原題 | The Moon |
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制作年・国 | 2023年 日本 |
上映時間 | 2時間24分 PG-12 |
原作 | 辺見庸『月』(角川文庫刊) |
監督 | 監督・脚本:石井裕也(『川の底からこんにちは』『舟を編む』『茜色に焼かれる』『愛にイナズマ』)、企画・エグゼクティブプロデューサー:河村光庸(みつのぶ)(『かぞくのくに』『新聞記者』『告白』『ヴィレッジ』『パンケーキを毒見する』)、製作:伊達百合 竹内力 プロデューサー:長井龍、 撮影:鎌苅洋一、音楽:岩代太郎 |
出演 | 宮沢りえ、磯村勇斗、オダギリジョー、二階堂ふみ、板谷由夏、モロ師岡、鶴見辰吾、原日出子 / 高畑淳子 |
公開日、上映劇場 | 2024年10月13日(金)~T・ジョイ梅田、シネ・ヌーヴォ、MOVIX堺、T・ジョイ京都、京都シネマ、kino cinéma神戸国際 MOVIXあまがさき 他全国ロードショー |
重度障碍者はひっそりと生きることも許されないのか?
人間の尊厳とは?――
過激思想に抗いながらも問われる偽善社会の罪と罰
本作は、実際に障碍者施設で起きた殺害事件をモチーフに書かれた辺見庸の同名小説を、石井裕也監督が大胆な構成で映画化したものである。近年、あらゆる社会問題に鋭く斬り込む骨太な作品を次々と企画・製作してきたスターサンズの河村光庸プロデューサー。残念ながら2022年6月11日に72歳で亡くなられた。彼が生前、「最も挑戦したかった題材」と語っていた1本をオファーされた石井監督は、「撮らなければならない映画だと覚悟を決めた」という。さらに、これに賛同した俳優陣もまた演技派ばかり。映像化困難といわれる大事件が提起する人命の尊厳について根本から問う、普遍的テーマに挑戦した力作である。
受賞歴のある小説家の洋子(宮沢りえ)は、今では筆を折り、アニメ作家を目指すフリーターの昌平(オダギリジョー)と細々と暮らしていた。生活費を稼ぐため、世間から隔離するように森の中に佇む重度障碍者施設で働くことになった洋子は、慣れない仕事に戸惑いながらも、「ウソのない言葉が大事」と言いつつ嘘をつく小説家志望の陽子(二階堂ふみ)や、紙芝居で入所者たちを喜ばせようとする絵が上手なさとくん(磯村勇斗)らと親しくなる。
施設では、きれいごとでは済まされない入所者の予測不能な行動や不衛生な状況に、介護者も疲弊するばかり。家族などが滅多に見舞いに来ないのをいいことに、暴言を吐いたり暴力を振るったり、殺伐とした雰囲気が充満していた。そんな中、さとくんは、同僚から馬鹿にされ、介護にも意味を見出せなくなり、次第に過激な思想を募らせていく。その頃、妊娠していることを知った洋子は、3歳で亡くなった息子が先天性の病気だったこともあり、産むかどうか迷っていた。再び子供が障碍を持って生まれて来たらどうしよう…そんな洋子の迷いを見透かすように、さとくんは「物」扱いされている入所者の排除に協力するよう洋子と昌平に迫る。
「政治が動かないのなら、世の中のために僕が排除します」と正義を騙って、意志疎通のできない入所者を次々と殺めていくさとくん。彼の考えは出生前診断の結果によっては中絶も止む無しと考えることと同じで、自分を責めること自体が偽善だと主張する。超高齢化社会の歪みを扱った『PLAN75』(2022年)でも、冒頭に高齢者施設を襲うシーンが映されたが、世の中にとって不要と見なされた人間を排除する気運に空恐ろしさを感じたものだ。人間の尊厳を思い遣ることなく「物」扱いする非情な衝動に、改めて人間のエゴを垣間見た。
最近、ジャニーズ問題が連日取り上げられているが、20年前の裁判でジャニー氏を性加害者として認める判決が下されたにもかかわらず、マスコミはそのニュースを黙殺した。安倍政権下のモリカケ問題もうやむやに処され、旧統一教会の詐欺的行為や人権侵害も長年の政治家による都合で被害を拡大させていった。「問題が起こっても隠蔽し、臭い物には蓋をする社会」は、私たち一人ひとりの偽善と無関心に起因していることに気付かされる。そして、決して人の命の尊厳を勝手な言い分で冒してはならない、とこの映画は強く警鐘を鳴らしている。
息子を亡くしてから重く沈んだ日々を送ってきた洋子と昌平だったが、新たな命を迎えるために、初めて息子の死とも夫婦としても向き合おうとする。その姿に、二人の揺るぎない愛情こそが前へ進むチカラとなることを教えてくれる。生きて行こうとする二人と、排除しようとする殺人犯。対照的な生き方を交互に映し出す緊張高まる中、生きる歓びが勝るような感動に浸れる稀有なラストとなった。
(河田 真喜子)
制作協力:RIKIプロジェクト
配給:スターサンズ
© 2023『月』製作委員会
公式サイト:http://tsuki-cinema.com
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