制作年・国 | 2024年 日本 |
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上映時間 | 2時間8分 |
原作 | 北國浩二(『噓』(PHP 文芸文庫刊)) |
監督 | 脚本・監督:関根光才 音楽:Aska Matsumiya 主題歌:羊文学「tears」F.C.L.S.(Sony Music Labels Inc.) |
出演 | 杏 中須翔真 佐津川愛美 酒向 芳 木竜麻生 和田聰宏 丸山智己 河井青葉 安藤政信 / 奥田瑛二 |
公開日、上映劇場 | 2024年6月7日(金)~大阪ステーションシティシネマ、テアトル梅田、T・ジョイ京都、TOHOシネマズ二条、シネ・リーブル神戸、MOVIXあまがさき 他全国ロードショー |
~秘めていたことが明るみになるとき、明日への一歩が始まる~
たいていの人は何らかの秘密を抱えて生きているのではないだろうか。ぶしつけに覗かれれば隠したくなるが、そっと打ち明ける気になったとき黙って耳を傾けてくれる人が傍らにいてくれたなら、ずいぶん気持ちは軽くなるだろう。
千紗子(杏)は7年ぶりに実家を訪ねている。山間の集落の外れで一人暮らしをする千紗子の父・孝蔵(奥田英二)が認知症のようだと同級生の久江(佐津川愛美)から連絡があったのだ。施設へ入居するまでのいっときではあるが、いらだちを抑えきれない様子が見て取れる。親子はそれぞれ胸の裡に秘めた思いを抱えているようだ。それは長い年月で堆積した澱のようなもの。娘を認識しているのかどうか、まだらな意識のなか黙々と仏像を彫る孝蔵。そんな父娘のぎくしゃくした暮らしのなかで千紗子はある日、記憶を失った少年を保護する。それが発端となり事態は思わぬ方向へと転がり始める。
杏が素晴らしい。今作は今までにない生々しい感情を吐露するような役どころを見たいとのオファーだったそうだが、ふとオムニバス映画『私たちの声』(2023)での姿と重なった。前作に大きな起伏はないが多彩な感情の綾が感じられたからだ。さらに今回驚いたのは二つの重要なシーンでの表情だ。激しさの比喩として阿修羅がよく使われるがむしろ金剛力士像(阿吽像)を思い出した。こんな表情があるのかと息をのんだ。本人すら、いや本人だからこそ見たことのない表情ではなかったろうか。それほど鬼気迫るものがあった。
対するラストショットは静かだが、その表情を見れば誰もが言葉を失うだろう。阿吽像は敵から寺院を守るため山門等に配置されている。阿形像にはものごとの始まり、吽形像には終わりという意味があるそうだ。調べてみて物語との符号を感じて驚いたが、一方で最後の表情は慈悲深い菩薩のようでもある。もとより本作は俳優陣の表情が強く印象に残る。認知症という役柄上、セリフが途切れがちで顔や体の筋肉の動かし方で表現するシーンの多い奥田英二は杏と対峙するシーンがとくに秀逸だ。ほかにも子役の中須翔真の素朴な表情、安藤政信、木竜麻生にも目を閉じると浮かぶ顔がある。
原作は北國浩二の「嘘」という小説だが、制作するなかで関根光才監督がタイトルを変えた。物語の後半から各々が抱える”かくしごと”が静かに紐解かれてゆく。切ない思い、やりきれない気持ち、後ろめたさ・・・隠し事には嘘に限らず、黙っていたこと、吞み込んだ言葉など様々なニュアンスが含まれる。このタイトルが無限の広がりを持って作品世界をやわらかく包み込んだ。さらに”羊文学”のエンディングテーマ「tears」がかかると歌い出しのひとふしで物語が頭の中を駆け巡る。
8050問題や老々介護が取り沙汰されて久しい超高齢社会の日本。少子化が深刻な影を落とすなかで日々報道される子どもにまつわる事件や事故。杏もこれらの点に関心を持って作品に臨んだという。自然の豊かさからは過疎化も透けて見えるようだ。これが今の日本の風景なのだ。しかし、まるで袋小路にいるような息苦しさのなかに一筋の光を見た。それは明日を生きぬく糧のようなもの。虚構の中に感じる真実があるように、刹那の中にも幸福はきっと存在する。それを象徴するのが工房でのあるシーンだ。差し伸べた手を長く握り合えないならいっそ掴まない方が良いのではと思うこともある。しかし、誰かが愛情を注いでくれた記憶が人を支えると信じさせてくれる、つらさの中にも温もりのある作品。
(山口 順子)
公式サイト:https://happinet-phantom.com/kakushigoto/index.html
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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