原題 | DOGMAN |
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制作年・国 | 2023年 フランス |
上映時間 | 1時間54分 PG12 |
監督 | 監督・脚本:リュック・ベッソン (『グラン・ブルー』『レオン』『ニキータ』『ANNA アナ』) 撮影:コリン・ワンダースマン 音楽:エリック・セラ |
出演 | ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ(『ニトラム NITRAM』『スリー・ビルボード』)、ジョージョー・T・ギッブス |
公開日、上映劇場 | 2024年3月8日(金)~新宿バルト9、T・ジョイ梅田 なんばパークスシネマ MOVIX京都 Kino cinema神戸国際 他全国ロードショー |
~人間の業に迫るリュック・ベッソン監督最新作~
リュック・ベッソンの新作はなんと犬の映画。
始まりは謎めいている。検問で一台のトラックが停まると、運転席には女装姿の男が血を流して座っていた。不審に思った警官が荷台を開けると・・・。
ダグラス(ケレイブ・ランドリー・ジョーンズ)は父親の虐待が原因で下肢が不自由だった。犬と共に育った、というより犬だけが生きるよすがだったダグラスはドッグシェルターの管理人をしていたが、施設の取り壊しが決まったことで運命の歯車が狂い始める。しかし別の見方をすれば、それは彼の人生が自己実現に向かって舵を切ったとも言えた。冒頭の一件で拘留されると、精神科医エヴリン(ジョージョー・T・ギッブス)との接見を通してその数奇な人生が紐解かれてゆく。
この語り口が巧み。エヴリンのキャラクターも二人の関係性も程よい距離感で物語は奇をてらうことなくまっすぐ語られる。契機となるのは養護施設での演劇教師との出会いだ。少年期の初々しいステージから後年の成熟したパフォーマンスへの昇華が素晴らしく、エディット・ピアフの楽曲「群集」のパフォーマンスと映像表現は圧巻。波のように身体を揺らす動きが歌詞の世界と混然一体となり、特徴的な歌唱とカメラワークに我を忘れるほど没入させられる。音楽はリュック・ベッソン作品には欠かせないエリック・セラ。3月には来日公演があるらしい。(詳細はこちら)
そして、俳優陣の掛け合いが素晴らしい。狂気と正気の境目を行きつ戻りつするようなケイレブの精神状態をジョージョーの抑えた演技が際立たせる。接し方を間違えれば一触即発になりそうな局面で宥めるでもおもねるでもなく徐々に距離を縮めてゆくジョージョー。二人のやり取りはまるで手負いの獣同士のよう。また、ダグラスの少年時代を演じたリンカーン・パウエルの、感情を失くした表情も忘れられない。
さらに本作のもうひとつの魅力は犬の演技である。犬たちには明確に持ち場がありキーマンは門番のポリー。柔和な目をしながら確実に任務をこなすその姿は近衛隊長のよう。一頭一頭の動きもさることながら、隊列をなして規律ただしく動く様子は一個のチームである。いつしか完全に意思の疎通が可能になり、文字通り犬たちはダグラスの手足となる。劇伴がその動きを時にユーモラスに時に華麗に彩り、これが実写であることに驚く。何より場面によってキュートにもシリアスにも見えて作品の世界観を損なわない、本当に芸達者な面々なのだ。
ところで、リュック・ベッソン監督には独自の宗教観がありそうだ。否定的とまでは取れないが、劇中に演劇との共通点として「信じる者がいればそこに真実が存在する」とのくだりがあり、善と悪、表と裏、光と影のように相反するものの両義性を示唆しているように感じられた。そして、矛盾を内包する象徴の最たるものは癒えない傷を負ったダグラスの肉体である。ラストショットの彼の姿は誇り高く、同情も憐憫も寄せ付けず自らもあらゆる感情から解放されたように見えて、ある種、神のようだった。本作の数ある名場面の中でもこのシーンは脳裏に焼き付いて離れない。バイオレンスとしてはもちろん動物映画としても一級品で音楽映画としても味わえる傑作!
(山口 順子)
公式サイト:https://klockworx-v.com/dogman/
配給:クロックワークス
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