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『落下の解剖学』

 
       

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作品データ
原題 Anatomie d'une chute  
制作年・国 2023年 フランス
上映時間 2時間32分
監督 ジュスティーヌ・トリエ (『愛欲のセラピー』『ソルフェリーノの戦い』)
出演 ザンドラ・ヒュラー(『レクイエム ミカエラの肖像』『ありがとう、トニ・エルドマン』『希望の灯り』『愛欲のセラピー』) スワン・アルロー(『女の一生』『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』)、ミロ・マシャド・グラネール、アントワーヌ・レナルツ
公開日、上映劇場 2024年2月23日(金)~TOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ二条、京都シネマ、TOHOシネマズ西宮OS、シネ・リーブル神戸、MOVIXあまがさき 他全国公開
受賞歴 2023年・第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門〈最高賞〉パルムドール受賞、パルムドッグ賞受賞、第81回ゴールデングローブ賞 脚本賞・非英語作品賞の2部門受賞


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~転落死を機にあぶり出されるインテリ夫婦の実像~

 

「Anatomy of a Fall」――。この原題を直訳した邦題から察すると、医学系の小難しいフランス映画なんやろうなぁと思っていたら、かなりハイレベルなサスペンスでした。しかもスリリングな法廷ドラマときている。グイグイ引きずり込まれましたがな。昨年のカンヌ国際映画祭の最高賞パルムドール受賞作! 納得しまくりました。


人里離れた牧歌的な高地にある山荘が舞台。はて、どこなのかと気になっていたら、途中で場所を特定することができました。フランス南東部、アルプスの西端に位置するグルノーブルの近郊でした。グルノーブルと言えば、当地で開催された冬季オリンピックの記録映画『白い恋人たち』(1968年)。フランシス・レイの洒脱なサウンドが甦ってきます。あゝ、懐かしい。すんません、いきなり脱線してしまって……(笑)。


Anatomie d_une chute-500-7.jpgこの山荘には、ベストセラー作家の妻サンドラ(ザンドラ・ヒュラー)と教師の夫サミュエル(サミュエル・タイマ)、そして11歳の一人息子ダニエル(ミロ・マシャド・グラネール)の一家が暮らしています。妻はドイツ人、夫はフランス人。サンドラはあまりフランス語に長じていないようで、日常会話はもっぱら英語です。この民族と言語の違いが、後に伏線になっていることがわかってきます。


Anatomie d_une chute-500-8.jpg雪が積もった山荘の前で、夫が仰向けで死んでいるのを、愛犬を連れて散歩から帰ってきたダニエルが発見します。息子は交通事故で視覚障がいがあるので、正確には犬が「第一発見者」です。そこに昼寝していたサンドラがあわてて駆けつけます。


Anatomie d_une chute-500-10.jpg3階の屋根裏部屋から転落したみたい。事故死か、それとも自殺? 状況からしてこの2択しか考えられませんが、捜査のメスが入り、他殺の線が浮上してくるや、空気がにわかに重苦しくなってきます。ならば、殺人の容疑者は? 妻のサンドラしか該当者はいません。えっ、そんなアホな~と思う間もなく、彼女が逮捕され、起訴されます。あまりの急展開に吃驚しました。


Anatomie d_une chute-500-3.jpgここまでが言わば、プロローグともいえます。このあと、グルノーブルの地方裁判所に舞台が移り、殺人を立証しようとする検事(アントワーヌ・レナルツ)と事故死を訴える弁護士ヴァンサン(スワン・アルロー)との間で激しいやり取りが始まります。どことなく色気を放つこの弁護士、かつてサンドラと意味深な仲だったんですね。それがミソ。いやぁ、フランス映画っぽい(笑)。


これまで作家、妻、母の顔を持ち合わせていた善良な市民であるはずのサンドラが被告人になったことで、表情から明るさが消え、陰鬱な感じに変わってきます。さらに検事が巧みに犯人に仕立てていくうち、不気味な殺人者のように見えてきました。


Anatomie d_une chute-500-1.jpgぼくは断じて彼女が犯人ではないと確信していたのですが、ひょっとしたらあり得るかもと思わしめるほど、ドイツ人女優ザンドラ・ヒュラーの演技が突き抜けていました。この人、かなりの演技派です。未見ですが、本作を撮ったエスティーヌ・トリエ監督の前作『愛欲のセラピー』(2019年)で彼女を主演に起用したこともあって、当て書きで脚本を執筆してもらったそうです。圧巻の演技。参りました。


Anatomie d_une chute-500-4.jpg出廷した彼女は、フランス語ではうまく説明できないので、英語で話し、それをフランス語に同時通訳され、陪審員や傍聴人がイヤホンで聞きます。なぜ母国語のドイツ語で喋らなかったのか、その点が不思議でなりません。どことなくチグハグ……。だからこそ興味深く見入ってしまいました。


そのうち、夫が妻にコンプレックスにも似た感情を抱いており、育児や彼女の浮気をめぐって口論を繰り返していたことが判明してきます。さぁ、ここからが本筋です! 容赦なく赤裸々に夫婦の素顔が晒されていきます。インテリ夫婦ゆえの確執……。冒頭、サンドラが学生の取材を受けていたとき、サミュエルが不協和音の音楽を大音量で流し、取材を中断させたのが、ここに来て合点がいきました。男のジェラシーはイヤらしい(笑)。


Anatomie d_une chute-500-6.jpg映画は、映像で見せるものという不文律がありますが、本作では、法廷劇というジャンルを度返ししても、セリフが極めて重きを成しています。そのひと言ひと言が、夫婦の秘密、素顔(裏の顔?)、ウソをあぶり出しているからです。それを裏付けるために、ドキュメンタリー風の映像がモノクロで映し出されます。


Anatomie d_une chute-500-9.jpg単なるサスペンスだけで終わらせず、きっちり夫婦の物語として仕上げているのがニクイ。映画の中では夫はあまり登場しないのに、妙に存在感があるのが不思議です。脚本と演出の妙でしょうかね。サンドラの証言を信じていいのか……。果たして2人は愛し合っていたのか、そうでなかったのか。どっちやねん!? 


Anatomie d_une chute-500-5.jpg最初のうちはサンドラの視点で見ていましたが、次第に息子の視点へと移っていきました。ずっと寡黙を貫いてきた少年が実はキーパーソンであったことが浮き彫りにされたからです。得も言われぬ緊張感に包まれた最後の証言、それを捉えたクライマックス・シーン、見ごたえありました。この展開は巧い! 


観終わってから、題名に納得しました。なるほど「解剖学や!」と。1つの事象から人間の上辺をはぎ取っていき、いろんな角度からその人物の「構造」を突き止める。それは解剖学そのものです。そのプロセスで波状的に生み出されるさまざまな疑惑が極上のドラマを作り出しました。これはスゴイ映画でした。

 

武部 好伸(作家・エッセイスト)

公式サイト:https://gaga.ne.jp/anatomy/

配給:ギャガ

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