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『大いなる不在』

 
       

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作品データ
制作年・国 2023年 日本 
上映時間 2時間13分
監督 監督・脚本:近浦啓(『コンプリシティ 優しい共犯』) 共同脚本:熊野桂太 撮影:山崎裕
出演 森山未來、藤竜也、原日出子、真木よう子、三浦誠己、神野三鈴、利重剛、塚原大助、市原佐都子ほか
公開日、上映劇場 2024年7月12日(金)~テアトル梅田、なんばパークスシネマ、アップリンク京都、シネ・リーブル神戸ほか全国ロードショー
受賞歴 第71回サン・セバスチャン国際映画祭 にてシルバー・シェル賞(最優秀俳優賞)を藤竜也がを受賞。第67回サンフランシスコ国際映画祭では最高賞のグローバル・ビジョンアワードを受賞。

 

~認知症という病の背後から、息子が探り出した父親の哀切~

 

今年最も注目してほしい作品の一つだと思う。世界の映画祭での複数受賞、この7月に開催される「ジャパン・カッツ」(北米最大の日本新作映画祭)への正式出品と主演・藤竜也への特別生涯功労賞授与も決まり、その勢いは止まらない。実力のある役者が紡ぎ出す言葉の妙味と深い意味を持つ表情、まさに現代的ともいえるテーマ、全編コダックの35ミリフィルムで撮影された映像…。物語自体は確かに重苦しいかもしれないが、映画を味わうという醍醐味にどっぷり浸れる。


ouinarufuzai-500-1.jpg映画は、ものものしい雰囲気で始まる。とある住宅に重装備の警官隊が派遣され、年老いた一人の男・陽二(藤竜也)がその家から困惑したような顔で出てくる。それから一転、一人の男・卓(森山未來)の演劇の稽古場面へと移る。やがて、陽二が認知症であり、陽二と卓は親子だけれど、二人の間には深い溝があることがわかってくる。


ouinarufuzai-500-8.jpg過去と現在が代わる代わる語られることで、私たちは、父と息子がほぼ隔絶された世界で生きてきたことを知る。ふたりの間に漂う空気は、なんともいえず冷ややかでよそよそしいのだ。義母の直美(原日出子)と陽二、陽二と卓の間で行き交う敬語がだんだんと不協和音のように聞こえてくる。理窟屋で皮肉屋の父のことばに敢えて何も返さないが、卓の胸の中に溜まっていく澱(おり)のようなものを私たちは感じとる。このあたりの人物造形や心象表現は実に巧いと思う。


ouinarufuzai-500-2.jpg父の陽二はいったいどんな人だったのか、どんな思いを抱いて生きてきたのか。ネガティブな記憶のせいで父の人生に対してほぼ無関心で、物理的にも精神的にも父とは距離を置いてきた卓が、時間と共に父を知りたくなっていく。一つのヒントが、陽二が直美に書いた手紙の中にある。若き日の情熱、それはあまりに感動的で、同じ人が書いたとはとても思えないほどだ。終盤、浜辺で卓がその手紙を声に出して読むシーンに胸がふるえた。


ouinarufuzai-500-9.jpg思い出も大切な人の顔も、いとおしく抱きしめていた情熱の記憶も、消し去ってしまうだろう認知症という病気のむごさ。情熱を失ってしまった人間の内側に生まれてくる哀切、それすら本人は感じられず、この映画の卓のような繊細な人間だけが、外部から見て取ることができるのかもしれない。それでも、認知症がきっかけで、人と人との間で新たに結び直されるものもあると考えると、色合いは異なるが、これもまた哀切というものなのだ。

 

(宮田 彩未)

公式サイト:https://gaga.ne.jp/greatabsence/

配給:ギャガ

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