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『94歳のゲイ』

 
       

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作品データ
制作年・国 2024年 日本
上映時間 1時間30分
監督 吉川元基
出演 語り:小松由佳
公開日、上映劇場 2024年5月18日(土)~第七芸術劇場、5月24日(金)~アップリンク京都、近日~元町映画館ほか全国ロードショー


孤立して生きてきた男の哀切と、

それを理解しつながろうとする心の優しさ

 

カメラがひたすら追いかけるその人は、94歳になる長谷忠(はせただし)さん。大阪の西成で、一人暮らしをしている。関心を持つ対象は常に男性だった。「セックスは一回もしたことがない」と言う。自分は他の人と比べ普通でないと思い、正直な気持ちを誰かに打ち明けることなどできなかった。私の父親と同じ年代(昭和一ケタ生まれ)の彼が、ずっと抱えてきた生きづらさは計り知れない。現代のようにカミングアウトなどできない時代、同性愛は異常性欲、精神疾患だと考えられていた時代を過ごしてきたのだから。


94gei-500-1.jpg映画は、長谷さんの過去と現在を綴りながら、日本社会における同性愛の位置づけと変化をとらえる。長谷さんのように差別や偏見を恐れ、自分らしさを表に出せなかった人たちに希望と連帯感を与えながら、じわじわと読者層を拡げていった雑誌「薔薇族」。1971年、日本で初めて男性同性愛者向けに刊行された雑誌である。その元編集長である伊藤文学さんが語る状況の変遷は、非常に興味深い。“ゲイの可視化”という言葉が印象的で、改めて同性愛者は見えない者として扱われていたのか、と思う。だが、インターネットの普及は、光をもたらすと同時に影をも作った。急速なネット普及が「薔薇族」を廃刊に追い込んだのは2004年のことだった。


94gei-500-2.jpgそれでも、闘う人たちがいたから今があるということが強調される。確かにそうだろう。だがそれは、闘ってきた人たちの陰に、闘わず沈黙してきた長谷さんのような人たちがいたこと、そして圧倒的に後者のほうが多かっただろうということについて思いを馳せる鍵にもなる。かつて現代詩手帳賞を受賞し、選者の谷川俊太郎にも高く評価された長谷さん。彼がどんな思いで、どんな詩を作り出していたのか、もっと知りたい気持ちになった。


94gei-500-5.jpg長谷さんのもとを訪れるふたりの男性の存在が、この映画のかなめだ。いずれも同性愛者。彼らと向き合う長谷さんはまるで少年のような表情を見せる。そして、長谷さんだけでなく、このふたりの顔立ちが私はとてもいいなあと思った。カミングアウトして、それでもいろいろな風当たりはあるだろうけれど、飄々と生きている。長い年月を耐えながら生きてきた長谷さんに差し伸べる手のぬくもりが、こちらにも伝わってくるようだ。一つの大きな不幸の後にやって来た、宝物のような出会い。希望の色で包み込むラストシーンが忘れられない。

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本作は2022年にMBS毎日放送で『93歳のゲイ~厳しい時代を生き抜いて』として放映された番組に追加撮影、再編集を経た後、さらに新しいシーンを追加したもので、このたび全国公開される。

 

(宮田 彩未)

公式サイト: https://94sai.jp/

配給:MouPro.

©MBS/TBS

 

 

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