にわかります。スポーツと政治は別物と頭の中では理解できているのに、実際にはなかなかそうはいきません。
本作の場合、相手が病人です。五味川純平の小説を巨匠・小林正樹監督が映画化した『人間の條件』5部作(1959~61年)を学生時代、リバイバルで観たとき、「戦争はヒューマニズムをかくも脆く瓦解させる」ことを知りました。本作もそこを突いています。
だからこそヤコブが取った行動は、〈勇気〉と〈誠実〉と〈思いやり〉以外の何物でもありません。人間として確固たる信念があり、他者からどう見られても、「我々は正しい」と言ってのけることができたのでしょう。そんな彼を美化せず、また教条的にも描いていないので、すんなりと心に入ってきました。
ロシアによるウクライナ侵攻(ウクライナ戦争)、ガザでのパレスチナとイスラエルの壮絶な戦い……、その他諸々、世界各地で戦火が上がっています。そこには傷ついた一般市民や難民が数え切れないほどいて、本作と同じ状況が起きているはずです。
はて、自分ならどうするのか、自分なら行動に移せるのか、そこのところを本作は執拗に問いかけてきます。「(この映画は)私たちの人間性における認識を語っています」。うーん、アンダース・ウォルター監督の言葉がずっしり胸にのしかかってきました。
武部 好伸(作家・エッセイスト)
公式サイト:https://cinema.starcat.co.jp/bokuno/
配給:スターキャット
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