制作年・国 | 2023年 日本 |
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上映時間 | 2時間23分 |
原作 | 豊田徹也『アンダーカレント』(講談社「アフタヌーンKC」刊) |
監督 | 監督・脚本:今泉力哉(『愛がなんだ』『ちひろさん』) 音楽:細野晴臣『万引き家族』 共同脚本:澤井香織(『愛がなんだ』『ちひろさん』) |
出演 | 真木よう子、井浦新、リリー・フランキー、永山瑛太、江口のりこ、中村久美、康すおん、内田理央 |
公開日、上映劇場 | 2023年10月6日(金)~T・ジョイ梅田、なんばパークスシネマ、T・ジョイ京都、アップリンク京都、シネ・リーブル神戸 他全国ロードショー |
~喪失感を抱き、悩む人間たちへの人生賛歌~
undercurrent--。①下層の水流、底流 ②(表面の思想や感情と矛盾する)暗流。
冒頭、上記のようにタイトルをあえて英語で表記され、その意味の説明が広辞苑風に記されます。「暗流」は聞き慣れない言葉ですが、「表面に現れない流れ」のことです。そうか、この映画は水に関係する作品なんやと思っていたら、湯船に水が注がれ、その縁に女性が坐っているシーンが映し出されます。何やら意味深な情景……。
原作は、伝説的コミックと評される漫画家・豊田徹也の同名作ですが、ぼくは未読です。お気に入りの女優・真木よう子が主役を張り、ヒット作『愛がなんだ』(2019年)以来、注目している今泉力哉監督の新作ということで、頭を真っ白にして本作と向き合いました。
主人公のかなえ(真木)は、夫の悟(永山瑛太)と銭湯「月乃湯」を経営していましたが、ある日突然、夫が出奔してしまい、途方に暮れていました。全く理由がわからない……。生計を立てるため、彼女が営業を再開したところ、銭湯組合の紹介で、堀(井浦新)という男が現れ、住み込みで雇うことになります。
この男、寡黙で生気が感じられず、一体何を考えているのかわかりません。すごく謎めいており、不気味にすら覚えます。何だかホラー映画の殺人鬼になりそうな感じ(笑)。アグレッシブな役柄が多い井浦新がここまで抑えた演技を披露したのは珍しい。作業着姿がよぉ似合うてました。
もう1人、謎めいた、というか胡散臭い人物が登場します。夫の行方を捜してもらうため、大学時代の友人(江口のりこ)に紹介してもらった探偵の山崎(リリー・フランキー)。この中年男、カラオケルームで報告書を手渡したり、遊園地で待ち合わせしたりと、ちょっと常識では考えられない行動パターンを取ります。変人ですわ。こういう役どころ、リリー・フランキーの独断場ですね。
いや、そもそも、かなえ自身、何かを秘めているようで、謎めいています。夫の失踪の原因が自分にあるのではないかと自問しているのは理解できますが、強気で明るい性格なのに、どこか翳りを覗かせているのです。しばしば彼女が夢に見る、水に沈められるシーンは何を意味しているのか。潜在意識 or 深層心理~? それが映画のタイトルを暗示しているように思われ、最後まで引っ張られます。
こういう登場人物のキャラクターや舞台設定が作品にミステリー色を加味し、得も言われぬ不思議な空気をかもし出しています。ただならぬ気配が感じられ、とにかく、「?」がやたらと多いのです。それが本作の味といえます。
そのうち夫が見つかり、失踪の原因がわかった時点で、物語は次の段階に進みます。海辺のカフェでかなえと悟が再会する場面が非常に印象深いです。爽やかな好天とはうって変わり、ぎこちない雰囲気の中、真相に迫っていく緊迫感……、それがビンビン伝わってきます。
おそらく、この夫婦はこれまで本音で語り合ったことがなかったのでしょう。この場に至って初めて素顔をさらけ出したのですから。夫婦なのに、どうして濃密なコミュニケーションが取れなかったのか。現代社会に根づく人間関係の希薄さ……。そこを本作は突いているようです。
終盤に近づくにつれ、さらに映画のテーマへと迫っていきます。人には誰しも言えないことがいっぱいあります。みな、ベールに包まれて生きているのです。そして、「喪失感」がキーワードになっていることに気づきました。
ある日突然、愛すべき人がいなくなる……。当然、心にぽっかりと大きな穴が空き、その後それが塞がらないまま、ずっと引きずっていきます。本作では、「喪失感」=「心の奥底」=「アンダーカレント」というふうにも受け止められます。
でも、いつまでも〈マイナスの感情〉を引きずっていると、息苦しくなり、人生が委縮してしまいます。やはり「ガス抜き」が必要になります。その一番効率的な方法が他者への寄り添いです。真に寄り添えなかったこの夫婦は悲しかったけれど、残されたかなえはそのことを理解し、前向きに生きていこうとします。何と健気な!
やがて予期せぬ「事件」が起き、かなえと堀の実像がじわじわと浮き彫りにされてきます。この展開には驚かされました。今泉監督といえば、青春映画やラブ・ストーリーに定評がありますが、なかなかどうして骨太なヒューマン・ドラマを撮れるんですね。まだまだ「伸びしろ」があるので、これからが楽しみです。
希望の光を注ぐラストシーン……、胸がジーンと熱くなりました。原作にはないシーンらしいですが、さり気なくてすごく良かったです。ズバッと結論を出さないアンニュイなところに惹かれました。まさに人生賛歌ですね。右側に川が流れています。銭湯といい、やはり水に関係した映画でした(笑)。
おっと、大事なことを書くのを忘れていました。真木よう子です(笑)。凛とした彼女の演技に目が釘付けになっていました。とりわけ対面場面での〈オーラ〉がすごく、憂いを帯びた表情がたまりません。適役でした! 蛇足ですが、細野晴臣の音楽も内容にマッチしていて、シブかったです。
武部 好伸(作家・エッセイスト)
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