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『システム・クラッシャー』

 
       

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作品データ
原題 原題:Systemsprenger 英題:System Crasher  
制作年・国 2019年 ドイツ
上映時間 1時間59分
監督 監督・脚本:ノラ・フィングシャイト 撮影:ユヌス・ロイ・イメール 音楽:ジョン・ギュルトラー
出演 ヘレナ・ツェンゲル、アルブレヒト・シュッフ、リザ・ハーグマイスター、ガブリエラ=マリア・シュマイデ
公開日、上映劇場 2024年4月27日(土)~シアター・イメージフォーラム、5月3日(金)~テアトル梅田、アップリンク京都 近日~元町映画館 ほか全国順次公開

 

映画ファンだけでなく広く観られてほしい!

類まれな才能と唯一無二の個性が出会い生まれた稀有な作品

 

ベニー(ヘレナ・ツエンゲル)は三人きょうだいの中で一人だけ施設に預けられている。過去の虐待によるトラウマが時に問題行動へと発展し、施設にも学校にも居場所がない。こういうテーマが苦手な方には注意してほしいが、とても惹きつけられる作品だ。本作が長編デビューとなるノラ・フィングシャイト監督は、着想を得て以来5年の歳月をかけてリサーチを重ね、実際に児童養護施設、児童精神科、支援学校で働き、ケアセンターで住み込みもしたという。そこからくるリアリティはもちろんだが、もっとも感心したのは物語との距離の取り方だ。ベニーの内面に肉薄し、周囲との関係性、軋轢も依存も愛着もひっくるめた各人の感情を余すところなく表現しながらも物語の根幹は情緒に流れることがない。フィールドワークやドキュメンタリー経験からか持って生まれた感性なのか、客観視点を貫き通す手腕がみごとだ。

 
SystemCrasher-500-1.jpgそして本作のいちばんの魅力は物語から内なる発露が感じられること。たとえばベニーが施設を脱走するとき、BGMにとびきりポップな音楽が流れ出す。大人側の目線で見ればこの選曲にはならない、ベニーの内面を映した楽曲なのだ。彼女はそのとき確かな開放感を味わっている。行動の善し悪しではなく、心象風景を率直に表現していることに理屈を超えて惹かれてしまう。ベニーの身に付けている物がカラフルなのも表象のひとつであり、それがある種の救いにもなっている。だが内面世界とは裏腹にトラブルの度に締め付けは厳しくなる。ベニーの咆哮はまさに魂の叫びだ。心臓がぎゅっと締め付けられて耳を覆いたくなる程だが、インタビューを読むと意外にもフィングシャイト監督は悲観していないようだ。社会福祉の充実しているドイツではフィクションとして冷静に観ることができるのだろうか。日本の方がより深刻に受けとめられるかもしれない。いずれにしても一貫しているのはベニーをひとりの人間として尊重する態度だ。

 
SystemCrasher-500-2.jpgシステム・クラッシャーとは施設を転々とする(せざるを得ない)子どもを指す隠語。似た言葉にサークル・クラッシャーがあるが、サークルが小さなコミュニティを指すのに対し、システムにはより広範な響きがある。しかし、ある存在がシステムを壊すのではなくシステムの側に不備があるのではないか。社会にはそれをすくい取るセーフティネットが必要なはずだ。フィングシャイト監督はそれを声高に語ることなく物語の力だけで描いた。ベニーを活き活きと描き切ることで派生し得る問題を顕在化してみせた。その描き方は苛烈で残酷とも言えるが真実の手触りがあった。この空気はヘレナなくしては醸成し得なかっただろう。ヘレナの演技は研ぎ澄まされて天使にも悪魔にも見える。共通しているのは尊厳に満ちていることだ。子どもと心を通わせることの難しさと責任。関わり合える限られた時間の中でどう対応するのがベストなのか?大人たちの試行錯誤はそのまま私たちへの問いかけになる。


SystemCrasher-500-3.jpgこの映画は心理職はもちろん保育、教育、福祉に携わる方には直球で突き刺さるはず。願わくばその枠組みを作る人にも観てほしい。日本でも若年層を対象に子育ての前(妊娠中)から支援をという取り組みはあるが、必要なところに届いているのだろうか。”孤育て”による悲しみの連鎖がなくなればと願わずにいられない。


喜怒哀楽を全身全霊でぶつけ様々な表情を見せ、10歳にして世界的に注目される俳優人生を歩み始めたヘレナ・ツエンゲル。次回作『THE Legend of Ochi』(原題)ではウィレム・デフォー、エミリー・ワトソンとの共演が決まっている。彼女が成長しこの先、代表作を何度ぬりかえても本作での鮮烈な姿は忘れられそうにない。

 

(山口 順子)

公式ホームページ : http://crasher.crepuscule-films.com

配給:クレプスキュール フィルム

後援:ゲーテ・インスティトゥート東京

© 2019 kineo Filmproduktion Peter Hartwig, Weydemann Bros. GmbH, Oma Inge Film UG (haftungsbeschränkt), ZDF

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