映画レビュー最新注目映画レビューを、いち早くお届けします。

『春に散る』

 
       

harunichiru-550.jpg

       
作品データ
制作年・国 2023年 日本
原作 沢木耕太郎『春に散る』(朝日文庫/朝日新聞出版刊)
監督 監督・脚本:瀬々敬久 共同脚本:星 航 音楽:田中拓人 撮影:加藤航平 
出演 佐藤浩市 横浜流星 橋本環奈 / 坂東龍汰 松浦慎一郎 尚玄 奥野瑛太 坂井真紀 小澤征悦  / 片岡鶴太郎 哀川翔 窪田正孝 山口智子
公開日、上映劇場 2023年8月25日(金)~TOHOシネマズ(梅田・なんば・二条・西宮OS)他全国ロードショー


banner_pagetop_takebe.jpg


~今を生きる息吹が伝わる異色ボクシング映画~

 

スポーツ映画の中で、一番インパクトが強いのは、ひょっとしたらボクシング映画かもしれませんね。リングという狭い空間で、生身の人間がガチンコでぶつかり合い、筋書きのない試合展開が繰り広げられるので、どうしても熱量が高くなりますからね。とにかく分かりやすい。そうしたファイティングに至るまでのプロセスにもいろんなドラマが生まれ、だからこそボクシング映画が相次いで作られるのでしょう。


本作も典型的なボクシング映画です。しかしスポーツ映画の枠をはるかに超え、生きるとは何かを問いかける骨太な人生ドラマです。高い評価を得ている作家・沢木耕太郎の原作を、緻密に物語を組み立てていく瀬々敬久監督が観ごたえ十分な映画に仕上げてくれました。


主人公の広岡仁一は、若かりしころ日本のボクシングに失望して渡米し、世界チャンピオンにチャレンジするも夢破れますが、よほど経営手腕があるのか、別世界のホテル事業で成功します。そんな広岡が突然、40年ぶりに帰国し、「終活」の準備を始めるのです。全てにおいて悟り切っているように見えるのに、重い心臓病を患っていることもあって、このまま人生を終えることに未練があるようにも感じられます。


harunichiru-500-3.jpgもう1人、主人公がいます。不公平な判定で敗れ、失意のどん底にある若きボクサーの黒木翔吾。この青年は強く再起を願っており、脂ぎっています。生き急いでいるのか、とにかく早くリングに上りたいと焦燥感が前面に出ており、闘争心も半端ではありません。その姿は、まるで飢えたオオカミのよう。


この設定がすこぶる面白い。初老の元ボクサーと若い現役ボクサー。親子以上に年の差があります。人生の黄昏に差しかかった枯れた熟年者とこれから人生を突き進んでいく眩いヤング。ボクシング映画は通常、主人公が1人ですが、ここでは2人が絡み合うことで物語が成立します。


そんな2人の出会いが、劇画風に決まっていました! 広岡が3人の酔っ払いに絡まれ、あっという間に彼らを打ちのめしたのを見て、翔吾が闘いを挑んできたのです。ところが、これまたカウンター・パンチであっさりと倒された。いやぁ、これはあり得えない。あり得まへん。いくら何でも現役のボクサーが大昔のボクサーにこうも簡単にやられるとは……と、違和感を抱く隙を与えず、ドラマが始動していきます。


広岡に扮した佐藤浩市がカッコいい! 現在、63歳。顔のシワが目立つようになったけれど、変に若作りをせず、白髪がごく自然に合っていて、ええ年齢の取り方をしてはるなぁと思っています。キャリアを積むほどに、苦み走った男を演じられるようになり、時折り見せる「照れ笑い」が、何とも男の色気を感じさせるのです。広岡役は最初からこの人しか眼中になかったそうで、納得です。


harunichiru-500-2.jpg翔吾役の横浜流星は、今や引っ張りだこですね。空手の世界選手権保持者とあって、格闘技とは何ぞやと知り尽くしているようです。鍛え抜いた筋骨隆々の肉体と闘争心むき出しの目付きがすごい! こんな眼光の鋭い俳優を見たことがありません。睨まれたら、ぼくなら金縛り状態に遭ってしまいます。この人、出演する度に進化していますね。こちらも適役でした。


そんな2人が出会い、化学反応が起きていきます。翔吾は、コーチ役を引き受けた広岡の生きる姿勢とアドバイスによって、ボクシングの本質を見極めていきます。広岡も方も、翔吾のハングリー精神に触れ、「今を輝かせることの大切さ」を思い知らされ、次第に生き生きとしてくるのです。この相乗効果による変化が物語の軸になっています。


広岡の元同僚ボクサー、佐瀬(片岡鶴太郎)と姪の佳菜子(橋本環奈)が、翔吾のサポーターとして存在感を際立たせていくところが実に心地よいです。広岡と佐瀬との絡み(友情)は昭和丸出しで、なかなかいいスパイスになっており、疎遠だった佳菜子との関係はどこか緊張感があり、これも隠し味になっています。橋本環奈がこんなシリアスな役をこなすとは……、びっくりポンです。


harunichiru-500-1.jpgトレーナー役の松浦慎一郎は、寺山修司の原作を映画化した『あゝ、荒野』(2017年)や聴覚障害を持つ女性ボクサーの物語『ケイコ目を澄ませて』(2022年)などのボクシング映画で監修と指導を務めた人だけあって、さすが堂に入っていました。寡黙で、控え目なところに好感が持てますね。


ボクシング映画は、対戦相手がクセ者というのが定石になっています。本作でも、翔吾が対戦するフェザー級世界チャンピオンの中西が何とも掴みどころのないキャラです。目の焦点を定めず、不気味さを際立たせており、挙動不審と言おうか、何を考えているのかさっぱり分からない、そんな人物です。それを窪田正孝が見事に演じていました。


クライマックスの世界戦は、超リアルなファイティングでした。横浜流星と窪田正孝、ともにスタントなしにガチで迫真の演技をぶつけ合っていました。最終回の12ラウンドは、何とアドリブでやっていたそうです。『ロッキー』も顔負けですな。クローズアップ多用の演出が臨場感をよりいっそう高め、知らぬ間に観客目線になっていました。はて、結果はいかに――!


劇中、時折り、映し出される桜の花びらが印象的です。「春に散る」という映画のタイトルもそれに絡んでおり、何とも意味深ですが、全て観終わったあと、あゝ、なるほどと頷けます。


桜花は儚げ。あっという間に散ってしまいます。でも、何かをやり残せば、その儚げさがいっそう意味を持つのですね。そんなことを考えさせる異色のボクシング映画でした。

 

武部 好伸(作家・エッセイスト)

公式サイト:https://gaga.ne.jp/harunichiru/

配給:ギャガ

©2023映画『春に散る』製作委員会

カテゴリ

月別 アーカイブ