映画レビュー最新注目映画レビューを、いち早くお届けします。

『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』

 
       

Holdovers-550.jpg

       
作品データ
原題 The Holdovers 
制作年・国 2023年 アメリカ 
上映時間 2時間13分
監督 監督:アレクサンダー・ペイン(『サイドウェイズ』『ファミリー・ツリー』『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』) 脚本:デヴィッド・ヘミングソン
出演 ポール・ジアマッティ(『サイトウェイズ』)、ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ、ドミニク・セッサ
公開日、上映劇場 2024年6月21日(金)~TOHOシネマズ シャンテ、大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズなんば、京都シネマ、シネ・リーブル神戸、他全国公開 配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画
受賞歴 第96回(2024) アカデミー賞® 助演女優賞受賞(ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ)


banner_pagetop_takebe.jpg

 

~世代、人種、ジェンダーを超越した疑似家族~

 

「ホールドオーバーズ」(The Holdovers)――。題名が聞き(見)慣れない英語だったので、英和辞典(ネットではありません!)で調べると、「任期をすぎても地位に留まる人たち」「残留物」「遺物」でした。つまり、残った人や物のことなんですね。サブタイトルを見て、納得! 


Holdovers-500-9.jpg本作は1970年の冬、米国北東部ボストン近郊にある名門私立全寮制男子高校のバートン校が舞台。生徒には裕福な家庭の子が多く、ハーバードやプリンストンなど有名大学へ進学する者が少なくありません。規律が厳しく、佇まいからして英国のパブリックスクールと似ています。というか、パブリックスクールを模倣したんですね。


この年、大阪万博が開催され、巷では大ヒット曲『黒ネコのタンゴ』が流れていました。ベトナム戦争が泥沼状態になり、アメリカン・ニューシネマの『イージーライダー』や『明日に向って撃て!』が公開。本作でも、当時流行ったポップ音楽や映画の話題が出てきて、ノスタルジックな雰囲気に浸りながら、物語を満喫できました。


Holdovers-500-7.jpg新年を越す2週間のクリスマス休暇――。生徒は帰省したり、家族と旅に出かけたりし、教職員も完全オフです。そんな中、反抗的な生徒アンガスが家庭の事情で居残ることになり、古代史の非常勤教師ハナムが“子守り役”に指名されます。そしてもう1人、ベトナム戦争で最愛の1人息子を亡くしたばかりの女性料理長メアリーも学校で年越しを決めます。


アンガスは古代史が好きで、クレバーな生徒ですが、協調性がなく、常に斜に構えており、他の生徒から距離を置かれています。独身の中年男ハナムは教職に命を捧げているのに、杓子定規で独善的な態度が目立ち、生徒だけでなく教師からも嫌われています。担当教科が古代史というのがいかにも古めかし印象を与えます。斜視で、きつい体臭も大きな要因ですが、あとで持病によるものだとわかります。メアリーは言わずもがな、喪失感の塊。


Holdovers-500-1.jpg彼らを演じた3人の俳優たち――。ハナムに扮したベテランのポール・ジアマッティがいぶし銀の演技を見せてくれました。風格といい、安定感といい、申し分ありません。背中で演技する役者ですね。アカデミー賞助演女優賞に輝いたメアリー役のダヴァイン・ジョイ・ランドルフの堂々たる、それでいて自然体の演技も素晴らしい。そして何といっても、アンガスを熱演した新人のドミニク・セッタ! ふてぶてしい顔つきと眼力に惚れましたわ(笑)  


Holdovers-500-2.jpg雪に閉ざされた校舎で、「ホールドオーバーズ」としてしばし共同生活を送ることになった彼らはみな孤独です。どうしてもっと心をオープンにして他者と関わらないのかとじれったくなりますが、不器用なのだから仕方がない。とりわけハナムとアンガスはソリの合わない教師と生徒とあって、いがみ合ってばかり。メアリーが緩衝役になればいいのですが、精神状態が不安定……。


Holdovers-500-3.jpg3人は言わば、組織から疎外された〈はみ出し者〉ですが、許容範囲を超えていないのがええ塩梅です。どこにでもいそうな人物ですからね。世代、人種、ジェンダーの異なる彼らから放たれる不協和音。これがドラマの通奏低音になっています。風貌から連想して動物に例えれば、ハナムはタヌキ、アンガスはキツネ、メアリーはクマ。こんな感じですかね。接点がなく、「種」が違うのですから、なかなか交わりにくい。


Holdovers-500-4.jpg当然、最初はぎくしゃくしています。しかしメアリーの手料理にアンガスが感激し、さらに女性事務職員クレイン(キャリー・プレストン)が自宅で開いたクリスマス・パーティーに出席した辺りから空気が少しずつ変わってきます。アンガスが彼女の姪っ子と妖しい雰囲気になるなんて、やはり思春期の男子ですね。メアリーは情緒不安から泣き出しますが、それは着飾らずに本音を出せたわけで、3人の距離感がグンと狭まった証拠です。


Holdovers-500-5.jpgドラマが深化するのはボストンへの小旅行。このときのハナムとアンガスは、両者の立ち位置が異なるとはいえ、ヒューマン・ドラマの名作『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』(1992年)で、アル・パチーノ扮する目の不自由な退役軍人と彼をサポートする苦学生が一緒にニューヨークへ向かうシークエンスと何だかよく似ています。開放感から次第に心を通わせるようになり、素顔が浮き上がってきます。


「今の時代や自分を理解したいなら、過去から始めるべき」「歴史は過去を学ぶだけでなく、今を説明すること」……。ボストン考古学博物館でハナムが諭すように説明した言葉を真摯に受け止めるアンガスの表情が素晴らしい。これぞ理想の師弟関係というか、父子のような感じです。あの青年がかくも心を開き、まろやかになるとは……。


Holdovers-500-8.jpgこのあと、グサッとくるクライマックが用意され、ラストシーンには泣かされました。予定調和的とはいえ、3人の間にしっかり絆ができたことを、違和感なく、すんなりと受け止めることができました。実はここからが彼らの人生の始まりでもあるんですね。


登場人物に温かい眼差しを注ぐアレクサンダー・ペイン監督の品のある丁寧な演出が、俳優の演技と見事にリンクし、極上のヒューマン・ドラマに仕上がりました。心に染み入る忘れ難い作品。3人のその後を観てみたいなぁ……。

 

武部 好伸(作家・エッセイスト)

配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画

Seacia Pavao /© 2024 FOCUS FEATURES LLC

公式 HP: www.holdovers.jp

公式 X:@TheHoldoversjp

 
 

カテゴリ

月別 アーカイブ