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『関心領域』

 
       

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作品データ
原題 THE ZONE OF INTEREST
制作年・国 2023年 アメリカ、イギリス、ポーランド
上映時間 1時間45分
原作 マーティン・エイミス(「関心領域」)
監督 監督・脚本:ジョナサン・グレイザー 製作:ジェームズ・ウィルソン、エヴァ・プシュチンスカ 撮影監督:ウカシュ・ジャル 音楽:ミカ・レヴィ
出演 クリスティアン・フリーデル、ザンドラ・ヒュラー(『レクイエム ミカエラの肖像』『ありがとう、トニ・エルドマン』『希望の灯り』『愛欲のセラピー』『落下の解剖学』)
公開日、上映劇場 2024年5月24日(金)~新宿ピカデリー、TOHO シネマズ シャンテ、大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、テアトル梅田、MOVIX京都、京都シネマ、kino cinema神戸国際、MOVIXあまがさきTOHOシネマズOS西宮、ほか全国公開
受賞歴 ★第 96 回アカデミー賞 国際長編映画賞音響賞受賞    ★第 76 回カンヌ国際映画祭 グランプリ受賞


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~壁を1枚隔て、地獄と接する偽りの「エデンの園」~

 

長大なドキュメンタリー映画『SHOAH(ショア)』(1985年)をはじめ、『黄色い星の子供たち』(2010年)、『サウルの息子』(2015年)、『アウシュヴィッツの生還者』(2021年)……などなど、第2次世界大戦中、ナチス・ドイツがポーランド南部のオシフィエンチムに建造したアウシュヴィッツ強制収容所を描いた映画は少なくありません。関連作を含めれば、かなりの本数になるでしょう。


これらの映画の中で、本作『関心領域』は全く異なった視点でアウシュヴィッツを見据えています。つまり、肝心の収容所内部に触れていないのです。こんな手法で、あのおぞましい地獄絵図を浮き彫りにできるとは……。いや、この方がよりいっそうインパクトが強く感じられ、ぼくは脳天をかち割られたような衝撃を受けました。


kanshinryouiki-500-6.jpgアウシュヴィッツと隣接するビルケナウ収容所と併せて、100万人以上が犠牲になったといわれています。まさに「人間処理場」。強制収容所とは名ばかりで、正真正銘、絶滅収容所です。大半がユダヤ人でしたが、ソ連軍捕虜、ロマ(ジプシー)、反ナチスの政治犯、精神病者、障がい者らナチスにとって不都合な人たちが搬送されてきました。


ぼくは2011年に当地を訪れました。豚小屋のようなバラック、山積みにされたチクロンB(毒ガス)の空き缶、ガス室、死体焼却炉などを目にし、涙がこぼれると思いきや、頭が真っ白になったのです。なぜかくも人間性を否定できたのか、ここまで大量に人を殺せるものなのか、そんな権利があるのか……といろんな疑問が沸き、同時に人間の怖さを思い知ったのです。紛れもなく、「人類の負の遺産」そのものでした。


さて、本作です。何よりも「関心領域」というタイトルに興味が引かれました。それは収容所を取り囲む40平方キロの土地のことなんですね。親衛隊がそう呼んでいたそうです。何やら意味深です。ヒトラーがユダヤ人絶滅を「最終的解決」と言葉を濁したのとよく似ています。あのロシアのプーチンもウクライナ侵略を「特別軍事作戦」と称しており、独裁者の考えることはみな同じですね。


kanshinryouiki-500-1.jpg映画は、その「関心領域」にある収容所所長ルドルフ・ヘス(クリスティアン・フリーデル)の一家の暮らしぶりを追っていきます。ルドルフ・ヘスと言えば、イギリスへ逃走したナチスの副総統を思い浮かべますが、全く別人物で、綴りも異なっています。こちらは親衛隊中佐で、アウシュヴィッツ収容所の初代所長を務めた人物です。敗戦直前に身分を隠して逃れるも、イギリス軍に捕まり、軍事裁判を経てあえてこの収容所で死刑が執行されました。


冒頭、しばらく音のない漆黒の映像が続きます。それが結構、長いんです。イライラしてきた時にパッと明るくなると、広大な庭園のある2階建ての邸宅が映し出されます。そこが一家の住まいです。ヘスの誕生日を祝うため、家族以外に部下の親衛隊員がぞくぞくと集まってきます。整然とした佇まいはいかにもドイツ人らしい。


kanshinryouiki-500-5.jpg複数のメイド、庭師、調理人らを抱え、贅沢三昧に浸っている一家。妻ヘートヴィッヒ(ザンドラ・ヒュラー)はインテリアの改装や庭の手入れに余念がなく、子供たちは戦車や兵士のオモチャで遊んでおり、人懐っこいワイマラナー種の黒い愛犬が自由に駆け回っています。全てがのどかで、平和そのもの。その情景は「エデンの園」みたいです。しかし、どことなく不気味で、全てが作りモノのように感じられ、儚げさが宿っているような……。


壁の向こうから煙が立ち上り、時折り叱声や悲鳴が聞こえてきます。この家の住人(子供以外)は向こうで何が行われているのかを知っていながら、ありふれた日常を当たり前のように過ごしています。彼らは全く関わろうとはしませんが、紛れもなく実行犯の家族、つまり共犯者なのです。この無関心さが何よりも恐ろしい。


kanshinryouiki-500-2.jpgいつ壁の向こう側を見せられるのか、そんな緊張感を強いられていると、あの漆黒の映像に変わり、気持ちがリセットされ、再び「エデンの園」が映し出されます。この独特なテンポというか、ゆったりしたリズムが作品全体を覆っています。異なる場所に設置された最大10台の固定カメラで同時撮影されたそうで、想定外のカメラ・アングルに驚かされました。


野心家で、家族を独善的に支配するヘスが、毎夜、各部屋のカギをチェックする姿が滑稽で、それでいて偏執的に思え、ゾッとしてしまいます。妻は自己チュウで、頭の中は「家」のことばかり。その夫婦の陰で、地元のポーランド人農家の少女が、収容者のために自転車をこいでリンゴを置きに行くシーンが挿入されます。何だかファンタジーの世界へと誘ってくれそうで、癒されました。


kanshinryouiki-500-4.jpg原作は、イギリス人作家マーティン・エイミスの同名小説。この人、1950年代の英国で巻き起こった反権力運動「怒れる若者たち」の作家キングスリー・エイミスの息子なんですね。よくぞこんな変化球でホロコースト(ユダヤ人の大量虐殺)に迫ったものです。


小説は架空の人物らしいですが、映画では実在のヘス一家に変えています。脚本と監督を務めたこれまたイギリス人のジョナサン・グレイザーが2年間にわたり徹底的に調べ上げ、実際の跡地に寸分たがわない邸宅と庭を構築したそうです。内装も完ぺきに再現させたとか。この超こだわりの製作が映画に計り知れないリアルさを与えていました。


kanshinryouiki-500-3.jpgあえて見せない……。反戦映画の中で、戦場のシーンを一切映さなかった木下恵介監督の名作『二十四の瞳』(1954年)がぼくには一番、心に染み入りました。本作も同様、それを実践したことによって変に感傷的にならず、壁の向こう側の世界がイメージとして強く迫ってくるのです。


一見、家族の生活をスケッチしただけの映画なので、ともすれば単調で冗漫な印象を受けるかもしれませんが、その奥に作品のテーマがしっかり潜んでいます。それは「すべてを知ったうえでの無関心の罪」。まさに戦争や紛争が各地で起きている現代社会の中で生きる私たちに突きつけられた命題です。前述したあのポーランド人少女を思い浮かべてほしい。そんな切なる訴えが伝わってきました。

 

武部 好伸(作家・エッセイスト)

公式サイト:https://happinet-phantom.com/thezoneofinterest/

公式 X:@ZOI_movie

配給:ハピネットファントム・スタジオ

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