原題 | THE LOST KING |
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制作年・国 | 2022 年 イギリス |
上映時間 | 1時間48分 |
監督 | 監督:スティーヴン・フリアーズ(『マイ・ビューティフル・ランドレッド』、『危険な関係』、『グリフターズ 詐欺師たち』、『クィーン』) 脚本:スティーヴ・クーガン、ジェフ・ポープ |
出演 | サリー・ホーキンス(画『ハッピー・ゴー・ラッキー』画『ブルージャスミン』『シェイプ・オブ・ウォーター』)、スティーヴ・クーガン(『あなたを抱きしめる日まで』)、ハリー・ロイド、マーク・アディ |
公開日、上映劇場 | 2023年9月22日(金)~TOHOシネマズ(日本橋、シャンテ、六本木ヒルズ)、大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズ(なんば、くずはモール、西宮OS、橿原)、京都シネマ、他全国ロードショー |
~不撓不屈の精神で歴史を覆した主婦の奮闘記~
歴史というものは、言わば、勝者の歴史であって、敗者や好まれざる者は「改ざん」されるケースが多いですね。ぼくがライフワークにしている「ケルト」にしても、古代ケルト人は、野蛮極まりない民族であると、彼らを駆逐した古代ローマ人が完全に上目線で歴史書に残しています。その後、決してそうではないことが浮き彫りになってきましたが……。
英国(厳密にはイングランド)王室でも、古代ケルト人とよく似た評価を受けた国王がいました。リチャード3世(1452~85年)です。ランカスター家とヨーク家の2つの有力貴族が王位をめぐって戦った薔薇戦争(1455~85年)の時代に、国王に即位したヨーク家の人物。世界史で習っているはずですが、忘れている人が多いでしょうね(笑)。この時代の英国史はややこしいから。
リチャード3世は、狡猾、残忍、豪胆な野心家として知られ、詭弁を弄して(裏技を使って)、国王の座に就いたらしいです。さらに邪魔になった2人の甥を殺したともいわれています。せむしで、脚を引きずって歩いていたという姿もダーティーなイメージを増長させていました。かくも強烈な悪しき人物! それがリチャード3世でした。
はて、本当にそんな人物だったのでしょうか。実は、あの著名な劇作家シェイクスピア(1564~1616年)が史劇『リチャード3世』でこのように描いたことで、固定概念として定着させてしまったのです。確かに劇のリチャード3世は、モンスターそのものです。
この国王が32歳で戦死し、新たな王室(チューダー朝)を開いた敵方のランカスター家が、憎きリチャード3世を徹底的にこき下ろし、それを基にしてシェイクスピアが戯曲を執筆したのです。初演が1591年なので、リチャード3世の死後、100余年後に《勝者の視点》で書かれたことになります。
そこに目を付けたのが、本作の主人公フィリッパ・ラングレー。スコットランド・エディンバラ在住で、広告会社に勤務する二児のママさんです。45歳、夫とは別居中。この映画、すべて実話です。
2012年、たまたまシェイクスピアの劇を観て、リチャード3世に関心を抱き、この人物の正当な評価を求めている民間の「リチャード3世協会」に入会したことから、俄然、アクティブに行動を起こすのです。それにしても、こんな協会があるとは……、イギリスはオモロイ国や!
そもそもリチャード3世の遺骨が発見されていないのです。墓はどこにあるのか? ラングレーは史料に基づきイングランド中部の都市レスターへ向かい、単身で徹底調査に乗り出します。でもスムーズに事が運びません。何せ歴史学者や考古学者ではなく、一介の主婦なので、行政や地元の大学から軽くあしらわれます。
それでも決してめげず、諦めず、驚くべき探究心と忍耐力、そして情熱と使命感を抱き、資金調達に着手するなど、ぐいぐい突き進んでいきます。猪突猛進。まるでリチャード3世に取り憑かれたかのように……。病的な執着心とも思えますが、まさに不撓不屈の精神の象徴ともいえる女性ですね。
事あるごとに中世のコスチュームに身を包んだリチャード3世の幻影が現れ、ラングレーを導くように無言で「サイン」を送るのです。彼女は激しい倦怠感に襲われ、鬱症状も出る筋痛性脳脊髄炎というやっかいな病気を抱えています。片やあの国王も醜悪不具な肉体の持ち主。何か結びつきがあることを暗示しています。
2人が「心の会話」を交わすという設定が実に興味深い。幻影は、彼女の潜在意識のようでもあり、分身のようでもあり、はたまた本当の彼女を見出す存在のようでもあります。夫役のスティーヴ・クーガンが脚本にひと役買って出ており、この人の才能を垣間見た思いがしました。
ラングレーに扮したのは、ギレルモ・デル・トロ監督の『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017年)で一躍、脚光を浴びた演技派のサリー・ホーキンス。主人公のデリケートさを巧みにかもし出し、ごく平凡な主婦を見事に演じ切っています。ホンマ、そこらにいる市井の「おばちゃん」そのものでした。
イギリス人の名匠スティーヴン・フリアーズ監督の安定感ある演出は健在でした。ロンドンのパキスタン人青年の生き方を描いた『マイ・ビューティフル・ランドレット』(1985年)で頭角を現して以来、この人の映画にはハズレがありません。ダイアナ元皇太子妃が交通事故死してからの王室の顚末を浮き彫りにした『クィーン』(2006年)といい、『ヴィクトリア女王 最期の秘密』(2017年)といい、英王室を扱った映画が際立っていますね。
ラングレーの直感から、事態が大きく動きます。これ以上書くと、ネタバレになるので、ここで止めときますが、当時、この出来事が大きく報じられたので、結末をご存知の方が多いと思います。手柄を大学当局が横取りするくだりは、反権力・反権威意識を存分に見せていて、すこぶる面白かったです。むしろこの点を、フリアーズ監督がアピールしたかったのかもしれませんね。
事実として記します。リチャード3世の遺骨はレスター大聖堂に埋葬され、長らく正当なイングランド国王でないと見なしていたことを払拭し、れっきとした国王であり、王位剝奪者ではないことを英王室が認定しました。めでたし、めでたし。
500年の歳月を経て、こんなふうにして歴史が覆されるのかと実感させられました。それも1人の女性の奮闘によって……。何とも後味のいい、歴史ヒューマンドラマでした。
武部 好伸(作家・エッセイスト)
公式サイト:https://culture-pub.jp/lostking/
公式 Twitter:@thelostking0922
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