原題 | 原題:Oppenheimer |
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制作年・国 | 2023年 アメリカ |
上映時間 | 3時間 |
原作 | カイ・バード、マーティン・J・シャーウィン 『オッペンハイマー』(2006 年ピュリッツァー賞受賞/ハヤカワ⽂庫、2024 年 1 ⽉刊⾏予定) |
監督 | 監督、脚本:クリストファー・ノーラン(『メメント』『バットマン・ビギンズ』『インセプション』『インターステラー』) 製作:エマ・トーマス、チャールズ・ローヴェン、クリストファー・ノーラン 撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ 編集:ジェニファー・レイム 作曲:ルドヴィグ・ゴランソン |
出演 | キリアン・マーフィー(『プルートで朝食を』)、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr.、フローレンス・ピュー、ジョシュ・ハートネット、ケイシー・アフレック、ラミ・マレック、ケネス・ブラナー 他 |
公開日、上映劇場 | 2024 年 3 月 29 日(金) ~全国のTOHOシネマズ、MOVIXシネマ、T・ジョイシネマ、イオンシネマ、OSシネマズ、大阪ステーションシティシネマ他 全国ロードショー |
受賞歴 | 第96回アカデミー賞®(作品賞・監督賞・主演男優賞・助演男優賞・撮影賞・編集賞・作曲賞) |
~「核のある世界」を考えさせる天才物理学者の生きざま~
「交響曲の父」(ハイドン)、「映画の父」(リュミエール兄弟)、「インスタントラーメンの父」(安藤百福)……。人類にとって画期的なモノを発明した人物(男性)に対し、敬意を表して「〇〇〇の父」と称しますよね。言うなれば、パイオニアです。「原爆の父」はしかし、素直に受け入れられません。なぜなら、世界を核の恐怖に陥れ、戦争・安全保障の概念をガラリと変えてしまったからです。
その「原爆の父」と呼ばれているのが、本作の主人公ロバート・オッペンハイマー。稀代の天才物理学者として名を成し、広島と長崎に原爆を投下させた張本人です。だから、日本人からすれば、許しがたい人物に映るでしょう。でも、この人のことを調べると、そう簡単に断罪できないことがわかってきました。
1人の科学者がいかにして原爆開発に取り組み、製造していったのか、そして使用したことについてどう思い、その後、どんな人生を歩んだのか……。そうした事どもが本作ですべて浮き彫りにされています。
今や飛ぶ鳥を落とす勢いのイギリス人監督クリストファー・ノーランが、3時間ジャストで見せ切ってくれました。映画的に非常によく出来ており、文句のつけようのない堂々たる大作です。今年のアカデミー賞®で、作品賞、監督賞、主演男優賞(キリアン・マーフィー)、助演男優賞(ロバート・ダウニー・Jr)など7部門で受賞したのも頷けます。
海外では昨年夏に公開されるも、わが国ではかなりセンシティブ(敏感、繊細)な内容と受け止められ、しかも同時期にヒットしたアメリカ映画『バービー』と原爆を重ねて茶化したSNS投稿に『バービー』の公式アカウントが好意的に反応を示し、批判を浴びたことで、公開が未定のままでした。あゝ、日本で観られないのか……。落胆していたら、何とか封切りにこぎつけられ、安堵しました。そんないわくつきの映画です。
オッペンハイマー(キリアン・マーフィー)はドイツからアメリカへ移住したユダヤ移民の子。名門ハーバード大学に入学後、イギリスのケンブリッジ大学に留学し、さらにドイツのゲッティンゲン大学で理論物理学に磨きをかけ、32歳のとき、カリフォルニア州立大学バークレー校で准教授から教授に昇進しました。まさに物理学のサラブレッド!
やがて第2次世界大戦が勃発。ナチス・ドイツが新型爆弾(原爆)の開発に着手していることがわかり、アメリカ政府が策定した、原爆製造を目指す極秘プロジェクト「マンハッタン計画」のリーダーにオッペンハイマーは任命されます。ニューメキシコ州のロスアラモス国立研究所に国内(一部、同盟国)からずば抜けた頭脳を集結させ、ドイツに先んじて一番乗りを果たすべく奮闘するのです。
このときオッペンハイマーは、朴訥な研究者の顔が影を潜め、ギラギラした野心家そのものでした。「マンハッタン計画」を指揮する、したたかで高圧的な陸軍のグローヴス准将(マット・デイモン)と対等に渡り合い、意見が食い違う科学者たちをうまくコントロールしていました。ここまでやり手とは思わなかった。いやはや、企業のボスですがな。
徹底された機密順守の中、スタッフの家族も呼び寄せ、無人の荒野に1つの町を作るという発想に驚かされました。その過程が、カット割りの多さと趣向を凝らしたアングルで、実にテンポ良く見させてくれます。いや、全編、心地よいリズムで物語が綴られているので、長尺でも全く飽きなかったです。これぞ、演出力+編集力の賜物ですね。
新型爆弾によって同胞のユダヤ人を迫害するナチス・ドイツに鉄槌を下すのがオッペンハイマーの最大の使命だったのに、ドイツが降伏してしまい、目的を見失います。その代替案として浮上したのが、敗戦間近の日本でした。もはや原爆を使う必要なんかあらへんのに……。絶対に降伏しない日本を屈服させるため、米兵の犠牲をこれ以上増やさないためというのが理由らしい。何を言うてんねん、人体実験の何物でもない!
一躍、国のヒーローになった主人公が、戦後一転、バッシングされる後半が実は映画の本質のように思えるのです。放射能の後遺症を含め、核による被害の凄まじさを知り、原爆よりもはるかに威力のある水爆の製造に異を唱えたことで、政府が態度を豹変したのです。オッペンハイマーを歓迎するトルーマン大統領に接見し、その旨を臆せずに主張した場面が象徴的でした。
ここでふと疑問が……。なぜ広島と長崎の被爆シーンを入れなかったのかと。真っ黒こげになった子どもの遺体をオッペンハイマーが踏んでしまうという幻想だけでは弱いです。原爆実験の凄さよりも、人間が暮らす街に原爆を落としたおぞましい光景の方がはるかに説得力があるはずです。
実はこの映画、カラーとモノクロの映像で構成されているのですが、観ているうちに使い分けていることに気付いたんです。カラーの部分はオッペンハイマーの回想シーンで、モノクロ部分は、米ソ冷戦が生んだ「赤狩り」(過剰なほど共産主義者とシンパを一掃する政策)に乗じ、彼をソ連のスパイに仕立てていく原子力委員会委員長ルイス・ストロース(ロバート・ダウニー・Jr)らの証言によるシーン。
つまり、レトロスペクティブ(回顧的)な映画なんです。オッペンハイマーはラジオで原爆投下を知ったのですから、日本の被爆シーンがなくてもやむを得ないのですが……。うーん、それでも、やはり物足りませんね。
それにしても、政策に背を向けた途端に、非国民扱いする国家と国民が怖いです。英雄だからこそ、反動も大きかったのでしょう。ストロースという人物がいかにキーパーソンであったのかがよくわかりました。それと、「赤狩り」の人権無視のアホさ加減も!
おっと、忘れていました。俳優の演技に言及せなあきませんね。主演のアイルランド人俳優キリアン・マーフィーの演技が何にも増して素晴らしい。顔つきまでオッペンハイマーにそっくりでした。イヤらしさを前面に出したストロース役のロバート・ダウニー・Jrのいぶし銀の演技。唸らされました。妙に存在感のあったアインシュタインを英国人俳優トム・コンティが扮していると知り、びっくりしました!
本作はあくまでも「加害者側」の視点で描かれていますが、オッペンハイマーの苦悶を鑑みると、改めて核の脅威を知らしめる効果があると思いました。核のある世界をどう捉えていくのか。日本人にとっては必見の映画です。最後に、核の使用をほのめかすロシアのプーチンと北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)、あんたら、この映画をちゃんと観ときなはれや!!
武部 好伸(作家・エッセイスト)
公式サイト:https://www.oppenheimermovie.jp/#
配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画
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