映画レビュー最新注目映画レビューを、いち早くお届けします。

『ぼくは君たちを憎まないことにした』

 
       

bokunikumanai-550.jpg

       
作品データ
原題 原題: Vous n‘aurez pas ma haine/英題:YOU WILL NOT HAVE MY HATE  
制作年・国 2022年 ドイツ・フランス・ベルギー/フランス語
上映時間 1時間42分
原作 アントワーヌ・レリス「ぼくは君たちを憎まないことにした」
監督 監督・脚本:キリアン・リートホーフ(『陽だまりハウスでマラソンを』) 撮影:マニュエル・ダコッセ(『私がやりました』『fシモーヌ フランスに最も愛された政治家』)
出演 ピエール・ドゥラドンシャン、カメリア・ジョルダナ、ゾーエ・イオリオ、トマ・ミュスタン
公開日、上映劇場 2023年11月10日(金)TOHOシネマズシャンテ、大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズなんば、京都シネマ、TOHOシネマズ西宮OS、他全国公開

 

~2015年パリ・同時多発テロ犯行グループへの手紙~

 

2015年11月、パリでISIL(イスラム過激派)による同時多発テロが起こった。本作はこの事件で妻を亡くしたアントワーヌ・レリスによる同名書籍の映画化作品である。


bokunikumanai-500-6.jpgアントワーヌ(ピエール・ドゥラドンシャン)とエレーヌ(カメリア・ジョルダーナ)とメルヴィル、家族の幸せな日常を描くところから映画は始まる。朝のまどろみのなか目覚める一組のカップル。そこへ現れるよちよち歩きの闖入者。すべてが美しく完璧な朝だ。ささいな口げんかも、ぐずる赤ん坊も、短いキスで解決する類の小さな生活の一片。それが一夜にしてすべて崩れてしまう。タイトルは事件当時フェイスブックに発信されたメッセージの一節である。これが大きな反響を呼びル・モンド紙に掲載されるとニュースはBBC、CNNを通じて世界的に広がっていった。


bokunikumanai-500-1.jpg率直に言ってどうしてもタイトルの一文が心情的に受け入れられなかった。何故そんな風に思えるのか。信仰心からくるのかと考えたりもした。メルヴィルが大人になった頃なら、もしかしたら受けとめられるのかもしれないが、メッセージが発信されたのは事件直後だったのだ。


bokunikumanai-500-9.jpg原作を読んでみると、エレーヌへの尽きせぬ思いと幼いながらも何かを感じ取って落ち着かないメルヴィルの様子が、繊細な表現で綴られている。それをそのまま3歳の子に再現させることはできないが、キリアン・リートホーフ監督は生活のなかで生まれる自然な表情を捉えることに成功している。主観からなる日記を物語へと再構築するのは簡単ではなかったと思われるが、人物造形、感情表現のほか目に見えない空気感まで細部に渡って行き届いたものを感じる。とくにアントワーヌのぎりぎりの精神状態が部屋の隅々にまで充満しているようで、ベランダごしにカーテンが風に煽られるカットには不安をかきたてられた。そしてパリの街並みの美しさが哀しみを増幅させる。


bokunikumanai-500-8.jpg観る前はのみ込めなかったタイトルの言葉、本作はこの疑問への答えであると共に、もう一つ重要なことを伝えている。それは動揺した人々にとってこのメッセージが心を落ち着ける契機になったことだ。陰謀論など負の作用とは真逆の効果である。言葉から言葉以上のものが伝わったのだ。作中でアントワーヌの姉がメディアに出始める弟に対して、早すぎない?と問いかけるシーンがある。おそらく誰もが考えることだろう。リートホーフ監督自身が感じたことでもある。しかし、いつならいいのか?リアルタイムだからこそ伝わったことがある。と同時に物語は衆目にさらされる痛みも描き出している。 


bokunikumanai-500-7.jpg本作を出発点にして様々なことが想起され今も胸がざわついている。今まさに行われている空爆や侵攻、世界各地の戦闘や威嚇行為と重なるからだ。あるジャーナリストの文章に”テロ””対テロ”という言葉は事実を矮小化させるという一文をみつけた。単純化された構図に当てはめてしまう危険性の指摘かと思うが、別の意味にも受け取れた。「テロ」という名称が余りに一般化してしまったことで、それが殺人であり個々人の人生を壊すものだという認識が薄まっている気がしたのだ。


bokunikumanai-500-5.jpg突然寸断されたエレーヌの人生、始まったばかりのメルヴィルの人生、終生この傷を抱えて生きていかなければならないアントワーヌの人生。こういう作品が苦手な人もいると思う。実は私もそうだ。しかし、疑似体験することでしか想像の及ばないことがあり、そのためにも物語はある。そして、本作はある感情を煽ったり押し付けたりすることなく誠実に作られている。命について平和について或いは個人個人の体験と向き合う貴重な1本になるのではないだろうか。

 

(山口 順子)

公式サイト:http://nikumanai.com

配給:アルバトロス・フィルム/後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ

©2022 Komplizen Film Haut et Court Frakas Productions TOBIS / Erfttal Film und Fernsehproduktion

カテゴリ

月別 アーカイブ