原題 | PERFECT DAYS |
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制作年・国 | 2023年 日本 |
上映時間 | 2時間04分 |
監督 | 監督・脚本:ヴィム・ヴェンダース 共同脚本:高崎卓馬 製作:柳井康治 |
出演 | 役所広司、柄本時生、中野有紗、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、田中泯、三浦友和 |
公開日、上映劇場 | 2023年12月22日(金)~大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズ(なんば、二条、西宮OS)、京都シネマ、T・ジョイ京都、シネ・リーブル神戸、kino cinema 神戸国際ほか全国ロードショー |
受賞歴 | 第 76 回 カンヌ国際映画祭最優秀男優賞(役所広司) |
~木漏れ日のような滋味深い〈人間賛歌〉~
今年のカンヌ国際映画祭で最優秀男優賞に輝いた作品。その受賞者は押しも押されぬ名優の役所広司。しかも監督が『パリ、テキサス』(1984)や『ベルリン、天使の詩』(87)で知られるドイツ映画界の名匠、ヴィム・ヴェンダース――。否が応でも期待が高まりますね。そして胸をワクワクさせながら映画を観たのですが、まったく期待が裏切られなかったです。いや、はるかに上回る出来でした! 今年のベストワン、これで決まりかな~(笑)
東京の下町を俯瞰した朝焼けのシーンから始まります。トイレ清掃員の中年男、平山(役所)が下町にある安アパートの六畳の間で目覚め、一連の「作業」を済ませてから作業着姿でバンを運転し、勤務先の公共トイレへ。その道中、缶コーヒーを飲みながら、カセットで流れる懐かしの『朝日のあたる家』を楽しそうに聴いています。若い人のために説明しますが、この曲は歌謡曲ではありません。1964年、英国のバンド、アニマルズのヒット曲です。
あれっ、サイレント(無声)映画なのかな? この間、ひと言も言葉を発しなかったから。まさか……と思っていたら、トイレ内で便器に座っている幼い男の子を見かけ、「うん、どうした?」と声がけ。これが初めてのセリフでした。時計を見たら、15分経っていました。このあとも驚くほどセリフが少ないのです。
そもそも平山という男が寡黙そのもの。その上、几帳面で、まるでロボットのように規則正しい生活を送っています。ぼくとは真逆人間です(笑)。ガラケー、カセット、フィルムのカメラ、ホウキなどの所持品からして、時代に取り残された昭和のアナログ男です。聴く音楽は、前述した『朝日のあたる家』やオーティス・レディングの『ドック・オブ・ベイ』など1960年代に流行った洋楽ばかり。
まるでドキュメンタリー映画のようにこの男の日常を淡々と追っていくだけ。いつどんなドラマが起きるのかと見入っていると、木の芽を丁寧に育て、木漏れ日をカメラで撮影するなど、木に対して親しみを抱いていることが浮き彫りにされてきます。踊っているホームレス(田中泯)やいい加減な同僚のタカシ(柄本時生)に注ぐ眼差しも実に穏やか。最初の内は寡黙ゆえ、ちょっと不気味な感じさえしましたが、心根の優しい善人だとわかり、安堵しました。
ドラマと言えば、家出してきた姪っ子(中野有紗)との束の間の共同生活だけ。普通ならそこから想定外の展開へと発展していくのですが、呆気なく収束し、尾を引きません。なのに、どんどん映画の世界にのめり込んでいくのです。それは、いかなる理由で平山がトイレ清掃員になったのか気になって仕方がないからです。読書好きで、立ち居振る舞いからして、インテリジェンスがあるのが伺え、元は商社マンか実業家、あるいは学校の教師のようにも思えました。
我が子が不慮の事故で亡くなったのを機に夫婦生活が破綻して離婚したのか、仕事で取り返しのつかない失敗でもしたのか……、いろいろ想像を働かせてくれますが、結局、最後まで過去が明かされません。ただ、年老いた父親と何か確執があったことだけは匂わせていましたが……。こういうナゾめいた男だからこそ、あえてドラマ作りが必要ではなかったのかもしれませんね。いや、この男を描くことが映画の狙いなのでしょう。
いつしか、ぼくは平山との距離感が狭まってゆき、ついにはほぼ同化していました。あまり深く考えず、シロクロはっきり付けず、すべて自然体のような……。何ら変わり映えのしない日常でも、どこか煌めくところを探し、心の安らぎにしているようです。ブレないというか、動じない。何と誠実で、謙虚な生き方! あゝ、羨ましい。
唸らされたのは、この男に密着したヴェンダース監督の腰を据えたいぶし銀の演出。自ら尊敬している小津安二郎の映画を意識しながらも、独特なドライ感を放ち、詩情豊かな世界を構築していました。それもわずか17日間で撮ったというのですから、おったまげます。目まぐるしく動く現代社会の象徴として、イルミネーションをころころ変える東京スカイツリーを頻繁に映し出していました。それと対比し、どこまでもマイペースの平山。巧いなぁ……。
その卓抜した演出と見事にシンクロしていた役所広司の演技、もう脱帽ですわ。本職顔負けにトイレ清掃員になりきっていました。市井の小市民としての佇まいが申し分ない。平山はこの人以外には考えられません。心の機微を顔の微妙な表情によって出すのが得意芸。ラスト、ニーナ・シモンのヒット曲『フィーリング・グッド』を聴きながら、笑っているのか、泣いているのかわからない、得も言われぬ顔つきをクローズアップで捉えたショットは絶品でした!
それにしても、東京の公共トイレはオシャレですね。もっとも映画で取り上げられたところは、「The Tokyo Toilet Project」の一環として、著名な建築デザイナーの手でリニューアルされたものですが、あんな芸術的なトイレでは用を足せませんわ(笑)。それと居酒屋の女将の美声には圧倒されました。石川さゆりを出演させるとは……、参った!
一瞬の輝きを見せる木漏れ日。それに見惚れる平山から何かしら幸福感がにじみ出ていました。人生って素晴らしい! 人間って素晴らしい! そう思わせる非常に滋味深いドラマでした。
武部 好伸(作家・エッセイスト)
公式サイト:https://perfectdays-movie.jp/#modal
製作:MASTER MIND
配給:ビターズ・エンド
ⓒ 2023 MASTER MIND Ltd.